不可逆性歯髄炎における下顎孔伝達麻酔の成功率に対するNSAIDs事前投与の効果を検証したシステマティックレビュー+メタ解析+トライアル・シークエンシャル・アナリシス(Nagendrababu 2018・J Endod)
下唇も舌先もしっかり痺れているのに、窩洞形成に入った瞬間に飛び上がる。不可逆性歯髄炎における下顎孔伝達麻酔の失敗率は43〜83%と報告されています。原因が歯髄の炎症なら、麻酔の前にプロスタグランジンを止めておけばいい——その発想を13本のRCTで検証し、さらに「この問いはもう決着したのか」まで統計的に判定した総説です。
①「効いていないわけがない」のに、痛がる
下顎大臼歯の急性歯髄炎。伝達麻酔を打ち、下唇も舌先もしっかり痺れている。患者さんも「感覚がありません」と言う。ところが窩洞形成に入った瞬間、飛び上がる。
この場面、経験のない先生はいないと思います。そして数字を見ると、それは「たまたま」ではありません。
不可逆性歯髄炎の患者における下顎孔伝達麻酔(IANB)の失敗率は、43〜83%と報告されている。半分前後は効かない、ということです。
しかも厄介なのは、下唇や舌先の痺れという「効いている徴候」が出ていても、窩洞形成や根管形成で痛みが記録される点。唇の痺れは、歯髄麻酔の成功と必ずしも結びつかない——これも報告されています。
②なぜ効かないのか、そして何を足すのか
原因は歯髄の炎症にある、というのが定説です。
炎症は、細胞膜のアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼによってプロスタグランジンが作られることで媒介されます。プロスタグランジンは痛みの発生と増幅に関与する。そして歯髄の炎症の結果として侵害受容器の感作が高まることが、麻酔薬の効果に悪影響を及ぼすとされています。
ならば、麻酔の前にプロスタグランジンの産生そのものを止めておけばいい。NSAIDsの事前投与(premedication)という発想はここから来ます。
この問いに答えたランダム化比較試験は、すでにいくつもあります。メタ解析も5本出ている。それでも著者らは、あえてもう1本やりました。理由が明確です。
③結果——成功率が28%から58%へ
低リスク・オブ・バイアスの8試験(788例)で、麻酔成功率はプラセボ 28.2%(87/308)に対し、NSAIDs 58.3%(280/480)。リスク比 1.92(95%CI 1.55–2.38)。
絶対差で言い直すと、1,000人あたり260人が余計に成功する(155人多い〜390人多い)。半分に届かなかった成功率が、6割近くまで上がる計算です。
個別の薬剤も見ておきましょう。
ジクロフェナク50mg(3試験・200例):24.0% → 62.0%、リスク比 2.56(1.46–4.50)。
ケトロラク10mg(4試験・185例):31.2% → 65.2%、リスク比 2.07(1.47–2.90)。
イブプロフェン(用量問わず・9試験・536例):28.9% → 53.4%、リスク比 1.83(1.43–2.35)。
著者らによれば、ケトロラクとジクロフェナクの有効性をメタ解析で示したのはこの総説が初めてです。
④いちばん実務に効いたのは「用量」だった
イブプロフェンを用量で層別すると、結果が割れました。
400mgを超える用量:リスク比 1.85(1.39–2.45)で有意。成功率は34.7% → 64.4%。
400mg以下:リスク比 1.78(0.90–3.55)で、統計学的に有意な関連なし。
点推定値だけを見れば1.78と1.85でほとんど変わりません。しかし400mg以下の信頼区間は1をまたいでいる——効果があるとは言えない、という判定です。
そしてTSAが、この2つをはっきり分けました。NSAIDs全体・イブプロフェン400mg超・ケトロラク10mg・ジクロフェナク50mgの4つについては、必要な情報量に達し、有益な効果が「決着した(conclusive)」と確認された。(イブプロフェン全用量も有益な効果は示されましたが、結論の項で「決着した」と名指しされているのは上の4つです。)一方イブプロフェン400mg以下については、効果を示すことも否定することもできる確固たる証拠がない——組み入れられた186例が、必要な症例数に届いていなかったからです。
つまり「400mg以下は効かない」のではなく「効くかどうかまだ分からない」。この区別は大事です。
GRADEによるエビデンスの質は、5つの解析すべてで「高(High)」でした。出版バイアスについては、著者らは考察で「有意な出版バイアスは認められなかった」と述べています(Eggerの回帰検定 p = .33。ただし結果の項の表現は「主解析には出版バイアスの弱い証拠があった」で、やや揺れがあります)。
⑤明日の臨床へ
著者らの結論は、めずらしく歯切れがよいものです。
「不可逆性歯髄炎の患者においてIANBの成功率を高めるため、イブプロフェン400mg超の単回投与は、歯内療法における標準的な事前投薬として考慮されるべきである」。
そして「ケトロラク10mg と ジクロフェナク50mg も、麻酔効果を高める有効な代替の事前投薬である」と。
実務への落とし込みは、そう難しくありません。
①「痛みが強くて来た下顎の歯」を今日抜髄するなら、麻酔の前に一手ある。問診と説明の間に飲んでもらう、という段取りが自然に組めます。
②量を削らない。この研究がいちばん明確に示したのは用量反応です。400mgぴったりではなく、それを超える量で有意差がついています。
③禁忌の確認は当然として、選択肢が3つあると知っておく。NSAIDsに問題がある患者では組み立てが変わりますが、イブプロフェン・ジクロフェナク・ケトロラクのどれもが有効と示されています。
ただし著者ら自身が、次の宿題も挙げています。「薬剤の併用と用量依存性の反応を評価するには、今後も試験と新しいメタ解析が必要である」。NSAIDs単剤という問いは閉じましたが、アセトアミノフェンとの併用や、最適用量の探索はこれからです。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
不可逆性歯髄炎の下顎歯で、NSAIDsの経口事前投与は伝達麻酔の成功率をプラセボの28.2%から58.3%へ引き上げた(リスク比 1.92、95%CI 1.55-2.38、低リスク8試験788例、GRADE「高」)。ジクロフェナク50mgは24.0%→62.0%、ケトロラク10mgは31.2%→65.2%も有効。ただし用量が分かれ目で、イブプロフェンは400mgを超える量では有意(34.7%→64.4%)だが、400mg以下では有意差がつかなかった——TSAによれば「効かない」のではなく「症例数が足りず判定できない」。麻酔の成功という問いについては、著者らはこれで決着したと述べている。


