1問1答 論文 歯周病

残すか、抜くか──ホープレスな歯を残すと隣の歯の骨が約10倍減る(Machtei 1989)

ペリオ(歯周病)

ホープレス歯、残すか抜くか

ホープレスと診断された歯を残した群と抜いた群で隣在歯の骨を比べたら、残すと年3.12%・抜くと年0.23%。約10倍の差がついた一本。

論文
ホープレス歯の保存/抜歯と隣在歯の骨喪失(後ろ向き)
著者
Machtei EE, Zubery Y, Ben Yehuda A, Soskolne WA
掲載
J Periodontol. 1989;60(9):512–515
種類
後ろ向き臨床研究(129人・145ホープレス歯・平均約4年)
PMID
2795418

「とりあえず残す」は、隣の歯にとって本当に親切か

歯周病で予後が絶望的な歯——Class III(貫通)の根分岐部病変があったり、根の長さの50%以上で骨が失われていたり。こういう歯を「ホープレス(保存不可能)」と呼びます。患者さんは「できれば抜きたくない」と言い、こちらも「動揺は軽いし、もう少し様子を見ようか」と思う。気持ちはわかります。

教科書には「戦略的抜歯(strategic extraction)」という考え方があります。残しても先がない歯は、隣の歯や歯列全体を守るためにあえて早めに抜く、という発想です。ところがこれを支えるエビデンスは意外なほど薄く、「残すと隣に悪い」という臨床実感はあっても、数字で示した研究は少なかった。だから現場では「動揺が軽いうちは様子見」が当たり前に行われてきました。

では、ホープレス歯を残すことは、本当に隣の歯にとって"無害"なのか。それとも、静かに巻き添えにしているのか。

今回の一手:残した群と抜いた群で、"隣の骨"を追いかける

この研究(Machtei ら, 1989)は、カルテとレントゲンを後ろ向きにさかのぼり、ホープレス歯のその後を2つのシナリオで比べました。注目したのは、抜けるかどうかの当の歯ではなくその隣の歯(隣在歯)の骨です。

対象:ホープレスと診断された歯 145本(129人・平均45歳・男女比およそ2:3)
2群:そのホープレス歯を残した群(A)82本抜いた群(B)63本に分けた
評価:レントゲンで隣在歯の骨の高さを計測し、1年あたりの骨喪失(%)を算出
追跡:最低2年、平均約4年(残した群4.45年・抜いた群4.01年)

つまり「ホープレス歯を残すか抜くか」という1つの選択が、両隣の歯の運命にどう響くのかを切り出した研究です。さて——残した隣の骨と、抜いた隣の骨。差はどれほど出たのか。

結果①:隣在歯の骨喪失は「残すと3.12% / 抜くと0.23%」=約10倍

待たせた数字をまず見せます。隣在歯の1年あたりの骨喪失は——残した群で年3.12%、抜いた群で年0.23%。その差、約10倍以上(P<0.0001)です。

0 1.2% 2.4% 3.6% 隣在歯の年間骨喪失(%/年) 3.12% 0.23% 残した群(隣在歯) 抜いた群(隣在歯) ホープレス歯を残すと隣在歯の年間骨喪失は3.12%、抜くと0.23%。約10倍の差(P<0.0001)
ホープレス歯を残すと隣在歯は年3.12%、抜くと0.23%。約10倍の差(P<0.0001)

しかも、残した群の隣在歯の骨喪失(3.12%)は、ホープレス歯そのものの骨喪失(年3.42%)とほとんど変わりませんでした。ホープレス歯のとなりに立っているだけで、その歯自身がホープレスであるかのようなスピードで骨が溶けていく、という構図です。参考までに、未治療の歯周病でも一般的な骨喪失は年0.1〜0.4mm程度。抜いた群の隣(0.23%)はおおむねその穏やかな範囲ですが、残した群の隣(3.12%)はそれを大きく超える"加速した破壊"でした。

結果②:根の数は関係ない。多根歯でも単根歯でも、残せば隣は減る

「多根歯(大臼歯)だから巻き込まれやすいのでは?」という疑問にも答えています。隣在歯を根の数で分けても、傾向は同じでした。

0 1.5% 3% 4.5% 隣在歯の年間骨喪失(%/年) 3.86% 2.78% 多根歯のとなり 単根歯のとなり ホープレス歯を残すと、隣が多根歯でも単根歯でも骨が大きく減る(抜いた群はいずれもほぼ横ばい〜回復)
残した群の隣在歯の年間骨喪失。多根歯のとなり3.86%/単根歯のとなり2.78%(いずれも抜いた群はほぼ横ばい〜回復)
多根歯のとなり:残すと 3.86%、抜くと 0.36%
単根歯のとなり:残すと 2.78%、抜くと −0.27%(マイナス=むしろ骨が増えた)

注目はこの「マイナス」です。単根歯の隣ではホープレス歯を抜いたあと、骨の高さがわずかに回復していました。抜歯窩が治癒し、骨が落ち着いて、むしろ少し増える方向に動いたのです。まとめると——残せば隣の骨は減り、抜けば横ばい〜むしろ回復する。根が何本かよりも「残すか抜くか」という選択そのものが、隣の骨の運命を決めていました。

なぜ、残すと隣まで巻き添えになるのか

メカニズムはシンプルです。ホープレス歯は、進行した歯周病巣=深いポケットと細菌の巣をかかえています。

感染源として隣を巻き込む:その病巣がすぐ隣の歯の骨をも侵食する。歯周病は「点」でなく、隣り合う面でつながった「面」の破壊だから
抜くと"足場"が消える:抜歯すると深いポケットという足場がなくなり、隣の歯の清掃性が上がって炎症がおさまる
抜歯窩の治癒で骨が安定する:抜いた跡は治癒し骨が落ち着く。だから隣の骨は減らない——場合によっては少し戻る

裏を返せば、ホープレス歯を残し続けることは、隣の歯のすぐ横に細菌の供給源を置きっぱなしにすること。やさしさのつもりの「保存」が、隣の骨を削っていきます。

明日の臨床へ──「残す」が隣を巻き添えにする前に

この一本が示すのは、「保存=善、抜歯=敗北」という単純な図式が、隣の歯から見ると逆転しうる、ということです。

歯周治療が望めないホープレス歯なら、早めの抜歯が"隣を守る"選択になりうる。「動揺が軽いから様子見」が、隣の骨を年3%ずつ削る時間にもなります。抜歯の説明をするとき、「この歯を残すと、お隣の健康な歯の骨まで巻き込まれてしまう恐れがあります」という言葉は、患者さんの納得を得る強い根拠になります。

ただし当然ながら、歯周治療によって管理・改善が見込めるなら、治療して残す道もある(この研究の対象はあくまで治療が望めない"ホープレス"歯)。「全部すぐ抜け」ではなく、「治せないものを抱え込まない」という読み方が正確です。「残してあげたい」気持ちは尊い。でも、その一本のために両隣を失うなら本末転倒です。

ここだけ、冷静に補助線
この研究は後ろ向きの観察研究で、残す/抜くを無作為に割り付けたわけではありません。もともと残された歯と抜かれた歯で背景(重症度・部位・患者の事情)に偏りがあった可能性は否定できず、サンプルも各群数十本、追跡は平均約4年です。だから「残す=必ず隣が10倍減る」と機械的に当てはめるのは行きすぎ——これは"残すと隣まで巻き込まれうる"という方向性を、はっきりした数字で示した研究だと読むのが正確です。それでも約10倍・P<0.0001という差の大きさと、抜いた側の骨がむしろ回復した所見は、「ホープレス歯を漫然と残すリスク」を強く印象づけます。戦略的抜歯という選択肢を、頭の片隅に置いておきたい一本です。

今日のひとこと

「できるだけ残す」は、いつも患者さんのためになるとは限りません。治せないホープレス歯を抱え込むと、隣の健康な骨まで巻き添えになる。"残す"も"抜く"も、隣の歯の未来まで見て選びたいですね。

出典:Machtei EE, Zubery Y, Ben Yehuda A, Soskolne WA. Proximal bone loss adjacent to periodontally "hopeless" teeth with and without extraction. J Periodontol. 1989;60(9):512–515. PMID: 2795418.
※本記事は論文の要点を歯科医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
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