臼歯の根分岐部、残る歯と失う歯の差
歯周炎を治療した172人の多根歯1300本を平均11.5年追ったら、運命を分けたのは「分岐部の程度」「喫煙」「通院の継続」だった。悪条件が重なると喪失リスクは最大17倍。
①「分岐部があると臼歯は危ない」は、どこまで本当か
多根歯、とくに根分岐部(根の股)に病変のある臼歯が予後不良なことは、臨床家の体感としてよく知られています。スケーラーも、患者さんの歯ブラシも、あの股の奥には届きにくい。物理的に清掃が難しい難所だからです。古い長期データもそれを裏づけ、Hirschfeld & Wasserman(1978)の22年追跡では、全体の歯の喪失が7〜8%なのに対し、分岐部病変のある多根歯は約3割が失われていたと報告されています。
つまり「分岐部があると危ない」までは、みんな知っている。でも実際は、もう一段細かい判断を迫られます。分岐部病変といっても軽いもの(FI=1)から重いもの(FI=3)まで段階がある。FI=1の歯まで身構えるべきなのか。喫煙やメインテナンスの通い方はどこまで効くのか。そこを切り分けたデータは意外と多くありませんでした。
・FI=0:分岐部に入り込めない(健全)
・FI=1:3mmまで入る(軽度)
・FI=2:3mmを超えて入るが貫通しない(中等度)
・FI=3:頬舌に貫通する through-and-through(重度)
②今回の一手:172人の臼歯を、治療前から平均11.5年後まで追う
この研究(スイス・ベルン大学のSalviら、2014年)が信頼できるのは、長く・丁寧に追っている点です。
3時点で診査:治療前(T0)→歯周基本治療・必要なら外科まで終えた時点(T1)→平均11.5年のメインテナンス(SPT)後(T2)
見たもの:その間に多根歯が抜けたか/残ったか。分岐部の程度(FI)・喫煙・通院遵守が喪失とどう結びつくかを多変量解析で検討
現場で必ず話題になる「分岐部のグレード」「タバコを吸うか」「ちゃんと通うか」を、同じ土俵で比べてくれたわけです。さて——治療前から数えて11.5年、臼歯の運命は何で分かれたのか。
③結果①:分かれ目は「FI=2」。1までと2/3で世界が変わる
全体では、治療前(T0)から最終時点(T2)までに1300本中339本(26.1%)の多根歯が失われました(基本治療・外科の段階で14.4%、メインテナンス期で13.7%)。問題は、その喪失が「どの歯に集中したか」です。メインテナンス期の喪失率を分岐部の程度ごとに見ると、はっきりした段差が現れました。
ここが最重要メッセージ。FI=1はFI=0とほとんど変わりません(9.4% vs 9.6%)。統計的にも、FI=1は分岐部のない歯と比べて喪失リスクが高いとは言えませんでした(オッズ比1.25、p=0.37=有意差なし)。ところがFI=2で喪失率は倍以上に跳ね上がり、FI=3では4割超。FI=0と比べたリスクはFI=2で2.92倍、FI=3で6.85倍。「分岐部病変」とひとくくりにせず、FI=1とFI=2/3の間に太い線を引くべきだ、というのが結論です。
④結果②:喫煙とメインテナンス非遵守が、リスクを掛け算する
分岐部のグレードは「歯の構造」で決まる因子。では生活側の因子はどうか。研究はここも数字で示しました。
・メインテナンス非遵守:きちんと通う人に比べ喪失リスク2.26倍
・6mm以上の残存ポケット(治療後):メインテナンス中の喪失リスク3.17倍
そしてこれらは単独で効くだけでなく、重なると掛け算で効いてきます。
「FI=0/1・非喫煙・きちんと通院」を基準(1.0)とすると、FI=2+喫煙+非遵守で10.11倍、FI=3+喫煙+非遵守で17.18倍。同じ「分岐部のある臼歯」でも、生活因子しだいで運命がここまで開くということです。
⑤明日の臨床へ──FI=1で慌てない、FI=2/3で踏み込む
この論文を診療に落とすと、ひとつのメリハリが見えます。
FI=1で過剰に身構えない。 FI=1の臼歯は分岐部のない歯と予後が変わらなかった。Hampらの古典でも、FI=1は非外科の基本治療だけで5年100%生存です。早期発見・適切なSRP・プラークコントロール指導で十分に守れる歯で、過大な治療は要りません。
FI=2/3で踏み込む。 ここからは予後が大きく変わる領域。非外科で様子見を続けず、外科的介入(切除・再生)を検討し、同時に禁煙支援と通院継続をセットで設計する。17倍という数字は「分岐部が深い人ほど、生活因子のコントロールが効く」ことを示しています。
患者さんへの説明にもこの数字は使えます。「分岐部に病変のある奥歯でも、タバコをやめて定期的に通ってくだされば、抜けるリスクはぐっと下がります」——漠然とした"歯周病は怖い"ではなく、具体的な行動とリターンをセットで示せるのは、行動変容を促す大きな武器です。
この研究は後ろ向きの観察研究で、介入を割り付けたRCTではありません。だから「禁煙させれば17倍が1倍になる」と因果を直結するのは行きすぎで、あくまで「関連が強い」が正確です。治療は大学(ベルン大学)で大学院生が指導下に行い、最終評価に応じたのは元患者の一部(199人中172人を解析)。FI分類はNabersプローブの手用計測で術者間ばらつきも完全には排除できません。それでも「FI=1とFI=2/3を分けて考える」「喫煙とメインテナンス非遵守がリスクを掛け算する」という骨格は他の長期研究とも一致し、臨床判断の軸として十分に頼れます。目の前の臼歯を、グレードと生活因子で"仕分け"する——その視点をくれる一本です。
今日のひとこと
根分岐部のある臼歯を、ひとくくりに「危ない歯」と見ない。FI=1ならFI=0と同じ気持ちで守れる。FI=2/3なら禁煙と通院継続をセットで設計する。「構造」は動かせなくても「行動」は動かせる——その余地を患者さんと共有することが、1本でも多く臼歯を残す近道です。
※本記事は論文の要点を歯科医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


