「どっちも正しい」から先へ。他責をやめて、未来志向で動く
おはようございます。昨日の「多様性」の続きから、人とぶつかったときの身の処し方まで。今朝の朝礼で話したことを残しておきます。

「どっちも正しい」を、押し付け合わない
世の中には、立場が違えば「どちらも正しい」ことがたくさんあります。たとえば「困っている人は全員受け入れるべきだ」という考えも、「なんでも受け入れたら自分たちが疲弊して、提供できるものの質が落ちる」という考えも、どちらにも理があります。
僕がいちばん大事にしたいのは、その正しさを互いに押し付けないことです。「全部受け入れるべき」と言う人が、「うちは受け入れません」という選択だけは認めない——これだと、多様性を掲げているのに多様な考え方を受け入れていない、という矛盾になってしまう。だから結論はシンプルで、それぞれが信じることを、それぞれの場所でやればいい、と思っています。

うちの「決め方」は、スタッフが先
では、うちはどう決めるか。僕の中の順番はスタッフファーストです。スタッフが幸せでなければ、患者さんを幸せにすることはできない。だから「患者さんが先」ではなく、まずスタッフ、その土台の上で患者さんを大切にする、という順番です。
だからこの土台を壊すような関わり方には、無理に応えなくて大丈夫です。「これはうちのためにならないな」と感じたら、わざわざ僕に相談しなくても、各自の判断で線を引いてくれて構いません。

「他責」は短期、「未来志向」は長期
もうひとつ。人同士がぶつかって、片方がずっと怒り続け、もう片方も「そこまで怒らなくても」とギスギスしてしまう——そんな話を耳にしました。これ、実はどちらも「他責」なんですよね。
他責の思考は、とても短期的です。電車でぶつかられてカッとなる。でも「このあと何が起こるか」を考えれば、ひと呼吸おいたほうが得だと分かる。まして職場で一度こじれると、その先何年も気まずさを引きずることがあります。怒ってしまう出来事にも、それに怒り返す側にも、それぞれの正義はある。正義はあるけれど、短期で反応すると、たいてい長期で損をします。

「自分は何をしようか」に切り替える
他責から抜ける方法のひとつが、未来志向です。「相手が謝ってくれたら許す」——これは一見まともでも、結局は相手任せ。相手が動かなければ、関係は一生変わりません。
そうではなく、「このギスギスが嫌だから、自分は何をしようか」と考える。たとえば間に人を立てて「ひと言謝っておくといいよ」と伝えてもらうなど、自分から動いて状況を変えにいく。


