カリオロジー|非う蝕性歯頸部欠損(NCCL)
咬合荷重による歯の撓みが歯頸部にくさび状の欠損を作る——アブフラクション理論を信じるなら、対処法は素直に導かれます。側方運動時の咬合を調整すれば、進行は止まるはずだ。2009年の Operative Dentistry は、これを臨床で確かめました。しかも同じ患者さんの口の中で、2つの病変のうち片方だけを削るという設計で。30か月後の面積増加は非調整0.202mm²に対し、調整した歯が0.225mm²(p=0.669)。著者らは「進行防止を目的とした咬合調整は現時点では支持できない」と結論づけています。
①「くさび状欠損、噛み合わせを削れば止まりますか」
アブフラクション——咬合荷重による歯の撓みが、歯頸部にくさび状の欠損を作るという理論です。1984年のLee & Eakleに始まり、有限要素解析でも支持されてきました。エナメル質は圧縮に強く引張に弱い。だから撓みの支点にあたる歯頸部が壊れる、という説明です。
この理論を信じるなら、対処法は素直に導かれます。咬合を調整して側方運動時の荷重を減らせば、欠損の進行は止まるはずだ。実際、そう説明して削合している先生は少なくないでしょう。
2009年の Operative Dentistry は、これを臨床で確かめました。しかも同じ患者さんの口の中で、片方の歯だけを削るという設計で。
②アブフラクション理論は、そもそもどこから来たか
1908年、G.V. Blackは歯頸部の歯質喪失について「我々の情報は完全からほど遠く、その解明には長い時間を要するだろう」と書きました。100年経っても状況は劇的には変わっていません。
そこに登場したのがアブフラクション説です。
- 「理想的でない」咬合では大きな側方力が生じ、荷重側に圧縮応力、反対側に引張応力が発生する
- エナメル質は圧縮に強く引張に弱いため、引張のかかる部位が破壊されやすい
- 最大の応力は歯の撓みの支点にあたる部位に生じる
- そこにできる病変は鋭いライン角を持つくさび状で、支点付近に位置する
理屈は通っています。だからこそ、実際に削って確かめる価値がありました。
③今回の一手:同じ口の中で、片方だけ削る
- 対象は上顎に修復を要さないNCCLを2つ持ち、側方運動でグループファンクションを示す被験者39名(35〜70歳・平均51歳3か月)
- 2歯のうち一方をランダムに選び、側方運動時の咬合接触をファインダイヤモンドバーで削減。もう一方は削らない
- 中心咬合位の接触(セントリックストップ)と、側方運動時の最大接触点は、咬合の安定を保つために温存し、それ以外の側方接触を削減した
- ベースラインと6・18・30か月に印象採得し、エポキシ樹脂で複製模型を製作
- 模型を低速切断機で切断し、実体顕微鏡10倍で病変の断面積を計測(切片の両面を測って平均する)
- 39名のうち2名が再来せず、1名は咬頭破折で除外、5名は計測不能。最終的に31名のデータで解析(検定は、原著の抄録が独立t検定、本文が対応のあるt検定と記載が割れている)
④結果:削っても、削らなくても、同じように進んだ
- 6か月後:非調整 0.06mm²(±0.069)/調整 0.08mm²(±0.134)、p=0.510
- 18か月後:非調整 0.142mm²(±0.107)/調整 0.158mm²(±0.162)、p=0.682
- 30か月後:非調整 0.202mm²(±0.140)/調整 0.225mm²(±0.224)、p=0.669
「側方運動時の咬合荷重を減らせばアブフラクション病変の進行が遅くなる」という仮説は、棄却されました。
ちなみに病変の分布は、右上小臼歯34本(55%)、左上小臼歯16本(26%)、右上大臼歯7本(11%)、左上大臼歯5本(8%)の計62本。小臼歯に偏っています(ただしスクリーニングを右側から行った手順の影響がある、と著者らは断っています)。
⑤リクルート中に見えた、もっと面白い光景
この論文でいちばん印象に残るのは、実は統計ではありません。被験者を集めている最中に著者らが目にした光景です。
研究に組み入れられない病変が、いくつも見つかりました。側方運動でグループファンクションを示さない歯、そもそも咬合していない歯。そして——
著者らの着地点は、否定ではなく整理です。「アブフラクション病変が多因子性であるだけでなく、臨床的に同一に見える病変が異なる成因を持ちうる」——形が同じでも、原因が同じとは限らない。
⑥明日の臨床へ
- 「進行を止めるため」を理由にした予防的な咬合調整は、この研究からは支持されない。Clinical Relevance欄に著者ら自身がそう明記しています
- 咬合調整は不可逆的な処置です。止まる根拠が示されていない介入に、削るという代償を払う——その天秤を、患者さんと共有しておく必要があります
- 著者らは示唆しています。「側方運動時の咬合荷重を調整しても進行率が変わらなかったのだから、歯ブラシによる摩耗や酸蝕といった他の因子が、この摩耗に寄与している可能性がある」
- つまり説明の重心を、咬合だけに置かないという選択肢が見えてきます。参考までに、抜去歯を用いたin vitro研究(Dzakovich & Oslak 2008・PMID 18589068)では、歯磨剤を載せた水平ブラッシングだけで歯頸部に肉眼的な実質欠損が生じています(あくまで実験室の所見です)
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
アブフラクションは、咬合荷重による歯の撓みが歯頸部にくさび状欠損を作るという理論である。エナメル質は圧縮に強く引張に弱いため、撓みの支点にあたる部位が壊れる——理屈は通っており、有限要素解析でも支持されてきた。ならば側方運動時の荷重を減らせば進行は止まるはずだ。本研究はこれを同一口腔内対照という素直な設計で検証した。上顎に修復を要さないNCCLを2つ持ち、側方運動でグループファンクションを示す39名を集め、2歯のうち一方だけ側方運動時の咬合接触をファインダイヤモンドバーで削減し(中心咬合位のストップと側方運動時の最大接触点は咬合の安定のため温存)、30か月追跡した。エポキシ樹脂の複製模型を切断し実体顕微鏡で断面積を計測している。結果は6か月後が非調整0.06mm²/調整0.08mm²(p=0.510)、18か月後が0.142/0.158(p=0.682)、30か月後が0.202/0.225(p=0.669)。仮説は棄却された。この論文でいちばん印象に残るのは統計ではない。リクルート中、著者らは骨格性の前歯部開咬など一度も咬合したことのない歯に、典型的なくさび状病変を見つけている。「咬合力がその成因に関与しえなかったことを示唆する」と書き、Kornfeld(1932)の観察もLee & Eakleの引張応力説も疑わしくなると述べた(ただしこれはリクルート中の観察であって本研究の計測データではない)。著者らの着地点は否定ではなく整理である——アブフラクション病変は多因子性であるだけでなく、臨床的に同一に見える病変が異なる成因を持ちうる。そして「咬合荷重を調整しても進行率が変わらなかったのだから、歯ブラシによる摩耗や酸蝕といった他の因子が寄与している可能性がある」と示唆する。限界も著者ら自身が明記している。一部の患者ではリコール時までに側方の滑走接触が再確立しており、さらなる咬合調整を要した。中心ストップと最大側方接触点を温存したためバレリング効果などは依然作用しており、咬合力の影響を完全には否定できないとも述べている。つまり「差が出なかったのは介入が保たれなかったからかもしれない」という可能性が残る。解析は31名で決して大規模ではなく、上顎・グループファンクション・30か月という条件も限られる。それでも、咬合調整という不可逆的な処置を選ぶ前に思い出しておきたい一本である。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


