1問1答 論文 虫歯

「むし歯ゼロ」と書いたとき、何を数えていたか──私たちは半分しか見つけていない

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|う蝕の概念と診断

検診結果に「う蝕なし」と記入する。学校の統計に「むし歯ゼロの児童◯%」と載る。——その数字は、何を見て、何を見ていないのでしょうか。2007年に The Lancet が載せたこのセミナーは、歯科医師ではなく医師に向けてう蝕を解説したものです。だからこそ、私たちが日常で当たり前に使っている枠組みが、丁寧に点検されています。

論文
Dental caries(Seminar)
著者
Selwitz RH, Ismail AI, Pitts NB(フロリダ大学/ミシガン大学/ダンディー大学)
掲載
The Lancet 2007;369(9555):51-59
種類
セミナー(医師向けの総説)。系統的レビューではない
主題
う蝕の概念・疫学・診断の限界と、外科モデルから予防的アプローチへの転換

「むし歯ゼロ」と書いたとき、何を数えていたか

検診結果に「う蝕なし」と記入する。学校の統計に「むし歯ゼロの児童◯%」と載る。

——その数字は、何を見て、何を見ていないのでしょうか。

2007年に The Lancet が載せたこのセミナー(総説)は、歯科医師ではなく医師に向けてう蝕を解説したものです。だからこそ、私たちが日常で当たり前に使っている枠組みが、丁寧に点検されています。

先に結論: 従来の臨床診査とX線を組み合わせても、歯科医師が検出できるのは存在する病変の約半分——これは著者らが総括として書いている一文です。そして象牙質の病変だけを記録する調査で「caries free」と判定された群には、未検出の疾患が含まれている——だから多くの権威が「no obvious decay(明らかなう蝕なし)」という言い方に切り替えつつある、というのがこの総説の指摘です。

う蝕は「連続体」である

この総説がまず整理するのは、用語です。

「dental caries(う蝕)」は、う蝕という過程と、その結果できた病変(窩洞のあるもの・ないもの)の両方を指す。日常では、患者さんも医療者も「歯に穴があいた状態」を指してこの言葉を使いますが、窩洞はすでに疾患がかなり進んだサインです

著者らの定義はこうです。う蝕とは、重症度と歯質破壊が増していく疾患状態の連続体——分子レベルの表面下の変化から、象牙質に及ぶ病変(表面が保たれたものと、明らかな窩洞になったものの両方)まで

この連続体という捉え方が、あとの議論すべての土台になります。

診断・検出・評価は、別々の作業である

国際的な合意では、次の3つが区別されます。

  • う蝕の診断(caries diagnosis):歯科医師が患者のあらゆる情報を統合して行う包括的な評価
  • 病変の検出(lesion detection):客観的な方法で疾患を見つけること
  • 病変の評価(lesion assessment):見つけた病変の性状を特徴づけ、経過を追うこと

この区別が効くのは、「検出できたか」と「診断できたか」を混同しないためです。見つけただけでは診断ではない、という当たり前のことが、実務では意外と混ざります。

私たちは、半分しか見つけていない

0 33.3% 66.7% 100% % 39% 95% 50% 87% 39% 91% 咬合面の視診(下限) 隣接面のX線 咬合面のX線 咬合面の視診は感度39〜59%(ここは下限値)・特異度は約95%以上。濃い棒=感度
包括的レビューによる病変検出の精度。濃い棒=感度、淡い棒=特異度。咬合面の視診による検出は感度39〜59%(研究方法による)、特異度は約95%以上

ここが、読んでいていちばん背筋が伸びる部分です。

視診(必要に応じて探針を併用)は確立された、世界中で教えられている方法です。しかし著者らは、「臨床家も患者も、この方法が不完全であることを一般には認識していない」と書きます。

  • 咬合面の視診:エナメル質・象牙質いずれの病変でも、検出の感度は39〜59%(研究方法による)。特異度は高く約95%以上
  • つまり咬合面にある病変の半分を見逃しうる。ただし健全面を誤ってう蝕と分類する可能性は低い
  • 隣接面のX線:全体の感度50%、特異度87%
  • 咬合面のX線:進行した象牙質病変以外にはあまり役立たない(感度39%、特異度91%)
著者らの表現をそのまま: 「従来の臨床的およびX線的方法を用いると、歯科医師は存在する病変の約半分しか検出できず、かなりの数の健全面を誤って齲蝕と分類しうる」。前半だけでも重い指摘ですが、隣接面X線の特異度が87%であることから、後半——過剰に拾ってしまう側の誤り——も同時に起きうると述べています。

なお探針(エキスプローラー)の使い方については、米国と欧州で長く見解が分かれてきたことにも触れられています。米国では鋭利な探針の触覚情報を視診の補助として使う実践が長く続いてきましたが、欧州では診断的な収穫はほとんど加わらず、医原性の損傷を招きうると考えられてきました。

「caries free」という言葉の問題

「う蝕なし」と数えた中に、何が混じっているか

分子レベルの変化 エナメル質の病変 象牙質の病変 (表面は保たれる) 明らかな窩洞

臨床的に見える象牙質病変だけを数えた線

この範囲がすべて「caries free」と報告された ↑ここには、見落とされた象牙質病変も含まれる

外科モデル 罹患した歯質を切除して置き換える

予防的アプローチ 生涯にわたり発生と進行をコントロール

だから多くの権威が「caries free」ではなく「no obvious decay(明らかなう蝕なし)」を使い始めている
う蝕の連続体と、従来の疫学調査が数えていた線。臨床的に見える象牙質病変だけを記録すると、見落とされた象牙質病変までが「う蝕なし」の側に入る

ここから、冒頭の問いに戻ります。

臨床的に見える象牙質の病変だけを記録する調査で「caries free」と報告された群には、未検出の疾患を持つ人が相当数含まれている可能性がある。だから著者らは、そうした群を「疾患がない」と主張するのは不適切だと書きます。

そして——多くの権威が、いまや「no obvious decay(明らかなう蝕なし)」といった言い方を使うようになっている。

もう一点。診断基準のごくわずかな変更が、記録される疾患量に大きな違いを生むことも指摘されています。「むし歯ゼロが◯%」という数字は、どこに線を引いたかで動くということです。

外科モデルから、予防的アプローチへ

この総説が描く国際的な流れは明確です。

う蝕管理の国際的な傾向は、外科モデル(罹患した歯質を切除して置き換える)から、予防的アプローチ(人の生涯を通じて疾患過程の発生と進行をコントロールする)へ移りつつある。したがって臨床家にとっての大きな課題は、外科的介入が必要になる前の早期の段階で病変を検出することになります。

この転換は、それぞれの立場に別の宿題を出します。

  • 疫学の検者:必要な充填の本数ではなく、予防処置の必要性についての情報を捉える必要がある
  • 臨床研究者:修復が必要な進行期に至る前に、う蝕過程をコントロールする製品や戦略の有効性を評価する必要がある
  • 臨床家:病変の活動性を見分ける必要がある。ただし著者らは「新しい臨床基準システムが信頼できるという主張はあるが、一般臨床家が確実にう蝕活動性を評価できるようになるには、さらなる研究が必要だと考える」と慎重です

明日の診療で、何を1つ変えるか

この総説からは、次のような実務が導けます。

  • 「今日は異常ありません」を「明らかなう蝕は見つかりませんでした」に言い換える。この一語の違いが、次回のリコールの意味を変えます
  • 検出できなかった=存在しない、ではないと自覚する。咬合面で半分、隣接面X線でも半分です
  • 誤りは両方向に起きる。咬合面の視診については、著者らは「健全な咬合面を誤ってう蝕と分類することは考えにくい」と書いていますが、隣接面X線については「かなりの数の健全面を誤って齲蝕と分類しうる」と明確に警告しています。特異度が高いのは前者に限った話です
  • 統計の「むし歯ゼロ◯%」は、診断基準とセットでしか意味を持たない。基準が変われば数字が動きます
  • そして早期に見つけることが、外科的介入を減らす条件です。検出の努力は、削らないための努力でもあります

ここだけ、冷静に補助線

読むときの注意が2つ: 第一に、これは臨床試験ではなく、医師向けの総説(Seminar)です。網羅的な系統的レビューではなく、著者らが選んだ文献に基づく概観であり、記載されている数値も他の文献からの引用です。第二に、利益相反が明示されています——著者の一人であるPitts氏は、う蝕検出・モニタリング機器の企業の取締役・コンサルタントであり、共同創業者かつ株式を保有していると開示されています(検出技術の限界を論じる総説として、この開示は押さえておく価値があります)。それでも、「私たちは半分しか見つけていない」「caries freeという言葉は正確ではない」という2つの指摘は、日々の言葉づかいをそのまま点検させてくれます。記載されている診断精度の数値も他文献からの二次引用であり、その後のICDASなどの展開はこの総説の射程外です。

今日のひとこと

医師向けにう蝕を概観した Lancet のセミナー。著者らはまず、う蝕を「重症度と歯質破壊が増していく疾患状態の連続体」——分子レベルの表面下の変化から、表面が保たれた病変、明らかな窩洞まで——として定義し、窩洞はすでに疾患がかなり進んだサインだと述べる。診断の精度については率直で、「臨床家も患者も、視診という方法が不完全であることを一般には認識していない」と書く。包括的レビューによれば咬合面の病変検出の感度は39〜59%(特異度は約95%以上)、隣接面X線の感度は50%・特異度87%、咬合面X線は感度39%・特異度91%。著者らの表現は「従来の臨床的およびX線的方法を用いると、歯科医師は存在する病変の約半分しか検出できず、かなりの数の健全面を誤って齲蝕と分類しうる」。この帰結として、象牙質病変だけを記録する調査で「caries free」と判定された群には未検出の疾患が含まれるため、多くの権威が「no obvious decay(明らかなう蝕なし)」という言い方に切り替えつつあると指摘する。診断基準のごくわずかな変更が、記録される疾患量に大きな違いを生むことにも触れている。そして国際的な傾向は外科モデル(罹患歯質を切除・置換)から予防的アプローチ(生涯を通じて疾患過程の発生と進行をコントロールする)へ移りつつあり、臨床家の課題は外科的介入が必要になる前に病変を検出することになる。ただし病変の活動性評価については、「一般臨床家が確実に評価できるようになるにはさらなる研究が必要」と慎重な姿勢を示している。なお本稿は系統的レビューではなく、著者の一人はう蝕検出機器企業の取締役・共同創業者であることが開示されている。

出典:Selwitz RH, Ismail AI, Pitts NB. Dental caries. Lancet 2007;369(9555):51-59. PMID: 17208642
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。