1問1答 論文 歯周病

上顎6番、どの根を残す?——「口蓋根がいちばん大きい」は本当か

1問1答 論文 歯周病

抜去歯20本を1mmごとに輪切りにして、根の付着面積を全部測った研究

上顎第一大臼歯の分岐部病変。ルートアンプテーションを考えるとき、「口蓋根がいちばん太いから残す」と教わった方は多いはずです。1983年、その前提そのものを測りにいった研究があります。結果は、近心頬側根と口蓋根の付着面積に有意差なし。そしてもうひとつ、いちばん大きな面積を持っていたのは、そもそも根ではありませんでした。

論文
The Potential Attachment Area of the Maxillary First Molar
著者
Hermann DW, Gher ME Jr, Dunlap RM, Pelleu GB Jr
掲載
J Periodontol 1983;54(7):431-434
種類
抜去歯を用いた形態計測研究(上顎第一大臼歯20本)
PMID
6577179

「口蓋根を残そう」——その根拠、どこから来ました?

上顎第一大臼歯にIII度の分岐部病変。頬側根のどちらかが、もう保存できそうにない。

ここでルートアンプテーションやトライセクションを検討するとき、頭の中では自然と「口蓋根はいちばん太いから、残す側の軸にしよう」という順番が回ります。実際、上顎大臼歯の根切除は頬側根に限定されるのが原則と教わります。

では、その「口蓋根がいちばん大きい」は、どこかで測られた数字なのでしょうか。1983年、Hermannらはそこを疑いました。論文の書き出しがそのまま研究の動機です——ほとんどの臨床家は、口蓋根が近心頬側根や遠心頬側根より有意に大きな付着面積を持つ「という仮定のうえで」判断している、と。

やったことは、ひたすら輪切りにして周長を測る

方法はきわめて素朴で、そのぶん強いです。

抜去された上顎第一大臼歯を無作為に20本選びます(癒合根は除外)。次亜塩素酸ナトリウムと超音波スケーラーで付着物を落とし、アクリルレジンに包埋。歯軸に直角に、根尖からセメントエナメル境(CEJ)まで1mmごとに切断していきます。

各断面を50倍に投影し、オピソメーター(曲線の長さを測る道具)で根と根幹の周長を実測。2人の検者が独立して測り、断面の歯冠側と根尖側の周長を平均して、その1mm区間の表面積としました。全区間を足し上げれば、根1本ぶんの表面積が出る——という積み上げ方式です。

用語の整理: ここでいう「根幹(root trunk)」とは、分岐部の天蓋よりも歯冠側、CEJまでの、まだ分かれていない部分のこと。この研究は根3本だけでなく、この根幹の面積も別立てで測っています。

2人の検者の測定差は平均1.38mm²(全体平均476.43mm²の0.29%)。有意差がなかったため、データは統合して解析されました。地味ですが、この再現性の高さがこの論文の説得力です。

結果:近心頬側根と口蓋根は、互角だった

1歯あたりの総根面積は平均476.43mm²(範囲340.24〜582.39mm²)。内訳を根ごとに見ます。

有意差なしの2根
有意に小さい

0 46.7 93.3 140 根の表面積 (mm²) 91.2 117.7 114.5 遠心頬側根 近心頬側根 口蓋根 MBとPALは有意差なし(P>0.05)。DBだけが有意に小さい(P<0.01)。抜去上顎第一大臼歯20本の平均

3根の平均表面積。近心頬側根117.74±23.32mm²、口蓋根114.52±22.01mm²、遠心頬側根91.22±16.67mm²。

近心頬側根117.74mm²、口蓋根114.52mm²。統計学的な差はありません(P>0.05)。

むしろ興味深いのは内訳です。20本のうち10本では近心頬側根のほうが大きく(差は2〜42mm²)、残り10本では口蓋根のほうが大きい(差は3〜26mm²)。きれいに半々でした。しかも差の幅は総面積の数%以内に収まっています。

一方、遠心頬側根は91.22mm²と、どの根よりも有意に小さい(P<0.01)。3根の中では最小、という結論はこの研究でもはっきり支持されました。

ちなみに根の長さは、口蓋根9.15mm・近心頬側根8.78mm・遠心頬側根8.65mm。口蓋根がいちばん長いものの、有意差はありません(P>0.05)。「臨床的には口蓋根がいちばん長く太く見える」という印象は、面積で測ると思ったほど差がつかない、ということです。

いちばん面積が大きいのは、そもそも根ではなかった

この論文でいちばん見落とされやすいのが、ここだと思います。

根幹(分岐部より上)
各根

0 13.3% 26.7% 40% 全付着面積に占める割合 (%) 32% 25% 24% 19% 根幹 近心頬側根 口蓋根 遠心頬側根 いちばん大きいのは個々の根ではなく、分岐部より上の「根幹」。1歯あたり合計476.43mm²に対する内訳

総付着面積476.43mm²に占める割合。根幹が32%で最大。3根はそれぞれ25%・24%・19%にとどまる。

根幹の表面積は152.95mm²。全体の32%を占め、どの単根よりも有意に大きい(P<0.01)。長さはわずか4.32mmしかないのに、です。分岐していない太い一本ぶんの周長が、そのまま面積に効いてきます。

これは根切除の話を超えて、歯周病そのものの読み方に効いてきます。付着はCEJ側から失われていきます。つまり分岐部の入口に病変が到達した時点で、その歯はすでに全付着面積の3割前後を失っているということです。「分岐部病変=予後が悪い」の理由を、アクセスの悪さだけでなく、失った量そのものからも説明できます。

なぜ近心頬側根は、口蓋根に追いつけるのか

見た目の印象と数字がずれる理由を、著者らは形態で説明しています。

口蓋根は円柱状で、断面は丸に近い。対して近心頬側根は頬舌的な幅が大きく、隣接面が平坦ないし陥凹している。断面が扁平でくびれているぶん、同じ体積でも周長が稼げる——だから面積で口蓋根に並ぶ、という理屈です。

そして著者らは、この形態差から臨床的な示唆をふたつ出しています。

著者らの示唆: ①近心頬側根と口蓋根が同程度に罹患している場合、近心頬側根のほうが支台としては有利かもしれない——平坦な隣接面は、円柱状の口蓋根よりトルクに抵抗できるから。②ただし口蓋根を除去したほうが、残った分岐部のメインテナンスのアクセスは良くなることが多い。

面積が決め手にならないなら、判断材料は断面形態(動揺・トルクへの抵抗)術後の清掃アクセスに移る。この論文の実務的な貢献は、まさにここです。

明日の臨床へ:3つの持ち帰り

ひとつめ。「口蓋根のほうが面積が大きいから」という説明は、根拠として使わない。 近心頬側根とはほぼ互角です。口蓋根を残す判断自体は妥当なことが多いのですが、その理由は面積ではなくアクセスと術式の現実性のほうにあります。理由づけを取り違えると、症例ごとの判断がぶれます。

ふたつめ。遠心頬側根が小さいことは、はっきり使える。 3根の中で有意に最小(総面積の19%)。ここを切除する選択は、失う付着量という観点ではいちばん影響が小さいと言えます。

みっつめ。総面積は340〜582mm²と、歯によって1.7倍の幅がある。 ただし著者らは、ある根が大きい歯は他の根も相応に大きいと述べています。つまり他人の平均値より、その歯そのもののエックス線・形態を見るほうが確かだということ。平均値は前提を疑う道具であって、個別症例の答えではありません。

この数字は、再生療法の側からも読める

著者らは締めで、このデータが「再生療法および切除療法における、潜在的な付着の獲得・喪失を考えるうえで有用かもしれない」と書いています。

分岐部の再生を狙うとき、獲得を目指しているのは根幹寄りの面積です。逆に根を1本落とすとき、失うのは総面積の19〜25%。どちらの術式でも、動かしている面積の桁がわかるようになる——40年前の抜去歯20本が、いまも参照される理由はそこにあると思います。

ここだけ、冷静に補助線 抜去歯20本の形態計測であって、臨床アウトカム(生存率・予後)を見た研究ではありません。付着面積が大きい根を残せば予後が良い、という因果はこの論文では示されていません。また対象は上顎第一大臼歯のみで、第二大臼歯や下顎大臼歯には外挿できません。母集団は米国の抜去歯コレクションで、日本人の歯種形態とどこまで一致するかも別の話です。それでも、「みんなが前提にしているものを、実際に測ってみる」という研究の姿勢と、0.29%という検者間誤差の小ささは、40年たっても十分に信頼に足ります。教科書に載っている「上顎大臼歯の根切除は頬側根に限る」という原則を、面積の側から静かに補強してくれる一本です。

今日のひとこと

近心頬側根と口蓋根の付着面積は、ほぼ互角でした。「口蓋根のほうが大きいから」という理由づけは、この研究では支持されません。根を選ぶ基準は面積ではなく、形態・アクセス・清掃性のほうへ移ります。そして分岐部より上の「根幹」が全体の32%——分岐部に病変が届いた時点で、失われているものはかなり大きい、ということでもあります。

Hermann DW, Gher ME Jr, Dunlap RM, Pelleu GB Jr. The Potential Attachment Area of the Maxillary First Molar. J Periodontol 1983;54(7):431-434. PMID: 6577179
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。