根分岐部病変の臼歯、もう抜くしかない?
歯周治療を受けた臼歯1,015本を平均13年あまり追ったら、最も重い根分岐部III度でも平均11.8年もちこたえていた。抜歯を急ぐ前に読み返したい一本。
①「分岐部病変はもたない」は、どこまで本当か
レントゲンを見て、奥歯の根の股(根分岐部)に黒い影。プローブを入れると、根と根の間がスッと通ってしまう。こうなると、つい「ここはもう難しいかな」と頭が切り替わりませんか。根分岐部病変のある臼歯は清掃が届きにくく予後が読みにくい——だから「迷ったら抜歯」という空気が、現場には根強くあります。
ただ、その「予後が悪い」が、具体的に何年もつのかは、意外とはっきり語られてきませんでした。「III度はもう厳しい」という感覚はあっても、それが3年なのか10年なのか、人によって温度差がある。
そして抜歯を急ぐと、その後はインプラントやブリッジへ進みます。それ自体は選択肢ですが、「天然歯をもう少しもたせる」という時間を手放すことでもあります。では、歯周治療をきちんと受けた臼歯は、分岐部病変があっても実際どこまでもつのか。
②今回の一手:臼歯1,015本を、最長10年以上追いかける
この研究が頼もしいのは、実際の患者さんの臼歯を、長期にわたって追った後ろ向き研究だという点です。
評価軸:治療開始時に根分岐部病変の程度(Hampの分類で0〜III度)を記録し、どの歯が抜歯に至るかを追跡
追跡:能動的な歯周治療のあと、平均13.2年のメインテナンス(SPT)期間
解析:多変量Cox回帰で「どんな要因が抜歯につながるか」を統計的に洗い出す
ただ「もった・もたなかった」を数えるのではなく、何が予後を左右するのかまで踏み込んでいるのが値打ちです。さて——分岐部病変のある臼歯は、どこまで生き残っていたのか。
③結果①:最も重い病変でも、平均10年以上もちこたえた
まず、いちばん伝えたい数字から。能動的治療の段階で抜けたのは50本、その後の平均13.2年のメインテナンス期間で抜けたのは154本。全体としては、歯周治療を受けた臼歯の多くが、長期にわたって口の中に残っていたのです。驚くのは、重い病変のグループの「もち」です。
根分岐部III度(根の股が完全貫通)の臼歯でも平均11.8年、骨吸収60%超でも平均14.4年。「III度はもう抜くしかない」という感覚からすると、平均11.8年というのはかなり長い猶予です。もちろん平均値ですが、それでも重い病変=即抜歯ではないことを、この数字は示しています。
④結果②:では、何が「抜けやすさ」を押し上げるのか
とはいえ、すべての歯が同じようにもつわけではありません。この研究は、抜歯リスクを高める要因を統計的に洗い出しました。
歯そのもの(局所)では、根分岐部III度が4.68倍・骨吸収60%超が3.74倍・根管治療歴が2.98倍。そして見逃せないのが患者さん側で、糖尿病が5.25倍と今回いちばん大きい。喫煙1.97倍・女性1.99倍・高齢1.57倍も有意でした。歯の局所だけでなく、全身の状態が臼歯の運命を大きく左右する——歯周病が全身と地続きであることを、改めて突きつける結果です。
⑤明日の臨床へ──「抜く前に、もたせる選択肢を」
ヒントは大きく二つ。ひとつは、分岐部病変があっても、まず歯周治療とメインテナンスを試す価値があること。「III度だから抜歯」と反射的に判断する前に、「平均11.8年もつ可能性がある歯」としてもう一度向き合う。自分の歯で10年過ごせることの意味は、患者さんにとって小さくありません。
もうひとつは、リスク要因を患者さんと共有すること。糖尿病・喫煙・根管治療歴は抜歯リスクを大きく押し上げ、とくに糖尿病は最大の要因でした。血糖コントロールや禁煙が、巡り巡って「奥歯を守る」ことにつながる。「抜く・抜かない」の二択ではなく、「どうすれば、この歯をもう少しもたせられるか」へ問いを立て直すだけで、できることはぐっと増えます。
この研究は後ろ向きで、歯周病専門施設に通い、メインテナンスを続けた集団の記録です。だから一般の臨床より良い成績が出やすい面はあり、「平均11.8年」は平均値で、すべてのIII度がそうもつ保証ではありません。だから「分岐部病変があっても抜かなくていい」と一足飛びに読むのは行きすぎ——この数字は"適切な歯周治療とメインテナンスを前提にすれば、ここまでもたせうる"という到達点です。それでも「重い病変の臼歯も、歯周治療とメインテナンスで長期に機能しうる」という結論は揺らぎません。抜歯を急ぐ前に、この"もたせられる年数"を頭の片隅に。
今日のひとこと
「根分岐部病変があるから抜歯」——その判断は、データではなく経験則の慣れが言わせているのかもしれません。重い病変の臼歯でも、まず歯周治療とメインテナンスで「もたせる」選択肢を。抜くのは、いつでもできます。
※本記事は論文の要点を歯科医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


