局所麻酔の前臨床研究|アルチカインをコパイバ油とアボカドバターのナノ構造脂質キャリア(NLC)に入れた製剤を、炎症を起こしたラットの足と組織内の薬物濃度の測定で調べた動物実験(Rodrigues da Silva ほか 2023・Pharmaceuticals)
炎症のある歯には、麻酔が効きにくい。臨床でよく出会う場面です。原著は、酸性になった組織で薬が効きにくい型に偏ること、血流が増えて薬が早く運び去られること、神経が敏感になることを理由に挙げています。この研究は、麻酔薬のアルチカインをコパイバ油とアボカドバターのナノ粒子(NLC)に包んだ製剤を作り、炎症を起こしたラットの足で試しました。カラゲナンによる炎症では、0.5%の注射直後に、包んでいないアルチカインより痛みの反応が約30%低く、コパイバ油入りの粒子は測定した約3時間の最後まで効果が続きました。炎症した足の組織内の非結合型アルチカインの半減期は、包んでいないと8.4分、合成脂質の粒子で15.6分、コパイバ油入りで16.8分で、どちらの粒子も有意に長くなりました(延びたのは包んだことの効果で、コパイバ油の効果とは言えません)。ただし結果はラット(各群5〜6匹)の足のもので、口腔内でもヒトでも調べていません。使った濃度は0.1%と0.5%で、研究室で作った試作の製剤です。
①炎症のある歯で、麻酔が効かない。さて、どうする?
歯髄炎の歯、腫れている部位。浸潤麻酔をしても、なかなか痛みが取れない。臨床で誰もが経験する場面です。
原著の導入は、炎症があると局所麻酔が効きにくい理由を、文献を引いて3つ挙げています。①炎症で組織が酸性に傾くと、アルチカイン(pKa 7.8)は麻酔作用の弱いプロトン化型に偏る。②血流が増えるので、注射した薬が早く運び去られる。③神経が敏感になる(感作)。原著は、炎症のある症例の約70%で局所麻酔が奏効しないと導入で述べています(教科書の引用で、この記事では原典を確かめていません)。そして、いまも炎症組織の麻酔に決定的な解決策はないとしています。
この研究は、その壁に「麻酔薬を、植物由来の脂質でできたナノ粒子に包む」という方法で挑んだ前臨床研究です。
・調べたのはラットの足(炎症を起こした後ろ足の足底)での痛みの反応と、足の組織内の麻酔薬の濃度。ヒトでも、口腔内でも調べていません
・使った製剤は、研究室で作った試作の製剤です
・麻酔薬(アルチカイン)をコパイバ油とアボカドバターのナノ粒子(NLC、約217 nm)に包んだ製剤が、包んでいないアルチカインより、痛みの反応を低くし、効果が長く続いた(0.5%の注射直後で、包んでいないアルチカインより約30%低い。NLC-CO-Aの効果は測定した最後の約3時間まで続いた)
・炎症した足の組織の中で、非結合型アルチカインの半減期は、包むと8.4分から、合成脂質の粒子で15.6分、コパイバ油入りで16.8分へ(どちらも包んでいないものより有意に長い)延びた。延びたのは包んだことの効果で、コパイバ油の効果とは言えない
・使った濃度は0.1%と0.5%。原著の抄録が使用濃度として挙げる4%(原著は「高濃度」と記載)より、かなり低い濃度での結果
・原著の結論は、この製剤は「さらに探る価値のある製剤」というもの。臨床で使える段階ではありません
②今回の一手:麻酔薬を「脂質のナノ粒子」に包む
研究したのは、ブラジル・カンピーナス州立大学(UNICAMP)などのグループです。
・固体の脂質と液体の脂質を混ぜて、界面活性剤で安定させた、薬を運ぶ粒子
・今回のNLC-CO-A:固体脂質にアボカドバター、液体脂質にコパイバ油を使い、アルチカイン2%を入れた。粒子の大きさ 217.7 nm、薬を包み込めた割合(封入率)78.4%、粒子の中の薬の割合 8.8%(原著Table 2。先行報告からの引用)
・比べる相手のNLC-A:合成の脂質(パルミチン酸セチルなど)で作った同じ型の粒子にアルチカインを入れたもの
・製剤の pH は約8。市販のアルチカイン塩酸塩の溶液は pH 4.8〜5.2 と原著は書いている
脂質にアボカドバターとコパイバ油を選んだ理由を、原著は次のように述べています。アボカドバターには、抗炎症作用が報告されている脂肪アルコールが含まれる。コパイバ油の主成分 β-カリオフィレンには、抗炎症作用とオピオイド様の作用が報告されている。つまり、粒子の「入れ物」にも働きを持たせようという発想です。
脂質の核の結晶性は、この論文で示差走査熱量測定とX線回折により調べられ、下がっていることが確かめられています。これが1年間の安定性と高い封入率につながると著者らは述べています。粒子の大きさや封入率(Table 2)は、著者らの先行報告の値です(表に「Adapted from」の注記があります)。
・試験A(カラゲナン):足底に炎症を起こす物質(λ-カラゲナン)を注射し、170分後(炎症の痛みが最大になる3時間目の10分前)に、各製剤を同じ足底に注射。機械刺激(電子式フォン・フレイ試験)に対する足の引っ込め反応の閾値を、6時間後まで測定。各群 6匹、二重盲検。麻酔薬は 0.1% と 0.5%
・試験B(PGE2):炎症を起こす物質プロスタグランジンE2(PGE2)を注射し、170分後に0.5%の製剤を注射。8群×各5匹、二重盲検。ナロキソン(オピオイド受容体を遮断する薬)を併用する群も設けた
・試験C(微小透析):カラゲナンで炎症を起こした足に細い透析プローブを入れ、組織内の非結合型アルチカイン濃度を約75分間測定。各群5匹(ウレタン麻酔下)
③結果:炎症した足の痛みの反応は、どう変わったか
痛みの反応は、「痛覚過敏の強さ」(炎症前の閾値からどれだけ下がったかのグラム数、小さいほど痛覚過敏が弱い)で比べられています。以下の数値は原著の本文に書かれたものです。
・0.1%:NLC-A は生理食塩水より 6.5% 減、包んでいないアルチカインより 22% 減(P < 0.05)。NLC-CO-A は生理食塩水より 34% 減。注射1時間後の時点でも NLC-CO-A のほうが NLC-A より減っていた
・0.5%:注射直後は、2種のNLCとも生理食塩水より約50%、包んでいないアルチカインより約30%有意に低い痛みの反応(図3Dで有意差の記号あり)。包んでいないアルチカインの効果は1時間に満たなかった。合成脂質の粒子(NLC-A)は注射後1時間まで続き、2時間後には生理食塩水と同じに戻った。NLC-CO-A は、測定した最後(注射後約3時間)まで、痛みの反応が減り続けた
・2%:包んでいないアルチカインで足の深い麻酔が起きたため、以降の試験から外した
・麻酔薬なしの対照:合成脂質のNLCは生理食塩水と同様。コパイバ油入りのNLC-CO は、生理食塩水より約40%高い鎮痛を示し、1時間後まで続いた
0.5%の群で、効果が測定の最後まで続いたのは NLC-CO-A だけです。要旨の「3時間」は、効果が3時間で切れたのではなく、測定の期間(注射後約3時間)の最後まで続いた、という意味です。
・包んでいないアルチカインは痛みを有意に減らした。ただし包んでいないアルチカインと NLC-A の間に差はなかった(P > 0.05)
・NLC-A と NLC-CO-A は、PGE2+生理食塩水の群より痛みの強さが約50%低かった。NLC-CO-A は NLC-A より、さらに約20%有意に低かった。ただし、コパイバ油入りが包んでいないアルチカインより良いとは、この試験では示されていない
・麻酔薬なしの NLC-COでも痛みが減った。ナロキソンを併用すると、この減少は元に戻った。原著は、コパイバ油のオピオイド作用が確かめられたと書いている(この記事の読みでは、この実験では、オピオイド受容体の関与が示唆された)
・PGE2 のモデルでは、カラゲナンと違って組織の酸性化が起きないと原著は述べる
④結果:炎症した組織の中で、麻酔薬はどう動いたか
・消失速度定数:包んでいない 0.09 ± 0.01 /分、NLC-A 0.05 ± 0.02 /分、NLC-CO-A 0.04 ± 0.01 /分(NLCは包んでいないものより有意に小さい、P < 0.05)
・半減期:包んでいない 8.4 ± 1.1 分、NLC-A 15.6 ± 6.0 分、NLC-CO-A 16.8 ± 4.0 分(NLCは有意に長い)
・曲線下面積(AUC):11,202〜13,849 μg・分/mL。3群に有意差なし
・初期の最高濃度(C0):包んでいない 1149 μg/mL、NLC-A 767 μg/mL、NLC-CO-A 610 μg/mL。有意差は示されていない(原著は、ばらつきが大きいためと述べる)
・注射35分以降は、NLC群の組織内濃度が、包んでいない群より有意に高かった
原著は、炎症した組織では包んでいないアルチカインの半減期が約8分で、血漿での20〜27分よりずっと短いと指摘しています。NLCに包むと、その半減期が血漿と同程度に近づいた。合成脂質の粒子(NLC-A)でも同じ程度に延びたので、これは包んだことの効果で、コパイバ油の効果とは言えません(筆者の読み)。炎症による「薬の早い消失」を、粒子から薬がゆっくり出ることで和らげられるかもしれない、というのが著者らの読みです。
一方で、総量(AUC)には有意差がなく、最初の濃度はNLC群のほうが低い傾向でした(有意差なし)。それでも注射直後から効果が強かったのは、濃度だけでは説明できません。
⑤なぜ効いたのか:著者らの見方(確かめたものではありません)
著者らが考察で挙げた説明は、次のとおりです。どれもこの実験で個別に検証したものではなく、推測を含みます。
・ゆっくり放出:封入された薬が時間をかけて出る。これは微小透析の結果(消失速度定数が約半分、半減期が約2倍)と合う
・中性型の割合:NLC製剤の pH(約8)はアルチカインの pKa(7.8)より高く、脂に溶けやすい中性型が多い。炎症組織は酸性なので、これが有利に働いた可能性がある(この実験で中性型の量は測っていない)
・粒子が細胞に取り込まれる経路:粒子が神経細胞のそばまで運ぶ別の道になる可能性(推測)
・コパイバ油:主成分は β-カリオフィレン(約50%)。PGE2試験でナロキソンで効果が消えたことから、オピオイド受容体の関与が考えられる。ただし、成分ごとの検証は行っていない
原著はもう1つ、現実的な課題を挙げています。コパイバ油は成分が製造ロットなどで変わるため、注射用の製剤として認められるには、多くの前臨床試験が要る。次の一歩として、コパイバ油を純粋な β-カリオフィレンに置き換えることを提案しています。
⑥明日の臨床へ
・NLC-CO-A は、カラゲナンの炎症性疼痛のラットで、包んでいないアルチカインより痛みを有意に減らし、効果を延ばした
・組織内の薬の滞留が長くなり、炎症による麻酔の効きにくさを和らげる可能性がある
・炎症組織で麻酔が効かないという歯科の行き詰まりを打開するため、さらに探る価値のある製剤だとしている
・血管収縮薬入りの麻酔薬や他のキャリアとの比較など、今後の研究が必要
・今すぐ使える手は、ありません。この製剤は研究室で作った試作で、ラットの足での結果です。人の口腔内で効くかどうかは、この論文では調べていません
・持ち帰れるのは、炎症のある歯で麻酔が効きにくいのは、「酸性」「薬が早く流れ去る」「神経が敏感」という複数の壁が重なるから、という整理です。目の前の症例で、どの壁が大きいかを考える手がかりになります
・今後の製剤研究の方向として、薬を長く組織にとどめる、pHを整える、入れ物にも働きを持たせる、という3つの方向が見えます。これは薬剤の開発側の話で、臨床の私たちが動かせる点ではありません
・コパイバ油入りの製剤が臨床に出るなら、成分の安定性や安全性の評価が先に要ります。この論文は、その安全性を評価していません
濃度は 0.1% と 0.5% で、歯科で使う4%とは違います。比べた相手は包んでいないアルチカインの溶液で、血管収縮薬入りの麻酔薬とは比べていません(著者らも今後の課題としています)。また、組織の傷みや全身への影響などの安全性は、この論文では調べていません。
数字の読み方にも注意が要ります。要旨は NLC-CO-A が包んでいないアルチカインより「30%」改善と書きますが、本文では0.5%の注射直後は NLC-A も同じ程度で、NLC-CO-A の強みは「効果が長く続く」点と0.1%の濃度で目立ちました。PGE2試験では、包んでいないアルチカインと NLC-A の間に差がなく、NLC-CO-A の上乗せは NLC-A に対する約20%でした(包んでいないアルチカインとの差は示されていません)。
原著内で合わない箇所もあります。測定時間は、図が75分、方法が80分。微小透析のプローブを入れた時刻は、結果の本文が「カラゲナンの1時間後」、方法と図が「2時間後」。封入率は本文で「約70%」、Table 2 では 74.0%(NLC-A)と 78.4%(NLC-CO-A)。カラゲナン試験は、方法に「6群」とありますが、図には多くの条件が示されています。この記事では、表と図の値を優先しました。
資金は FAPESP、FAPERGS、INCT-Bioanalítica の研究費で、アルチカインと合成脂質は企業から提供を受けています。著者らは利益相反なしと記載しています。
それでも、「炎症のある組織で麻酔が効きにくい理由を、薬の入れ物で変えられるか」という問いに、動物の足で一歩踏み込んだ1本です。続報を楽しみにしたいと思います。
今日のひとこと
この研究が示したのは、炎症を起こしたラットの足で、アルチカインをコパイバ油とアボカドバターのナノ粒子に包むと、包んでいないアルチカインより痛みの反応が低くなり、効果が長く続いたということです。組織内の半減期も、包むと8.4分から、合成脂質の粒子で15.6分、コパイバ油入りで16.8分へ(どちらも有意に長い)延びました。ただし、これはラットの足での結果で、口腔内でもヒトでも調べていません。製剤は研究室で作った試作で、今すぐ臨床で使える手はありません。持ち帰れるのは、炎症のある歯で麻酔が効きにくいのは、組織が酸性に傾く・薬が早く流れ去る・神経が敏感になる、という複数の壁が重なるためだという整理と、今後の製剤研究の方向です(ここは筆者の読みです)。使った濃度は0.1%と0.5%で、血管収縮薬入りの麻酔薬とは比べていません。


