エンド|慢性根尖病変はなぜ骨を失わせるのか。当時の免疫学の文献を並べ直し、免疫複合体反応・IgE介在反応・遅延型過敏反応・内毒素の4つの筋から病変の成り立ちを説明したナラティブ総説(Torabinejad & Bakland 1978・Oral Surgery, Oral Medicine, Oral Pathology)。新しい実験データではなく、1978年時点の知見の整理である
慢性根尖病変は根管の中身に対する炎症反応です。根管内には生きた細菌と死んだ細菌、細菌の断片や毒素、壊れていく歯髄の分解産物、変性した宿主組織がたまります。ところが当時、微生物学的な研究の多くは慢性根尖病変の中に微生物は存在しないと示していました。それなら、根管から漏れ出す細菌の産物や壊れた歯髄こそが鍵ではないか。1978年、Loma Linda大学のTorabinejadとBaklandは、この問いに免疫学の文献で答えようとした総説を書きました。根管から抗原を入れると全身に抗体ができること(動物実験)、ヒトの病変にマクロファージ・リンパ球・形質細胞・好中球・肥満細胞と、IgG・IgM・IgA・IgE・補体C3が見つかることを足場に、著者らは抗体が関わる反応(免疫複合体反応とIgE介在反応)が最初の変化を起こしうるとし、遅延型過敏反応(細胞性免疫)が加わって病変を長引かせ、進行させる可能性が高いとまとめます。さらに一度始まった遅延型過敏反応を止める仕組みは知られておらず、抗原が取り除かれるまで続くことから、根管系の完全な清掃とデブリードマンこそ根管治療で最も重要という成書の考えを、免疫の側から裏づけると述べます。ただし根尖部での反応を再現した実験はネコの根管に凝集ヒトIgGを入れた著者らのグループ自身の研究で、著者ら自身がそれを「アルサス様反応が根尖組織で起こりうることの唯一の間接的証拠」と呼んでいます。
①根尖の骨を溶かしているのは、細菌だけか
根尖病変のエックス線透過像を見るとき、私たちはつい「細菌が骨を食べている」とイメージします。ところが1978年、Loma Linda大学のTorabinejadとBaklandは、免疫学の文献を並べ直した総説で別の筋書きを示しました。
結論を先に言います。根尖部の骨を壊しているのは、根管から漏れ出す抗原に対する「体の免疫反応」かもしれない。著者らは抗体が関わる反応(免疫複合体反応とIgE介在反応)が最初の変化を起こしうるとし、遅延型過敏反応(細胞性免疫)が加わって病変を長引かせ、進行させる可能性が高いとまとめています。そして根尖病変は、根管内の有害物質から体を守ろうとする免疫の、いわば「成功の副産物」なのかもしれない、と。
②なぜこの問いが出てきたか:当時の研究では、病変の中に細菌が見つからなかった
著者らはまず、慢性根尖病変を根管の中身に対する炎症反応と定義します。根管内にたまる有害物質として挙げられているのは、生きた細菌と死んだ細菌、細菌の断片、細菌の毒素、壊れていく歯髄の分解産物、そして変性した宿主組織です。
関節リウマチや歯周炎など、長引く炎症で骨が吸収される病気では免疫の関与が盛んに調べられていました。一方で根尖病変は手薄で、1971年のワークショップでも、歯髄・根尖疾患の免疫学的要因をもっと調べるべきだと強く求められていた、と著者らは紹介しています。
③根管は「抗原の入口」になれるのか
免疫反応を起こすには抗原が要ります。著者らは、根管が抗原の供給源・通り道になりうることを示す研究を並べます。
・サルの歯髄腔にウシ血清アルブミンを入れると、全身に抗体ができた。
・ほかに、バシトラシン・ネオマイシン、複数の抗菌薬を含む根管貼薬、ウマ血清、パラホルムアルデヒドでも、根管が感作の源になりうることが示されていた。
さらにヒトの病変そのものからも手がかりが出ていました。慢性根尖性歯周炎と歯根嚢胞の組織には、マクロファージ、リンパ球、形質細胞、好中球、肥満細胞——どれも免疫反応に関わる細胞——が見られます。そして複数の研究が、慢性根尖病変(瘢痕組織を除く)にIgG・IgM・IgA・IgEと補体C3の断片が存在することを示していました。
ここから著者らは、微生物の代謝産物・分解産物や変性した宿主組織が根尖孔を越えて宿主を感作し、感作された宿主に抗原が漏れ出し続けることで免疫反応が起こりうる、という前提を置きます。
④全体の筋書き:「始める反応」と「続ける反応」
著者らは根尖病変に関わる免疫反応を、便宜上次のように分類しています。
タイプII(細胞性・抗体が要らない):遅延型過敏反応
細菌の内毒素はこの分類に収まらないとして別枠で扱われます。
筆者注:この番号は著者らが便宜上置いたもので、教科書で見るGell & Coombsの分類の番号とは一致しません。中身で言えば、(A)免疫複合体反応はIII型、(B)IgE介在反応はI型、タイプII(細胞性)はIV型にあたり、II型(細胞傷害型)はこの総説では扱われていません。
なお「始める」「続ける」は総括での大まかな役割分担です。本文ではIgE介在反応も病変を始めるだけでなく長引かせうるとされ、遅延型過敏反応も根管の抗原への反応として始まりうると書かれています。
⑤始める反応①:免疫複合体が補体を呼び、好中球が組織を溶かす
アルサス反応は、1903年に感作したウサギの皮下へウマ血清を注射して起きた局所反応に由来します。出血・壊死を伴う炎症で、浮腫と好中球の浸潤を伴うものです。
では根尖部で本当に起きるのか。著者らのグループは、抗原抗体複合体と似た性質を持つ凝集ヒトIgGをネコの根管に入れ、反対側の根管には凝集させていないヒトIgGを同量入れて比べました。すると凝集IgG側では、骨とコラーゲンが失われ、アルサス反応に典型的な炎症細胞が集まる病変が急速に進行しました。
ただし著者ら自身、これを「アルサス様反応が根尖組織で起こりうることを示す唯一の間接的証拠」と位置づけています。根管からの抗原が絶えず供給されれば、この過程が慢性化して慢性根尖病変のような組織変化につながる——というのが著者らの見立てです。
⑥始める反応②:IgEと肥満細胞
IgEは肥満細胞や好塩基球の表面に長くとどまり、抗原が2つのIgE分子を橋渡しすると、肥満細胞からヒスタミンなどの化学伝達物質が放出されます。これらの主な役割は防御ですが、骨吸収のような病的変化も起こりうるとされます。
根尖病変については、多数の肥満細胞やIgEを含む形質細胞が見つかったという報告がありました。しかしIgE介在反応の伝達物質を調べた研究は文献に見当たらない。著者らは率直に、この反応の役割についての知識は極めて限られていると書いています。
⑦続ける反応:遅延型過敏反応は、抗原がなくなるまで止まらない
遅延型過敏反応は抗体を必要としません。感作されたTリンパ球が特定の抗原と出会うと増殖し、リンホカインと呼ばれる一群の物質を出します。マクロファージを現場にとどめる因子や働きを強める因子は防御的ですが、宿主の細胞も壊しうるリンホトキシンや、破骨細胞を活性化して骨を吸収させる因子(破骨細胞活性化因子)も含まれます。集まったマクロファージや好中球はコラゲナーゼも出します。
反対の結果もありました。歯髄や失活歯の根尖病変の組織を抗原として与え、リンパ球の幼若化(遅延型過敏反応の試験管内の指標とされたもの)が起きるかを調べた研究では、幼若化は起きなかった。著者らはこれに対し、リンホカインはT細胞以外からも出る、試験管内の幼若化は遅延型過敏反応と必ずしも一致しない、濃度や培養時間、抗原の拡散の問題がある、という4つの注意点を挙げ、それでも遅延型過敏反応が一部関わっている可能性はあると結論します。
そして、この記事でいちばん臨床に響く一文がここです。一度始まった遅延型過敏反応を止める仕組みは知られておらず、抗原が取り除かれるまで反応は続く。これは根管系を完全に清掃・デブリードマンすることが根管治療で最も重要だという、成書(Grossman・Ingle・Schilder)が説いてきた考えを免疫の側から裏づける——と著者らは述べています。
⑧別枠:グラム陰性菌の内毒素
内毒素(エンドトキシン)はグラム陰性菌の細胞壁に由来し、上の分類には当てはまらないとして別に扱われています。内毒素は肥満細胞の急速な脱顆粒を起こし、抗体を介さずに補体の副経路を活性化して、好中球やマクロファージを呼び寄せます。さらに組織培養で骨吸収を促し、骨の成長を妨げ、破骨細胞を骨へ引き寄せることも報告されていました。
内毒素は失活歯の根管から見つかっており、理論上は根尖部へ漏れ出して病変を起こしうる。ただし当時は、その役割を確かめる研究がLoma Linda大学で進行中という段階でした。
⑨証拠の強さを並べてみる
並べてみると、この総説の性格がよく分かります。ヒトの病変で分かっていたのは「免疫に関わる細胞や抗体がそこにある」ことまでで、反応が病変を起こしていることを直接示したデータはありません。筋書きの多くは、動物実験・試験管内の研究・他の病気からの類推でつながれています。
⑩病変は「免疫がうまく働いた副産物」かもしれない
著者らが印象的な例として挙げるのが、診断されていない免疫不全の患者の1例報告です。大きなう蝕のある大臼歯の歯髄には多数の細菌がいたのに、炎症の徴候はごくわずかで、歯髄組織の破壊も比較的少なかった。
⑪明日の臨床へ
・根管系の徹底した清掃とデブリードマンが最重要。成書が説いてきたこの考えを、「遅延型過敏反応は抗原が除かれるまで止まらない」という免疫の理屈が裏づける、と著者らは述べている。
・根管に入れる物質も感作の源になりうる。総説は、バシトラシン・ネオマイシン、抗菌薬を含む貼薬、パラホルムアルデヒドなどを扱った研究を、根管が感作の源になりうる証拠として挙げている。
・病変の拡大=細菌の勢いとは限らない。著者らは根尖部の骨吸収の過程を多因子的とし、宿主の免疫反応が大きく関わると総括している。
・治らない根尖病変について、著者らはマクロファージが貪食したものを処理しきれない可能性を「今後の研究領域」として挙げている(当時はまだ調べられていなかった)。
⑫ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:ヒトの根尖病変における骨吸収の過程は多因子的である。生きた細菌、細菌の産物、変性した宿主組織が病変を起こし広げうる。免疫複合体反応とIgE介在反応が根尖組織の最初の変化を起こしうる。遅延型過敏反応が加わって病変を長引かせ進行させる可能性が高い。根尖病変は、根管内の有害物質から宿主を守ろうとする免疫の成功した努力の副産物かもしれない。臨床に直すと1つです。治療の標的は病変ではなく、根管の中身=抗原の供給源。一度始まった遅延型過敏反応を止める仕組みは知られておらず、抗原が取り除かれるまで続くので、根管系の完全な清掃とデブリードマンが根管治療で最も重要という成書の考えを、免疫の側から裏づける、と著者らは述べています。ただしこれは1978年の総説で、根尖部での反応の再現はネコの実験1本、ヒトで分かっていたのは病変に免疫細胞や抗体が「ある」ことまでです。著者らも「多くの疑問に答えるには、さらに研究が必要」と締めています。


