1980〜2010年の疫学調査を系統的に集め(乳歯192研究・永久歯186研究)、世界疾病負担研究(GBD 2010)のベイズ型メタ回帰モデルで、187か国・1990年と2010年の未処置う蝕の有病率と発生率を推計した研究(Kassebaum ほか 2015・Journal of Dental Research)
DMFTで測る「う蝕経験」は、多くの先進国で過去40年に減ってきたとされます。ただDMFTには、治療済みの歯も抜けた歯も含まれます。いま治療されずに残っている「未処置のう蝕」は、世界にどれくらいあり、減っているのか。世界疾病負担研究(GBD)のチームが、各国の調査を集めてモデルで推計しました。以下の数字はすべて、実測ではなく推計値です。
①「う蝕は減った」は、どの物差しの話か
DMFT(う蝕経験歯数)で測る「う蝕経験」は、多くの先進国で過去40年に減ってきたとされます。著者らも、この点は受け入れられていると書いています。
ただしDMFTは、治療済み(F)や抜けた歯(M)も含めた「生涯の経験」です。いま治療されずに残っているう蝕がどれだけあるかは、DMFTからは分かりません。GBD(世界疾病負担研究)は「治療された病気は負担を生まない」という前提で負担を測るので、見るべきは未処置のう蝕です。
著者らによれば、これまでのう蝕疫学の総説はほとんどが「う蝕経験」を扱っており、未処置う蝕の疫学は十分に分かっていませんでした。そこで、未処置う蝕の調査を世界中から集め、187か国・20年齢階級・男女別に、1990年と2010年の有病率と発生率を推計しました。
②研究の骨格——調査を集めて、モデルで埋める
未処置う蝕の定義: 象牙質に達する明らかな歯冠部の窩洞、探針で軟らかい・革様に触れる根面の窩洞、う蝕を伴う仮封・修復物。つまり窩洞レベルのう蝕で、初期病変は数えていない。
質の基準: 無作為標本であること、国・地方・地域の集団を代表すること、臨床診査で測っていること、回答率50%超(縦断研究は脱落50%未満)など。
残った研究: 全文を確認した1,682件から1,373件を除き、乳歯192研究(1〜14歳の1,502,260人・74か国)と永久歯186研究(5歳以上の3,265,546人・67か国)。どちらも21地域のうち18地域をカバーした。永久歯は未処置う蝕を直接報告した研究だけを使い、乳歯はdmftの内訳などから未処置う蝕の割合に換算したデータも使った。
推計のしかた: GBD 2010用のベイズ型メタ回帰モデルDisMod-MRで、有病率・発生率・寛解(治療や脱落で「未処置」でなくなること)を互いに矛盾しないように推計した。データの乏しい国は、地域・上位地域・世界の平均などに寄せて補った。調査が無歯顎者を除いていることによる過大評価は、無歯顎の割合を分母から引いて補正した。
幅の示し方: 1,000回のシミュレーションの2.5〜97.5パーセンタイルを95%不確実性区間(UI)とした。信頼区間と似ているが、モデルによる推計の確からしさの幅である。
③主張その一——2010年、永久歯の未処置う蝕は「最も多い病態」で、20年間横ばい
2010年、永久歯の未処置う蝕は、GBD 2010で評価された全病態の中で最も多く、約24億人と推計されました。年齢調整有病率は35.4%(95%UI 33.7〜37.3%)です。乳歯の未処置う蝕は10番目に多く、約6億2100万人と推計されました。乳歯の年齢調整有病率は、表で8.8%(8.5〜9.1%)です。なお本文では、人数と対にして「9%(8.7〜9.4%)」と書かれています。幅が表と異なるので、表の年齢調整値とは別の集計(全年齢の割合など)の可能性があります(PDFからは確定できません)。
そして1990年から2010年で、年齢調整有病率は横ばいでした。永久歯は35.5%(33.7〜37.6%)→35.4%、乳歯は8.9%(8.6〜9.2%)→8.8%です。年齢調整発生率も、永久歯は10万人年あたり28,689件(27,069〜30,381)→27,257件(25,808〜28,928)で「同程度」、乳歯は15,437件(14,354〜16,589)→15,205件(14,132〜16,451)で有意ではない減少でした。男女差は20年で縮まり、2010年には有意ではありませんでした。
著者らはこれを、100人を1年追うと、乳歯で15件、永久歯で27件の新しいう蝕が生じると言い換えています。また、率が横ばいでも、人口の増加と長寿化、そして1990〜2010年に歯をすべて失う人が大きく減ったこと(著者らの別の研究)から、未処置う蝕の数はさらに増えると予想されると述べています。
④主張その二——有病率の山は乳歯で6歳、永久歯で25歳と70歳ごろ
年齢別に見ると、乳歯の未処置う蝕は6歳ごろ、永久歯は25歳ごろに有病率の山があり、70歳ごろにもう一つの山がありました。この年齢パターンは、1990年から大きくは変わっていません。
著者らは、負担が子どもから大人へ移りつつあると述べ、25歳の山について「学校で口腔保健を進めたことでう蝕の発生が遅れ、学校を出たあとに口腔保健がおろそかになるためではないか」という仮説を示しています。「子どもの頃のう蝕の少なさが生涯続く」という前提は正しくないかもしれない、とも書いています。70歳ごろの山は根面う蝕の出現で説明される、というのが著者らの解釈です。どちらの説明も、この解析で直接確かめたものではありません。
⑤主張その三——地域と国で、差は大きい
2010年の永久歯の年齢調整有病率は、21地域で19.9%(オーストラリア・ニュージーランド地域、17.0〜23.4%)から47.3%(中欧、41.8〜53.1%)まで開いていました。国別ではシンガポールの12%(9.9〜14.9%)からリトアニアの68%(60.1〜75.6%)です。乳歯では、21地域で4.9%(オーストラリア・ニュージーランド地域)から10.4%(東南アジア)、国別ではオーストラリアの4.8%からフィリピンの10.8%でした。
日本が含まれるGBDの地域区分「高所得アジア太平洋」(地域の構成国は原著PDFに記載がなく、筆者の補足)は、永久歯で25.2%(19.8〜31.9%)と世界平均より有意に低く、乳歯は9.6%(8.6〜10.7%)でした。日本単独の推計値は付録表にあり、本文PDFには載っていません。
面白いのは、発生率と有病率が一致しない地域があることです。高所得北米は、永久歯の年齢調整発生率が10万人年あたり62,610件と21地域で最も高い一方、有病率は22.0%と世界平均より有意に低い推計でした。新しく生じても早く治療されれば「未処置」の期間は短くなるので、有病率は低く出る——という読み方ができます。ただし、発生率の一部はDMFTの増分から換算したもので、永久歯の研究は高所得北米に多く発生率の調査が多いため、データの種類や地域ごとの研究数の偏りが効いている可能性もあります(いずれも筆者の読みで、原著はこの理由を解析していません)。
⑥明日の臨床へ
②成人・高齢者のメンテナンスでも、未処置う蝕と根面う蝕を探す目を持ち続ける。70歳ごろの山を著者らは根面う蝕で説明している。定期管理の場で見落とさない、という意識づけの根拠の一つになる(この点は筆者の読み)。
③数字を伝えるときは「推計」と幅を添える。「世界で約24億人(2010年の推計、年齢調整有病率35.4%、95%UI 33.7〜37.3%)」のように書くと、実測のように独り歩きしにくい。
④DとFを分けて見る。著者らは研究者に、DMFTの平均だけでなく「一人あたりの未処置歯数」と「未処置う蝕のある人の割合」を報告するよう求めている。院内で患者層の口腔状態を振り返るときも、DMFTの合計ではなく未処置(D)を分けて見ると、この論文の物差しと揃う(この点は筆者の読み)。
⑦ここだけ、冷静に補助線
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新エビデンスを確認してください。
今日のひとこと
GBD 2010の推計では、2010年に永久歯の未処置う蝕は評価された全病態の中で最も多く約24億人(年齢調整有病率35.4%、95%UI 33.7〜37.3%)、乳歯の未処置う蝕は10番目に多く約6億2100万人で、乳歯の年齢調整有病率は8.8%(8.5〜9.1%)だった。年齢調整有病率は1990年から横ばいで(永久歯35.5%→35.4%、乳歯8.9%→8.8%)、発生率も同程度だった(乳歯は有意でない減少)。有病率には乳歯で6歳、永久歯で25歳と70歳ごろの山があり、著者らは負担が子どもから大人へ移りつつあると述べ、25歳の山は学校を出たあとに口腔保健が手薄になるためという仮説を示している。地域差も大きく、永久歯では21地域で19.9%〜47.3%だった——ただしこれは各国の調査を集めてモデルで補った推計値で、データの乏しい国は地域の平均などで埋められている。


