1970〜1985年に初診で来院し、25年以上にわたって少なくとも5年に1回は通院していた53名の生活歯454装置(インレー・アンレー・クラウン)を、リン酸亜鉛セメント189 対 スーパーボンド(4-META/MMA-TBB)265 に分けて、カルテとX線写真から生存率を比べた後ろ向きコホート研究(Masaka 2023・J Prosthet Dent)
「接着性レジンセメントのほうが持つ」——そう信じて使っています。ただ、その根拠を尋ねられると、たいてい出てくるのは接着強さの実験値です。では、実際に口の中に入れたものが何年もったのか。東京の一診療所が、1970年代からのカルテを掘り起こして、最長43年ぶんの答えを出しました。
①「接着のほうが持つ」の根拠を、どこに置いていますか
合着材を選ぶとき、多くの人が接着性レジンセメントを選びます。理由を尋ねられれば、たいてい出てくるのは接着強さの実験値——何MPaという数字です。
けれど患者さんが知りたいのは、「その被せ物は何年もつのか」のほうです。そして実験室の接着強さと、口の中での年数は、同じものではありません。
東京の一診療所が、1970年代からのカルテとX線写真を掘り起こして、リン酸亜鉛セメントと接着性レジンセメント(スーパーボンド)で合着した装置が、実際に何年もったかを比べました。最長43年ぶんの記録です。
②53人・454装置を、カルテから追いかける
注目したいのは、この53名が「25年以上、少なくとも5年に1回は来院し続けた人」だという点です(抄録では「20年以上」と書かれていますが、方法の項に記された実際の基準はこちらです)。長期の予後を見るために必要な設計ですが、同時に「診療所と縁が切れなかった人たちの数字」であることも意味します。著者らは、この基準によって「2つのセメントで合着された修復物の口腔衛生状態が同程度に揃った」とも述べています。
③結果——5年ではほぼ同じ。差は20年以降に開く
まず5年。93.7% 対 94.9%——ほとんど差がありません。ここだけを見て「同じだ」と結論する研究があっても、おかしくない数字です。
ところが10年で 86.2% 対 91.8%、20年で 60.1% 対 72.6%、30年で 43.5% 対 55.4%。曲線全体としてログランク検定で有意差がつきました(P=.006)。リン酸亜鉛群の生存期間の中央値は306か月=およそ25年半です。
ただし、差が一本調子に開いていくわけではありません。差をポイントで並べると 5年 1.2 → 10年 5.6 → 15年 2.3 → 20年 12.5 → 25年 14.1 → 30年 11.9。15年でいったん縮み、25年を過ぎるとまた縮みます。それでも「短期では見えず、差がはっきり開くのは20年を過ぎてから」という形は、この研究のいちばん大事なところです。5年の臨床研究では、この差は見えません。
④何が起きて、装置は終わったのか
生存率の差の中身も示されています。二次う蝕は 29.6%(56/189)対 10.2%(27/265)。根管治療が必要になったのは 15.3%(29/189)対 7.6%(20/265)。脱離は 10.6%(20/189)対 4.9%(13/265)。3項目すべてでスーパーボンドが低く、いずれも P<.001 です。
いちばん差が大きいのは二次う蝕で、およそ3分の1になっています。著者らの説明はこうです。リン酸亜鉛セメントは細菌のマイクロリーケージを止められないと報告されている。一方4-META/MMA-TBBは象牙質に樹脂含浸層をつくるため、細菌の侵入に対する抵抗性が高いと期待される——これが二次う蝕と、その先の根管治療の差を生んだのではないか、と。
逆に言えば、接着性レジンセメントの利点は「外れにくい」だけではないということです。脱離の差(10.6% 対 4.9%)よりも、二次う蝕の差(29.6% 対 10.2%)のほうがずっと大きい。封鎖しているかどうかが、20年後の歯の運命を分けているという読み方ができます。
⑤明日の臨床へ
持ち帰れるのは、3つです。
①「短期で差がない」は「差がない」ではない。5年時点では 93.7% 対 94.9%。合着材の比較研究の多くは、この時間軸の中にあります。差がはっきり開いてくるのは20年を過ぎてからでした。5年の臨床研究で有意差が出なかった材料の話を聞いたときに、思い出したい形です。
②守っているのは「歯」であって「装置」ではない。イベントの内訳で最大の差がついたのは二次う蝕でした。合着材の選択は、装置が落ちるかどうかの話に見えて、実はその下の歯が生き残るかどうかの話だった——このデータはそう読めます。
③ただし「43年の実績」を、そのまま自分の数字にはできない。これは25年以上、少なくとも5年に1回は通い続けた53名の記録です。口腔衛生指導を受け、3〜12か月間隔の定期的なメインテナンスを勧められていた集団の生存率です(実際に受けていたかどうかまでは論文に示されていません)。そして「打ち切り」の定義には、通院の中断だけでなく、歯周病による抜歯と新しい補綴装置に作り替えるためのクラウン除去も含まれます——作り直しが「失敗」ではなく「打ち切り」に回る設計は、生存率を押し上げる方向に働きます。この生存率は材料の性能だけでできているのではありません。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
接着性レジンセメント(スーパーボンド)のほうが長持ちする、という臨床の実感に、30年スパンの数字がついた。累積生存率は 10年で 91.8% 対 86.2%、20年で 72.6% 対 60.1%、30年で 55.4% 対 43.5%(ログランク検定 P=.006)。差の中身も示されていて、二次う蝕は 10.2% 対 29.6%、根管治療が必要になったのは 7.6% 対 15.3%、脱離は 4.9% 対 10.6%(いずれも P<.001)。ただしこれは無作為化された試験ではなく、単一の医院で、主に1970〜80年代前半のリン酸亜鉛と、主に1990年代以降のスーパーボンドを比べたもの——材料の差に、時代・術者の習熟・患者背景が重なっている可能性は消せない。30年時点で残っているのもZPC 73件に対しSBは10件で、55.4%という数字はこの細さの上に乗っている。それでも、5年では 94.9% 対 93.7% とほぼ同じだったものが、20年・30年と離れていくという形は、実験室の接着強さでは決して見えないものである。


