1問1答 論文 エンド

術前の診断名では決めない——露髄面を顕微鏡で見てから処置を選ぶという提案

1問1答 論文 エンド

抜去歯264本の病理・細菌組織像と、最長30年追跡した757症例の臨床成績から、歯髄温存療法の適応をつくり直した研究(Ricucci 2019・J Dent)

「可逆性歯髄炎だから覆髄、不可逆性歯髄炎だから抜髄」——術前の診断名で処置を決める、という手順に私たちは慣れています。イタリアの病理学者Ricucciらは、そのやり方に真正面から異を唱えました。決めるのは術前の診断ではなく、露髄した歯髄を顕微鏡で見た所見である、と。

論文
Vital pulp therapy: histopathology and histobacteriology-based guidelines to treat teeth with deep caries and pulp exposure
著者
Ricucci D, Siqueira JF Jr, Li Y, Tay FR
掲載
Journal of Dentistry 2019;86:41-52(doi:10.1016/j.jdent.2019.05.022)
種類
病理組織・細菌組織学的研究(抜去歯264本)+臨床症例の後ろ向き追跡(757症例・最長30年)
PMID
31121241

術前の診断名で、処置を決めていませんか

手順はこうなっているはずです。問診と温度診で「可逆性歯髄炎」と診断したら、覆髄を試みる。「不可逆性歯髄炎」なら抜髄する。診断名が先にあって、処置がそれに従う。

この順番に、Ricucciらは正面から異を唱えました。決めるのは術前の診断名ではない。露髄した歯髄を顕微鏡で見た、その所見である。

彼らの言い分にはそれなりの根拠があります。直接覆髄の成功率は、報告によって天と地ほど違うのです。Barthelらの後ろ向き研究では5年で37%・10年で13%。Bjørndalらのランダム化試験では1年で31.8%。ところがBogenらのMTA覆髄では、最長9年で歯髄生存率98%。

同じ「直接覆髄」という言葉が、まったく違う中身を指している。Ricucciらはそこに、適応基準の曖昧さを見ました。

何を見たのか

材料: 筆頭著者(イタリアの開業医で病理学者)が長年かけて集めた抜去歯264本を、連続切片にしてヘマトキシリン・エオジン染色とBrown & Brenn染色(細菌を染める)で観察した。内訳は未処置のう蝕歯160本、アマルガムやレジンで大きく充填された歯59本、直接覆髄した歯18本、健全歯に実験的に断髄・覆髄した19本、選択的除去+接着修復を行った8本。あわせて、非選択的除去(取り切る)の途中で露髄した757症例の臨床成績を追跡した。うち720歯が直接覆髄を受け、507歯が3年〜30年追跡できた。⚠️ ここは押さえておきたい——直接覆髄に回されたのは、臨床所見とエックス線から「可逆性歯髄炎」と診断された症例だけである。この論文の73.2%は、そうやって入口で選ばれた集団の数字にほかならない。断髄は37歯(部分断髄28・全部断髄9)で追跡2〜5年。すべての処置は拡大鏡(4倍)またはマイクロスコープ下で行われている。

この研究の特異なところは、組織像と臨床成績を同じ術者の手元で突き合わせている点です。「顕微鏡で何が見えたか」と「その歯がどうなったか」が、一人の記録の中でつながっています。

組織像が語ったこと——壊死は、細菌が届いてから始まる

未処置のう蝕歯160本を見ると、エナメル質が破られた時点で、その直下の歯髄にはもう限局した炎症反応が起きていました。う蝕が進むにつれて炎症細胞が増え、第三象牙質が作られ、象牙芽細胞が減っていく。

ただし——壊死は現れません。細菌が歯髄腔に到達するまでは。

細菌の居場所: 脱灰した象牙質の中には、細菌がかなり深くまで、時に管状の第三象牙質にまで広がっていた。それでもその直下の歯髄には、細菌は概して居なかった。つまり「象牙質に細菌がいる」ことと「歯髄が感染している」ことは、同じではない。

細菌が歯髄に届くと、風景が変わります。う蝕にいちばん近い髄角に、小さな壊死巣ができる。そこには必ず細菌が居着いていて、組織学的にはマイクロアブセス(微小膿瘍)——好中球に囲まれた膿の空隙——として見えます。これが組織学上の「不可逆性」です。

そして、この研究のいちばん重要な観察がここです。壊死巣の周囲は慢性炎症細胞で囲まれているが、そこから少し離れた歯髄組織は、見た目上まったく正常で炎症がない。

「可逆性」「不可逆性」は、歯髄全体ではなく歯髄の一部分の状態を指している——著者らはそう結論しました。ならば、壊れた部分だけを取り除けば、残りは救えるはずです。

もう一つ。大きく充填された59本の観察から、軟化した感染象牙質を完全に取り切り、適切に(液体と細菌を通さないように)修復すれば、歯髄の炎症はやがて治まることが確認されています。恒久的に残る変化は、象牙芽細胞の減少、第三象牙質の形成、歯髄内の限局した石灰化にとどまったと報告されています。

提案された手順——4つの条件で、段階的に深くする

0 33.3% 66.7% 100% 成功率(%) 96.4% 77.8% 73.2% 部分断髄 全部断髄 直接覆髄 Ricucciらの提案する基準で処置した症例の成績。部分断髄 27/28、全部断髄 7/9、直接覆髄 371/507。断髄の症例数は極めて小さく(28例と9例)、この順位を額面どおりには読めない。追跡は直接覆髄が3〜30年、断髄が2〜5年
Ricucciらの基準で処置した症例の成功率

成績は直接覆髄73.2%(371/507)、部分断髄96.4%(27/28)、全部断髄77.8%(7/9)でした。

0 33.3% 66.7% 100% 直接覆髄の成功率(%) 73.2% 98% 37% 31.8% 13% Ricucci 3〜30年 Bogen 最長9年 Barthel 5年 Bjørndal 1年 Barthel 10年 直接覆髄の成績のばらつき。左端の73.2%だけが本論文の自前の結果で、残る4本は本論文が序論で引用している他研究(Bogen 2008はMTA覆髄49歯・可逆性歯髄炎のみを対象とした観察研究で、値は成功率ではなく歯髄生存率/Barthel 2000は後ろ向き研究/Bjørndal 2010はランダム化試験)。追跡期間も対象も測っている指標も揃っていないので、この並びは優劣の比較ではなく「報告が一致していない」ことを見る図である。Ricucciらは、この不一致の原因を適応基準の曖昧さに求めている
本論文が引用する直接覆髄の成績。研究によって13%から98%まで開く

では、どう選ぶのか。直接覆髄が適応になるのは、次の4条件をすべて満たすときだけだと著者らは書いています。

直接覆髄の4条件:露髄部を囲む象牙質が健全である(軟化象牙質が残っていない)②創面が赤く、均一で、血液に満ちている——黄色っぽい融解した部分や、暗く出血しない部分がない ③削片(デンティンチップ)が創面に入り込んでいないクロルヘキシジンまたは1%次亜塩素酸ナトリウムで洗浄後、滅菌綿球で2〜3分以内に止血できる
直接覆髄をやめる所見(部分壊死のサイン): 露出した歯髄が暗く、出血しない黄色っぽく淡い色調(血流の途絶=壊死)/膿が見える削片が歯髄内に迷入している/薄い残存象牙質を通して周囲が赤い(充血)。これらがあれば、健全そうな組織に到達するまで歯髄を除去する。

手順は段階的です。条件を満たさなければ部分断髄へ。健全な歯髄が見つからない、あるいは適切な時間で止血できなければ、もう一層削る。大臼歯では髄室全体の断髄が必要なこともある。それでも条件が揃わなければ、抜髄。

そして著者らは、こう明言しています。「歯内療法を選ぶか歯髄温存を選ぶかを最終的に決めたのは、術前の臨床診断ではなく、マイクロスコープ下での術中所見だった」。術前に「可逆性歯髄炎」と診断していた歯でも、開けてみて根管治療になった症例があったと書かれています。

深部ではバーを使わず、鋭利な手用エキスカベーターだけで進める。露髄したらそれは「偶発的」ではなく、う蝕そのものによる露髄だと考える。露髄の大きさは、断髄の禁忌にはならない——著者らはこれも明記しています。

明日の臨床へ

①露髄したら、まず「見る」時間を取る。色(赤か、暗いか、黄色いか)、出血の性状、削片の有無、周囲象牙質の硬さ。この4点を確認してから材料に手を伸ばす、という順番に変えるだけで判断が具体的になります。

②止血の時間を測る。2〜3分。この数字が、覆髄と断髄を分ける実務的な境界線として提案されています。止まらない出血は、それ自体が「もっと深くまで炎症が及んでいる」というサインです。

③「露髄させたくない」という恐れで判断を曇らせない。この研究では、非選択的除去で露髄させたうえで判断しています。ただし——これは、選択的除去(削り残す)を推奨する立場——本論文自身が引く欧州歯内療法学会のポジションステートメントや2016年の国際合意(Schwendicke ら)——と、明確に対立します。Ricucciらは、露髄を避けるために窩洞の最深部に軟化した感染象牙質を残すという根深い考え方は生物学的観点から問い直されるべきだ、と書いており、逆の立場です。どちらの流儀を採るかは、術者が拡大視野と無菌的環境をどこまで確保できるかに依存します。

④無菌操作を、条件ではなく前提にする。著者らは「VPTが成功するには厳密な無菌操作が必須」と結論の最初に置いています。ラバーダム、消毒、滅菌器具。そして、封鎖の甘い修復では細菌が戻ってきて、せっかくの創面が再感染します。

⑤覆髄が成功していれば、3〜6か月で石灰化組織が露髄部を埋める。患者の同意を得て再開拡した症例で、実際にそれが確認されています。1年で再開拡した症例の写真も論文に載っています。

ここだけ、冷静に補助線

ここだけ、冷静に補助線。 この研究はランダム化試験ではありません。単一術者(筆頭著者)の症例集積を後ろ向きに集計したもので、対照群がありません。しかも断髄の症例数が極端に小さい——部分断髄96.4%は27/28、全部断髄77.8%は7/9です。28例の96.4%と9例の77.8%を、507例の73.2%と同じ土俵で比べることはできません(1例の成否で数字が10ポイント動く規模です)。追跡期間も、直接覆髄が3〜30年、断髄は2〜5年と揃っていません。組織像の側にも限界があります。抜去歯264本は「研究とも、採用した治療の失敗とも無関係の理由で抜かれた歯」である——つまり標本が失敗例に偏っていない。失敗と判定された症例の組織像もわずかに含まれており(直接覆髄18本のうち12本が成功、残りは部分壊死と細菌の定着を示した)、ただし失敗を系統的に集めた標本群ではないことは読むときに割り引く必要がある。また、術者は病理学の専門知識をもち、マイクロスコープを日常的に使う開業医です。同じ4条件を、拡大鏡なしの一般診療で同じ精度で判定できるかは、この研究では検証されていません。加えて、直接覆髄の対象が術前に可逆性歯髄炎と診断された症例に限られていたことも忘れてはいけません——「術前の診断名では決めない」という主張は、あくまで診断名で入口を絞ったうえで、そこから先を術中所見で決めるという話です。著者ら自身、ルーペでも可能だが手術用顕微鏡のほうが精密だと書いています。それでも——「診断名で決めるのではなく、開けて見てから決める」という発想の転換は、明日の診療室で今日から試せるものです。露髄面を3分見る。それだけで、選べる手が増えるかもしれません。

今日のひとこと

Ricucciらは、軟化象牙質を残さず取り切り(非選択的除去)、露髄面を高倍率で観察して処置を選ぶという手順を提案した。直接覆髄の適応は4条件——①露髄部周囲の象牙質が健全 ②創面が赤く均一で血液に満ちている ③削片が創面にない ④消毒後2〜3分で止血できる。条件を満たさなければ部分断髄、それでも駄目なら全部断髄、さらに駄目なら抜髄へ、と段階的に深くする。成績は直接覆髄73.2%(371/507)、部分断髄96.4%(27/28)、全部断髄77.8%(7/9)。ただし直接覆髄に回されたのは臨床的に可逆性歯髄炎と診断された症例だけで、断髄の症例数は28例と9例と小さく、単一術者の後ろ向き集計である。組織学的には、細菌が歯髄腔に到達するまで壊死は生じず、壊死巣より根尖側の歯髄は通常「炎症なし」だった。

Ricucci D, Siqueira JF Jr, Li Y, Tay FR. Vital pulp therapy: histopathology and histobacteriology-based guidelines to treat teeth with deep caries and pulp exposure. J Dent. 2019;86:41-52. doi:10.1016/j.jdent.2019.05.022 PMID: 31121241
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。