1問1答 論文 虫歯

重度の咬耗、いつ削り始めるか——欧州16人のコンセンサスは「まず待て」と書いた

1問1答 論文 咬耗・酸蝕

重度の咬耗・摩耗の管理に関する欧州コンセンサスステートメント(Loomans 2017・J Adhes Dent)

上顎前歯の裏がスプーンのように凹み、下顎前歯は象牙質が露出し、臼歯の咬頭がなくなっている。患者さんは「歯がすり減ってきて心配です」と言う。ここで全顎の補綴計画を立てたくなりますが、欧州16人の専門家が集まって出した合意は、順番がまったく違いました。まず病因を突き止めて予防を立てる。訴えがなければ経過観察で進行しているかどうかを確かめる。修復はできるだけ先に延ばす——「一度でも修復患者になれば、ずっと修復患者である」からです。

論文
Severe Tooth Wear: European Consensus Statement on Management Guidelines
著者
Loomans B, Opdam N, Attin T, Bartlett D, Edelhoff D, Frankenberger R ほか(16名)
掲載
The Journal of Adhesive Dentistry 2017;19:111-119(doi:10.3290/j.jad.a38102)
種類
コンセンサスステートメント(欧州の専門家16名による合意形成の記録)
PMID
28439579

「すり減ってきたので、治したいのですが」

上顎前歯の口蓋側がスプーン状に凹み、下顎前歯は切縁の象牙質が露出して黄色く見える。臼歯の咬頭はなだらかになり、旧いCRだけが島のように残っている。患者さんは鏡を見ながら「歯がすり減ってきて心配です」と言う。

ここで頭に浮かぶのは、たいてい「どう治すか」です。挙上量はどれくらいか、直接法か間接法か、何本に手を入れるか。

2017年、欧州の16人が集まってまとめたコンセンサスは、その一手前に大きな問いを置きました。「今、治すべきなのか」。そして、その問いへの答え方を段階に分けて示しています。

まず、生理的と病的を分ける

咬耗・摩耗は加齢現象です。生涯にわたって歯は使われ、酸蝕・咬耗・摩耗の刺激を受け続けるので、程度の差はあれ必ず起こります。

0 666.7 1333.3 2000 60年間(10歳→70歳)の摩耗量(µm) 1740 1460 1010 900 大臼歯 下顎前歯 上顎前歯 小臼歯 コンセンサスが引用した2つの研究を突き合わせた値。永久歯咬合面エナメル質の年間摩耗は小臼歯 約15µm・大臼歯約29µm と報告されている。上顎前歯の平均歯冠長は10歳の約12mmから70歳で約11mmへ、下顎前歯は約9.5mmから約8mmへ減る
コンセンサスが引用した生理的な摩耗量。10歳から70歳までの60年間で、大臼歯が最も減る

永久歯咬合面エナメル質の生理的な摩耗は小臼歯で年約15µm、大臼歯で年約29µmと報告されています。上顎前歯の平均歯冠長は10歳の約12mmから70歳で約11mmへ、下顎前歯は約9.5mmから約8mmへ。60年で大臼歯1740µm、下顎前歯1460µm、上顎前歯1010µm、小臼歯900µm——これが「減って当たり前」の目安です。

そのうえで、コンセンサスは2つの用語を明確に分けています。混同すると判断がぶれるからです。

重度の咬耗・摩耗(severe tooth wear): 歯質の実質的な喪失を伴う摩耗で、象牙質が露出し、臨床的歯冠の1/3以上を失っているもの。失われた「量」の話。

病的な咬耗・摩耗(pathological tooth wear): その患者の年齢にとって非典型的な摩耗で、疼痛・不快感、機能的問題、審美性の悪化を引き起こし、進行すればより複雑な合併症を招きうるもの。進む「速さと性質」の話。

この区別が効くのは、実際にずれるからです。若年者が、酸蝕を主因とする病的な摩耗を持ちながら、量としてはまだ軽度ということがある。逆に80歳が重度の摩耗を持っていても、その年齢としては非典型的でないこともある。指数のスコアだけを見て前者を見逃し、後者に全顎補綴を勧めてしまう——分けておかないと、その両方が起こります。

もうひとつ大事な指摘があります。摩耗の進行は相を持つ(phasic)——進む時期と止まっている時期があるということ。重度の摩耗を持つ70名を12か月以内で追った縦断データでは、多くの症例で進行は15µm未満でしたが、一部では、とくに逆流症状のある人で6か月に100µmを超えました。だからこそ、どの段階でも予防は適切だと結論されています。

指数のスコアだけで、修復を決めない

BEWE・TWI・TWESといった指数は、程度と重症度を測るのに役立ちます。ただしコンセンサスはこう釘を刺します。1回のスコアは、本来は動的な状態の「スナップショット」にすぎない。最高スコアが付いた患者が、そのときに修復を必要とする、あるいは修復に適した候補である、とは限らない。

実際、咬耗の有病率調査はほとんどが「病的」と分類しうる高いレベルの摩耗を持つ、主に若年の患者が2〜10%いると報告していますが、その全員がただちに修復治療に入るべきだとは結論していません。

では何を材料に決めるのか。コンセンサスは「患者側の訴え」と「術者側の理由」に分けて整理しています。

患者が助けを求める理由: ①知覚過敏や痛み ②咀嚼・食事の困難 ③歯質喪失による審美障害 ④歯質や修復物が「崩れて」きて歯そのものが危ういという不安。あるいは、定期健診で摩耗を指摘され、自分の歯の寿命が心配になった、という場合もある。

術者が治療を始める理由(一次因子): ①摩耗の量(グレード) ②影響を受けている面(咬合・滑走に関与するか) ③本数(限局性か全顎性か)
(二次因子): ①進行の速さ ②患者の年齢 ③病因

進行の速さは、数か月〜数年にわたって採得した模型や3Dスキャンの連続データで評価します。論文には3.5年間の経過観察で、検出できる進行が無かった症例が図示されています。

コンセンサスの決定フロー

修復に踏み切るかどうかの分岐(コンセンサスの決定フロー)

その年齢にとって 病的な摩耗か

生理的

病的

治療しない

リスク評価・病因の特定 摩耗量を記録に残す

予防プログラムを立てる 繰り返し指導・カウンセリング・経過観察

患者または術者にとって 気がかりな状態か

いいえ

経過観察を続ける 2〜3年ごとに再評価

はい

選択肢を説明し、同意を得て修復へ

※ 活動性のある病態が残る間は、最終補綴を勧めない ※ 論文Fig.2に、本文の記述(再評価は2〜3年ごと)を補って作図

コンセンサスが示した決定フロー(論文Fig.2に本文の記述を補って作図)。病因の診断と予防が先に来て、修復は後ろに置かれる

流れはこうです。その年齢にとって病的かを判定し、生理的なら治療しない。病的ならリスク評価をして病因を特定し、摩耗量を記録に残す。そのうえで予防プログラムを立て、繰り返し指導・カウンセリング・経過観察を行う

訴えがなければ、予防の効き目を——できれば(デジタル)模型・口腔内写真・評価指数を使って——モニターする。進行していないと確認できたら、そこで初めて修復介入の要否を患者と話し合う。経過観察を続けると決めたなら、2〜3年ごとに再評価する。

審美を気にしている、あるいは訴えがある場合は、修復の選択肢を患者と一緒に批判的に検討する。ただし活動性のある病態が残っている間は、最終補綴を勧めない。理由がはっきり書かれています。

コンセンサスの核心: CRであれ全部被覆冠であれ、修復物は摩耗の過程を止めない。摩耗の速さ・場所・性質を変えるだけである。しかも「最終」とみなされた修復物の多くは、ブラキシズムと酸蝕を持つ重度摩耗の患者では寿命が限られたものになりうる

そして、この合意でいちばん印象に残る一文。患者を、複雑さと費用が雪だるま式に増えていく「不必要な修復のデススパイラル」に放り込んではならない。失敗した修復物がより大きな修復物を呼び、やがて歯を失う——若年者ほど、この分岐が老後の歯列を決めます。

ただし、保存的で予防に軸足を置いた対応は、ときに「経過観察という名の放置」と非難されかねません。だからコンセンサスは、患者との関わり・指数を使った重症度の記載・共同意思決定の結果・とった処置・その後の経過を、診療録に正確に残すことを必須の要件として挙げています。

踏み切るときは「引き算」でなく「足し算」で

修復に進むと決まったときの原則も、明確です。

可能なかぎり初回の修復介入を先延ばしにする——「一度でも修復患者になれば、ずっと修復患者である」から。十分な時間をかけて情報を集め、確かなインフォームド・コンセントを得る。患者がリスクと利益を理解し、起こりうる結果に現実的な期待を持ったうえで同意し、その過程を記録に残す。

そして「引き算(subtractive)」ではなく「足し算(additive)」で。健全歯質を大きく削る従来型の間接修復より、直接法・間接法・ハイブリッドを問わず、ミニマルインターベンションの手技を優先する。将来の選択肢をできるだけ残す考え方はダイナミック・レストラティブ・コンセプトと呼ばれます。

材料については、率直な記述です。「重度の咬耗の修復において、ある材料が他より優れていることを示す強いエビデンスはない」とするシステマティックレビューが引かれています。そのうえで実務的な指針が挙がります。

  • 直接法CRを使うなら適切なアドヒーシブを。摩耗した歯質は象牙質とエナメル質が混在するので、選択的リン酸エッチングが適応になる。
  • 入手できる臨床研究と症例報告はごく少数だが、その限りでは現代のアドヒーシブとハイブリッド型CRは重度摩耗の管理で十分に機能しうる。マイクロフィラー型CRは失敗率が高かったと報告されている。
  • 咬合高径の挙上(VDO)が必要な場面でも、効果や受け入れを試すためのスプリントはめったに必要ない。ただし顎関節症があるなら勧められる。なお睡眠時ブラキシズムがある場合は、夜間の保護用咬合スプリントを長期管理に含めることが別途挙げられている(VDOを試すためのスプリントとは目的が違う)。
  • 限局性の摩耗にはDahlコンセプト——前歯口蓋側に修復物を置いて局所的にVDOを上げ、数か月かけて臼歯の挺出と前歯の圧下、歯槽骨のリモデリングで咬合を再確立する。
  • 全顎性には、シリコンストップで挙上量を決めるDSO法や、ワックスアップから作ったモールド/スタンプ法による直接法CRの一括再構成。間接法ならCR・セラミック・ポリマーセラミックのCAD-CAM。状態の良い既存の直接修復はそのまま残し、咬合面部分だけを間接修復で覆うという選択肢もある。

そして従来型の侵襲的な補綴が完全に否定されているわけでもありません。コンセンサスは「侵襲的な修復も、選択された症例と状況では選択肢として残る」とし、コンポジットが繰り返し失敗する症例や、疾患・加齢・過去の処置の影響が積み重なった高齢者では、従来法が良好な結果をもたらしうる——ただし主として最後の手段としてと書いています。

そして正直に付け加えられています。CRで再構成した歯列は、とくにブラキサーではチッピングや破折の補修という「介入を伴うメインテナンス」が必要になりうる。この可能性を、同意を得る過程で患者に伝えておくこと。

ここだけ、冷静に補助線

ここだけ、冷静に補助線。 これはランダム化比較試験でもメタ解析でもなく、専門家16名による合意形成の記録です。著者ら自身が「重度の咬耗の修復管理には、質の高いエビデンスの厚みが欠けている」と結論部で認め、推奨の前置きにも「高いレベルの科学的エビデンスが無いにもかかわらず」と書いています。だから本記事の数値も、合意の中で引用された既存研究の値であって、この論文が新たに測ったものではありません。さらに鋭い指摘が本文にあります——クラウンやインレーの臨床成績を調べた研究では、ブラキサーのような高リスク患者がそもそも除外されている。厳密に管理された研究で年間失敗率1〜2%と出ていても、それを重度の咬耗患者に当てはめてよいかは分からない、と。同じ理由で、間接法のセラミック・CR修復を重度摩耗に使った臨床研究はごくわずかしかありません。つまりこの合意は「正解の一覧」ではなく、エビデンスが薄い領域で、16人が現時点で合意できた判断の順番です。それでも、指数のスコアや患者の希望だけで全顎補綴へ走ることを止め、病因の診断・予防・記録を先に置いた——その骨格は、明日の診療室でそのまま使えます。

今日のひとこと

重度の咬耗で最初に決めるのは「どう治すか」ではなく「今、治すべきか」である。修復物は摩耗を止めない——起こる場所と速さと形を変えるだけだ。だから病因の診断と予防が先に来て、修復は可能なかぎり後ろへ回す。踏み切るときは、削って被せる引き算ではなく、接着で足す足し算で。この順番そのものが、16人の合意の中身である。

Loomans B, Opdam N, Attin T, et al. Severe Tooth Wear: European Consensus Statement on Management Guidelines. J Adhes Dent. 2017;19:111-119. doi:10.3290/j.jad.a38102 PMID: 28439579
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。