2017年 世界ワークショップ ワークグループ1 コンセンサスレポート(Chapple 2018・J Periodontol)
「歯肉の状態は良好です」——この一言を、何を根拠に言っていますか。2017年の世界ワークショップは、歯周の健康と歯肉炎の境目に BOP 10% という線を引きました。さらに、治療が終わって安定した歯周炎の患者では、健康と判定するポケットの上限が ≤4mm に緩められています。同じ「BOPあり」でも、患者の背景によって意味が変わる——その整理がこの合意の中身です。
①「歯肉の状態は良好です」——その根拠は何ですか
メインテナンスで来院した患者さんに、こう伝える場面があります。「歯肉の状態は良好ですね」。
そのとき、頭の中では何を見ているでしょうか。発赤の有無。腫れ。プロービングでの出血が「少し」あるかどうか。多くは印象の総合判断です。
そして次の質問に、はっきり答えられるでしょうか。「BOPが何%までなら健康ですか」。
2017年にAAPとEFPが合同で開いた世界ワークショップのワークグループ1は、この問いに数字で答えました。BOP 10%未満。それが歯周の健康の線です。
②「健康=病気が無い」では足りなかった
このコンセンサスレポートは、WHOの健康の定義から議論を始めています。健康とは単に病気や虚弱が無い状態ではない——だとすれば歯周の健康も、「歯肉炎も歯周炎も無い」だけでは定義として足りない。
ここで委員会が置いた土台が、「臨床的に検出できる炎症が無いこと」という定義でした。免疫による監視は生物学的には常に働いており、それは臨床的な歯肉の健康と両立する——つまりゼロの炎症を求めているのではない、という前提です。
③BOP 10%という線
合意された数字はシンプルです。
健康は BOP 10%未満、かつポケット深さ ≤3mm。
歯肉炎は BOP 10%以上、ポケット深さ ≤3mm。そして疫学調査の症例定義では、BOPが 10〜30% なら限局型、30%超なら広汎型の歯肉炎と区分されます(臨床では別に、軽度<10%・中等度10〜30%・重度>30%という重症度の伝え方が示されています)。
測り方も指定されています。規格化されたプローブで約0.25N(0.2〜0.25N)の軽い力、全歯の6点(近心頬側・頬側・遠心頬側・近心舌側・舌側・遠心舌側)を歯肉溝の底まで。この条件が揃ってはじめて、10%という数字が意味を持ちます。
ただし委員会は、この基準の限界も同じ文書に書いています。規格化されたプローブが普及していないこと、術者による圧やアングルのばらつき、フェノタイプや服薬や喫煙といった患者側の要因。だから日常の臨床では、健康な患者でも1〜2部位に炎症の所見が出ることがあり、孤立した部位の軽度で遅れて出る出血は「臨床的な健康」の範囲に収まりうるとされました。
また、軽度・中等度・重度の歯肉炎をはっきり分ける確かなエビデンスは無く、その区分は専門的意見の問題である——とも明記されています。
④いちばん実務に効くのは「土俵が3つある」こと
この合意でいちばん臨床を変えるのは、実は数字そのものではありません。同じ所見でも、患者の背景によって意味が変わると整理したことです。土俵は3つあります。
① 健全な歯周組織。アタッチメントロスも骨吸収も無い。BOP 10%未満・≤3mm で健康、10%以上で歯肉炎。
② 歯周炎の既往が無いのに支持が減っている患者。歯肉退縮のある人、歯冠長延長術を受けた人などです。アタッチメントロスはあるが歯周炎ではない。判定基準は①と同じで、健康は BOP 10%未満・≤3mm。
③ 治療が成功して安定した歯周炎の患者。ここだけが違います。健康と判定するポケットの上限が ≤4mm——ただし4mm以上でBOP陽性の部位が無いことが条件です。
なぜ緩めたのか。委員会は理由を書いています。治療後に全部位で ≤3mm を達成できることは稀で、3mmを超えていてもBOP陰性の部位まで「健康でない」と扱うと、監視と支持療法で足りる部位に侵襲的な治療が向かってしまう——これが多数意見でした。「≤3mm・BOP無し」にすべきという少数意見も、再発リスクの高さを理由に記録されています。
そして、この記事のいちばんの持ち帰りがここです。歯周炎の既往がある患者に歯肉の炎症が出ても、その人は「歯肉炎の患者」にはならない。歯周炎の患者のままである。疫学目的に限っては、ひとりの患者を歯周炎の症例と歯肉炎の症例に同時に数えることはしない、と明記されています。臨床では Table 1 が、この状態を「歯周炎の既往がある患者における歯肉炎(gingivitis in a patient with a history of periodontitis)」と呼び、判定基準は ≤3mm の浅い部位での出血としています。
⑤「安定」という状態が定義された
もうひとつ、日々の説明で使える概念が定義されました。歯周の安定(periodontal stability)です。
そして委員会は、そのすぐ後にこう続けています。治療を受けて安定し、現在は歯肉が健康な歯周炎の患者も、再発のリスクは高いままであり、したがって厳密に経過を追う必要がある。
「治った」ではなく「安定した」。この言葉の選び方に、合意の姿勢が出ています。
⑥明日の臨床へ
まず、BOP%を数える習慣です。6点法で測っているなら、出血部位の数を全測定部位で割るだけで出ます。28歯なら168部位で、その10%は16.8部位。健康は「10%未満」なので、出血16部位までが健康、17部位(10.1%)からは歯肉炎という具体的な目安が手に入ります。
次に、カルテに土俵を書く。この患者は①健全な歯周組織なのか、②歯周炎の既往が無いが支持が減っているのか、③治療後に安定した歯周炎患者なのか。ここが決まらないと、同じ「4mmのポケット」の意味が決まりません。③なら、BOP陰性の4mmは監視と支持療法の対象であって、侵襲的な治療へ進む対象ではない——そう判断できます(原著はこれを「なぜ閾値を ≤4mm にしたか」の理由として述べており、治療方針の勧告として書いているわけではありません)。
そして、説明の言葉を変える。歯周治療を終えた患者さんに「治りました」と言う代わりに、「安定しています。ただし再発のリスクは残るので、続けて見ていきます」と伝える。この合意は、そう言うための根拠を文章にしてくれました。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
歯周の健康は「単に病気が無い状態」では足りず、BOP 10%未満という測れる状態として定義された。そして治療が終わった歯周炎の患者は、歯肉に炎症が出ても歯肉炎の患者にはならない——歯周炎の患者のままである。だから見るべきは炎症の有無ではなく、その人がどの土俵に立っているかである。


