エンド|痛みの定位・打診・救急診査
「どの歯が痛みますか?」——救急対応の第一声です。患者さんは自信を持って1本を指す。その答えは、どこまで信用してよいのでしょうか。2010年、ミネソタ大学のMcCarthyらは、エンド救急に駆け込んだ患者75名で「指した歯」と「診査で確定した原因歯」を突き合わせました。分かれ目は、打診痛でした。
①「この歯です」——その指は、どこまで正確か
痛みの主訴で来院した患者さんが指す歯に、迷わず手を付けてよいか。エンドの診査で最初に立ちはだかる問いです。歯髄の痛みは、そもそも定位の甘い設計とされています——歯髄からの信号は延髄で他の入力と合流(収束)し、脳が発信元を厳密に読み取りにくいことが、動物実験で示されてきました。
実際、健常者の歯に電気や冷刺激を与えた過去の実験では、刺激された歯を正しく言い当てられたのは37〜64%程度。しかしこれらは「痛みのない人への人工刺激」の話。本物の痛みで駆け込んできた患者さんでは、どうなのか。それを初めて、歯髄診断・根尖部診断と突き合わせて調べたのがこの研究です。
②救急患者75名に、痛む歯を指してもらった
対象はミネソタ大学のエンド救急を受診した患者のうち、痛みの強さが10段階で3以上あった79名(解析は歯原性の75名)。見てすぐ分かる大きなう蝕や孤立歯は除外されています——つまり「指させるまでもない症例」を抜いた、診査が本当に必要な集団です。
患者さんに痛む歯を指してもらったあと、打診・触診・温度診・電気診・X線を含む標準的な診査で原因歯を確定し、両者を照合しました。75名の内訳は、打診痛のある患者55名、ない患者20名です。
③分かれ目は、打診痛だった
全体では73.3%(55/75)の患者が正しい歯を指せました。しかし内訳を見ると景色が変わります。打診痛のある患者は89.1%(49/55)が言い当てたのに対し、打診痛のない患者はわずか30%(6/20)。7割が外していたのです。
さらに面白いのは、痛みが強いほど、指す歯が外れるという結果です。正しく指せなかった患者の痛みスコア(VAS)は平均75.3で、指せた患者の62.5より有意に高い。両因子を組み合わせたモデルでは——
一方で、左右はどの患者も100%正解。上下の顎も92.3%が当たり、正中を越える関連痛は1例もありませんでした。±1歯まで許容すれば90.7%が範囲内です。痛みの「おおまかな住所」は合っている——番地だけが怪しいのです。
④仕組み——炎症が歯根膜に届くと、痛みに住所が書かれる
なぜ打診痛が分かれ目になるのか。歯髄は、位置を知らせる受容器に乏しいとされています。だから純粋な歯髄炎の痛みは「顔の奥のどこか」としか知覚されにくい。一方、歯根膜にはメカノレセプター(機械受容器)が豊富で、どの歯に力がかかったかを常時報告しています——だから私たちは薄い咬合紙1枚を噛み分けられるわけです。
⑤明日の臨床へ——訴えの「信頼度」を打診で見積もる
この研究の使い方はシンプルです。患者さんの訴えの信頼度を、打診痛の有無で見積もる。打診痛があれば、指す歯は9割方信じてよい。打診痛がないのに痛みが強い訴えは、要注意です——指している歯が原因である確率はむしろ低く、隣在歯・対顎、さらには非歯原性の可能性まで視野を広げて診査する場面です。
逆に信じてよい情報もあります。左右の訴えは、この研究では100%当たりました。正中を越える関連痛も起きていません。「右です」と言われたら、右の中から探せばよい。訴えを全部疑うのではなく、信じられる部分と怪しい部分を切り分ける——それがこのデータの価値です。
今日のひとこと
患者さんの指す歯は、打診痛があれば9割当たり、なければ3割しか当たらない。訴えを疑うのではなく、訴えの信頼度を打診で見積もる。「痛みが強いのに打診痛がない」ときこそ、指された歯から一歩引いて、診査の網を広げる。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


