未治療の歯周病を追いかけた、いまはもう作れない縦断研究
診断はついた。でも患者さんは治療を受けなかった——。その30人を平均3.7年追いかけたら、失われた歯には「初診時からの共通点」がありました。1979年の観察研究が、いまのリコール説明にそのまま使えます。
①「痛くないので、様子を見ます」と言われた日
歯周精密検査が終わって、資料も揃って、さあ初期治療という場面。患者さんが言います。「痛くないですし、今は忙しいので様子を見たいです」。
ここで私たちは「進行しますよ」と伝えます。でも、その先を聞かれると急に言葉が細くなる。何年で、どこが、どれだけ悪くなるのか。答えられそうで、意外と数字が出てこない。
なぜなら、その数字を取るための研究は、いまはもう作れないからです。歯周炎と診断した人を、治療せずに何年も放置して観察する——現代の倫理審査は通りません。
②だから1979年のこの論文が、いまも効く
Beckerらは、自院で歯周炎(中等度〜重度)と診断されながら、本人の意思で治療を受けなかった患者30人を集めて再検査しました。放置させたのではなく、すでに放置されていた人を後から呼び戻した。だから成立した研究です。
平均年齢44.6歳、男性16人・女性14人。観察期間は18〜115か月と幅があり、平均44.7か月=約3.7年。全顎6点のポケット(8,000点超)、動揺度、そして全顎デンタル18〜20枚を、最低2回。
③結果①:失われる歯は、下顎の大臼歯に集中していた
初診時に残っていた782歯のうち、この期間に83歯(10.6%)が失われました。うち1人が25歯を失って総義歯になったため、その方を除いた解析では58歯(7.7%)。1人あたり年0.61歯のペースです。さらに、初診時点で「保存不可能(hopeless)」と判断されていた22歯も除くと、年0.36歯まで下がります。
面白いのは、その歯がどこの歯だったかです。
小臼歯
前歯
下顎第二大臼歯(右)は34.6%——3本に1本以上が消えました。下顎第一大臼歯が24.0%と続きます。いっぽう前歯は3〜7%程度。同じ口の中で、同じ3.7年で、これだけ運命が分かれています。
④結果②:全員が悪化。しかも「磨けない面」から
ポケットの変化はもっと明快でした。観察を完了した29人全員で、平均ポケット深さが悪化。1人あたりの年間悪化量は0.24mm/年から2.46mm/年まで、10倍の個人差がありました。
そして、どの面が進むか。
中間
いちばん重い
ワーストは遠心舌側(0.263mm/年)と近心舌側(0.255mm/年)。ベストは頬側(0.187mm/年)で、その差は約1.4倍。プラークが溜まる隣接面と、器具も舌も届きにくい舌側が、いちばん速く沈んでいく。著者らはこの study でプラークインデックスこそ取っていませんが、全員に中等度〜重度の縁上・縁下歯石とプラークがあったと記しています。
⑤結果③:失う歯は、初診時にもう分かっていた
ここがこの論文のいちばんの持ち帰りだと思います。著者らは「失われた歯」と「残った歯」の初診時のデータを比べました。
失った歯
失われた歯の初診時ポケットは平均4.62mm、残った歯は3.74mm(P<0.01)。動揺度も同じで、失われた歯は1.46、残った歯は0.78(P<0.01・0〜3+のスケール)。
ただし注意深く読むと、著者らは「ポケットの悪化量と動揺の変化には相関がなかった」とも書いています。初診時に深くて揺れている歯は失われやすいが、動揺が増えていくことが進行のサインになるわけではない。動揺は結果の指標であって、進行のモニターには使いにくい、という読み方になります。
⑥意外だったのは「若い人ほど速い」
年齢とポケット悪化の間には、有意な逆相関(r = -0.50)がありました。つまり、年齢が上がるほど年間の悪化は小さく、若い患者ほど速く進んでいた。
著者らの解釈はシンプルです。高齢の患者では、進行の速い歯はすでに失われた後だから——残っているのは、もともと丈夫か、感受性の低い歯ばかり。生存者バイアスが、そのまま数字に出ているわけです。
なお糖尿病・高血圧はポケットにも喪失にも相関せず、喫煙は有意水準に届きませんでした(P=0.08)。30人という規模を考えれば、「関係ない」ではなく「この人数では出ない」と読むのが妥当でしょう。
⑦明日の臨床へ:「様子を見る」を数字で語る
この論文は、私たちに3つの言葉を与えてくれます。
ひとつめ。「進みます」ではなく「3.7年で、全員が」。29人中29人でポケットが悪化した、という事実は強い。個人差は10倍あるけれど、止まっていた人はゼロでした。
ふたつめ。「歯を失います」ではなく「下の奥歯から」。下顎第二大臼歯の3本に1本。前歯は残る。だから鏡で見える範囲が変わらないまま、奥から静かに減っていく。患者さんの「見た目は変わらないから大丈夫」という実感と、口の中で起きていることのズレは、ここで説明できます。
みっつめ。初診の資料を”予告”として使う。深い+揺れる+下顎大臼歯の3つが揃った歯は、この研究の中でいちばん失われた側にいます。トリアージの根拠として、そのまま使えます。
ちなみに著者らは、治療を受けた患者の報告(Oliver 1969:10.1年で1人あたり0.5歯未満、Hirschfeld & Wasserman 1978:良好メンテナンス群で15〜50年に0.7歯未満)と比べて、未治療群の喪失は「明らかに多い」と述べています。研究間の直接比較なので慎重に扱う必要はありますが、桁が違うのは確かです。
今日のひとこと
未治療の歯周病は「いつか進む」のではなく、平均3.7年で全員が進んでいた。そして失われる歯は、初診時にもう教えてくれている——深くて、揺れていて、たいてい下顎の大臼歯です。


