エンド・口腔顔面痛|抜髄の2年7カ月後まで続いた右下顎歯槽部の痛みを、下歯槽神経の損傷に起因する神経因性疼痛と診断し、桂枝加朮附湯とノイロトロピンを併用した1症例の報告。比較試験ではなく、1例の経過(千葉 2007・日本ペインクリニック学会誌)
抜髄したのに、歯ぐきの痛みが続く。この報告は、36歳女性の1症例です。2年7カ月前に他医で右下顎第一大臼歯の抜髄を受けたあと、右下顎歯槽部に持続的な自発痛が続き、頬側歯肉を綿棒で触れるとアロディニアが生じました。著者は、抜髄で損傷された下歯槽神経に起因する神経因性疼痛と診断し、漢方薬の桂枝加朮附湯とノイロトロピンを併用。痛みの程度(NRS・平均)は初診時5から2カ月後1、8カ月後0となり、軽度の違和感と歯肉の錯感覚は残ったものの、痛みは消失して終診となりました。著者の結論は、漢方医学的な診察で証が合った場合に(原著では表寒虚証)、この併用を治療の選択肢の一つとして考慮してもよい、というもの。比較のない1例の経過で、併用のためどちらの薬が関わったかは分けられず、効果を一般化できる報告ではありません。
①抜髄したのに、歯ぐきの痛みが続く?
抜髄をした。根管もきちんと追った。それなのに患者さんは「歯ぐきがピリピリして、歯磨きのたびに痛い」と言い続ける。再根管治療をしても変わらない、むしろ悪くなる。原因を歯に探し続けて、行き詰まる場面です。
この報告は、そうした痛みのひとつの見方を示した1症例です。36歳の女性が、2年7カ月前に他医で右下顎第一大臼歯の抜髄を受けたあと、右下顎歯槽部に新たな痛みが出て続いていました。著者(大学病院の口腔外科)は、これを抜髄で損傷された下歯槽神経に起因する神経因性疼痛と診断しています。
・抜髄のあとに続いた下顎歯槽部の痛みを、神経因性疼痛と診断した1症例の報告
・漢方薬の桂枝加朮附湯と、ノイロトロピンを併用し、約8カ月後に痛みは消失した(軽度の違和感と歯肉の錯感覚は残った)
・痛みの程度(NRS・平均)は、初診時5から、2カ月後1、8カ月後0へ
・著者の結論は、抜髄後の神経因性疼痛では、漢方医学的な診察で証が合った場合に(原著では表寒虚証)、この併用を治療の選択肢の一つとして考慮してもよい、というもの
・比較のない1例の経過で、「この薬が効く」と一般化できる報告ではない
②どんな患者さんで、どう診断されたか
原著によると、抜髄では歯髄の神経線維が根尖孔付近で切断されますが、それで神経因性疼痛が生じることはまれと考えられており、そのため発症しても適切な治療がなされないことも少なくない、と著者は書いています。
・36歳女性。主訴は右下顎臼歯部の痛み。全身状態は良好で、顔面に腫脹や知覚異常はなく、開口量は49mm
・痛みの部位は、右下顎第一小臼歯から第二大臼歯の歯槽部。腫脹や発赤はない
・頬側歯肉を綿棒で触れるとアロディニア(ふつうは痛くない刺激で痛む状態)が生じた
・痛みは持続的な自発痛で、歯磨きや歯科治療で増強
・痛みの程度はNRS(0=痛みがない、10=耐え難い痛み)で1〜9、平均5。性状は「ピリピリ、むずむず、腫れたよう」
・生活の障害度(0〜10)は、食事9、気分8、一般活動7と高かった
・パノラマX線写真では、右下顎第一大臼歯の遠心根の根尖周囲に透過像があり、下顎管と右下顎大臼歯の根尖が近接していた
著者の診断は2つです。①抜髄で損傷された下歯槽神経に起因する、右下顎歯槽部の神経因性疼痛、②右下顎第一大臼歯の慢性根尖性歯周炎。
なぜ歯や骨の病気ではなく神経の痛みと考えたのか。著者は考察で、抜髄した歯だけでなく第一小臼歯から第二大臼歯までの広い範囲に自発痛があったこと、骨髄炎などの顎骨疾患を示す症状や徴候がなかったこと、根尖性歯周炎は慢性の状態で痛みの直接の原因とは考えにくかったこと、そして頬側歯肉に機械的アロディニアがあったことを挙げています。
あわせて、漢方医学的な診察も行われています。全身の冷え、疲れやすさ、頚部から肩の凝りなどの所見から、著者は「表寒虚証で水滞と瘀血がある」と判断し、これが漢方薬を選ぶ根拠になりました。
③経過:一直線ではなかった8カ月
初診日から、桂枝加朮附湯 7.5g 分3(食前)とノイロトロピン 4錠 分2(朝夕食後)が処方されました。そこからの経過は、行きつ戻りつです。
・6日後:痛みは初診時の1〜3割に軽減し、痛みを感じない時間が多くなった。ただし軟便と胃の重苦しさが出たため、桂枝加朮附湯を五苓散 7.5g 分3(食後)に変更し、立効散 7.5g 分3(食前)を5分間口に含むよう指示
・その後:五苓散と立効散の効果は少なく、さらに他医で右下顎第一大臼歯の根管治療を再度受け、痛みは悪化
・15日後:五苓散を当帰芍薬散 7.5g 分3(食前)に変更し、ノイロトロピンを6錠 分2に増量。第一大臼歯は水酸化カルシウム製剤で根管充填。体が温かくなったが不快で、拍動痛が生じた
・25日後:桂枝加朮附湯 7.5g 分3とノイロトロピン 4錠 分2に戻すと、痛みは軽減し始めた。胃の内視鏡検査で明らかな異常はなかった
・2カ月後:NRSで0〜3に改善。桂枝加朮附湯を5g 分2に減量
・3カ月後:安静時痛は消失し、歯磨き後の痛みも10秒程度に。ノイロトロピンを2錠 分2に減量。しかし年末に過労から倦怠感が出て、痛みが増強
・4カ月後:桂枝加朮附湯 7.5g 分3、ノイロトロピン 4錠 分2に戻した
・5カ月後:NRSで0〜2に軽減。歯磨き以外の日常生活動作に支障はなくなり、桂枝加朮附湯を5g 分2に減量
・8カ月後:軽度の違和感(第二小臼歯と第一大臼歯の歯槽部)と、第二小臼歯歯肉の錯感覚は残ったが、痛みは消失したので終診
表1では、痛みの程度(平均)は初診時5 → 2カ月後1 → 7カ月後1 → 8カ月後0。生活の障害度は、初診時に9だった食事が2カ月後に1、8だった気分が1となり、8カ月後にはすべての項目が0でした。
用量と期間は、この1例で著者が行った経過の記録です。処方の目安として示されたものではありません。
④著者はこの経過をどう読んだか
・オトガイ神経領域に痛みや知覚異常はなかったので、損傷されたのは下歯槽神経の本幹ではなく末梢(臼歯枝、あるいは歯髄神経)と考えた。どちらがより重要な役割を果たしていたかは、この症例では明らかでない
・下顎管と大臼歯の根尖が近接していたことから、根管内の治療器具が根尖付近の臼歯枝を損傷した可能性があると考えた
・神経損傷を契機に発症する神経因性疼痛には、いまだ確実な治療法がない。三環系抗うつ薬が最も有効とする提案があるが、抗コリン作用による副作用で内服に同意しない、あるいは中断する患者も多い
・漢方薬やノイロトロピンが神経因性疼痛に有効であったとする報告はあるが、二重盲検法による報告ではない
・この症例では、桂枝加朮附湯を内服すると痛みが軽減し、中止すると増強した経過から、有効であったことが示唆された。ただし、発症機序のどこに作用したのかは明らかでない
・五苓散と当帰芍薬散に効果がなかったのは、この患者さんの「証」と合っていなかったためと考えた
・ノイロトロピンは、保険適応である帯状疱疹後神経痛のほか、CRPS type I などへの有効性の報告もある、と著者は書いている
⑤明日の臨床へ
・下歯槽神経の損傷により発症した神経因性疼痛を治療する際、漢方医学的に表寒虚証であった場合には、桂枝加朮附湯の投与、さらにはノイロトロピンの併用を、選択肢の一つとして考慮してもよいと考えられた
・一般の歯科医院が、この処方をまねる話ではありません。この症例は大学病院の口腔外科で、漢方医学的な診察をしたうえで治療されています
・持ち帰りたいのは、診断の目のほうです。抜髄した歯より広い範囲の自発痛、腫脹や発赤がないこと、綿棒で触れるだけで痛むこと。こうした所見がそろうとき、歯の外に原因があるかもしれない、と一度立ち止まる材料になります
・この症例では、再度の根管治療のあとに痛みが悪化しました。因果は分かりませんが、歯への処置を重ねる前に、口腔顔面痛を診る口腔外科やペインクリニックへの紹介を考える場面がある、ということは読み取れます
・手間もコストも小さい一歩は、綿棒で歯肉に触れてみること、痛みの範囲と性状を患者さんの言葉で聞き取ることです
2つの薬は初診日から併用されているため、どちらが痛みの軽減に関わったのかは分けられません。発症から2年7カ月たった痛みですが、時間の経過による変化(自然経過)や、診断がついて説明を受けたことの影響も、この報告からは切り離せません。
著者は「内服すると軽減し、中止すると増強した」ことを有効性の示唆としていますが、桂枝加朮附湯を中止していた時期には、他医での再度の根管治療や、別の漢方薬への変更が重なっています。3カ月後からの痛みの増強も、減量と年末の過労が同じ時期でした。
診断は症状と診査所見によるもので、神経の損傷そのものを直接確かめたわけではありません(著者も「可能性がある」と書いています)。追跡は終診までの約8カ月で、その後の再発の有無は書かれていません。軟便と胃の重苦しさが出て薬を変更した経過もあります。
資金や利益相反についての記載は、原著には見当たりませんでした。
それでも、抜髄のあとに続く痛みを「歯の問題」と決めつけず、神経の痛みとして診た道筋が、所見と数字つきで残されている点は貴重です。痛みの原因を歯の外にも探す、という視点を思い出させてくれる1本です。
今日のひとこと
この報告が示したのは、抜髄のあとに続いた下顎歯槽部の痛みを神経因性疼痛と診断し、桂枝加朮附湯とノイロトロピンを併用した1例で、約8カ月後に痛みが消失したという経過です。著者は、漢方医学的な診察で証が合った場合に(原著では表寒虚証)、この併用を治療の選択肢の一つとして考慮してもよいと述べています。歯科が持ち帰れるのは処方ではなく、抜髄した歯より広い範囲の自発痛や、綿棒で触れるだけの痛みがあるとき、歯の外に原因があるかもしれないと立ち止まるという診断の目です(ここは筆者の読みです)。比較のない1例で、併用のためどちらの薬が関わったかは分からず、自然経過の影響も切り離せません。


