スウェーデン・イェンショーピングの40年反復横断研究(1973–2013)
「昔より歯周病は減っている」——たしかに、そのとおりでした。ただ、40年ぶん同じ物差しで測り続けたスウェーデンのデータを開くと、その裏側でもうひとつの変化が進んでいます。増えた歯を担っていたのは、いちばん重い人たちでした。
①「昔より歯周病、減ってますよね」——それ、半分だけ正解かもしれません
ベテランの先生ほど、こう感じているはずです。「昔に比べて、総義歯も、抜くしかない歯周炎も減った」。実際、そのとおりでした。
では、その”良くなった集団”の中身はどうなっているでしょう。全員が均等に良くなったのか。それとも——良くなった人と、良くならないまま歯だけ増えた人に分かれたのか。今日の論文は、40年ぶん同じ物差しで測り続けたからこそ、その内訳まで見せてくれます。
②これまで:「重度歯周炎は約1割」で止まっていた話
重度の歯周炎はおおむね人口の1割前後——これは多くの集団で共有されてきた相場観です。ただ、疫学研究には厄介な事情がありました。診断基準が研究ごとにバラバラで、比べようがないのです。ある研究は4mm以上のポケットで数え、別の研究はアタッチメントロスで数える。数字が動いても、それが病気の変化なのか物差しの変化なのか判別できません。
さらに昔は、もうひとつの落とし穴がありました。高齢者はすでに歯を失っているため、重度の歯周破壊が「無歯顎」という形で数字から消えてしまう。病気が軽く見えるのは、病んだ歯がもう口の中に無いから、という可能性です。
③今回の一手:40年、同じ町で、同じ測り方で、10年ごとに測り直す
スウェーデン・イェンショーピング市。この町では1973年から10年ごとに、同じ4つの教区から無作為に住民を選んで、同じプロトコルで口腔内を調べるという定点観測が続けられてきました。1973・1983・1993・2003・2013年の5回。毎回およそ600名前後です。
強みは2つあります。ひとつは、同じ物差しで時代を貫いていること。もうひとつは、1983年以降第三大臼歯を除く全歯・4点測定のフルマウス記録である点。部分記録(partial recording)だと歯周炎を過小評価する危険が知られていますが、この研究はそこを避けています。
歯周炎の重症度は、臨床とエックス線から3つに束ねられました。no/minor(骨吸収なし〜ごくわずか)/moderate(骨吸収が歯根長の1/3未満)/severe(1/3以上)です。
④結果①:健康な人は確かに増えた。ただし重度群は動かない
歯周炎経験なし/軽度の人は、1983年の43%から2013年の60%へ。中等度は41%から29%へ減りました。集団の歯周の健康は、たしかに改善しています。
ところが重度群だけは、1983年と2013年で差がありませんでした。論文は「減少傾向はあったが有意ではない(non-significant trend)」と書いています。ここは薄めずに読みたいところです。減ったとまでは言えていないのです。
もうひとつ。改善のほとんどは1983年から1993年の10年間に起きていました。その後の20年は、ほぼ横ばい。伸びしろを使い切ったあとの平地、という景色です。
⑤結果②:増えた歯は、いちばん重い人たちが担っていた
40年で、残っている歯は明確に増えました。70歳で13.3本から22.5本へ。60歳は18.2本から25.0本へ。80歳も1983年の13.7本から2013年には21.1本になっています。2013年時点で、20〜60歳はほぼ完全歯列でした。無歯顎の人も、1983年には1割を超えていたのが、2003年・2013年には約1%まで減っています。
そしてここが、この論文のいちばん重要な一行です。2003年から2013年にかけての歯数の増加は、重度歯周炎群がまるごと担っていました。no/minor群とmoderate群の歯数は、この10年で変わっていません。増えたのは、重度の人の口の中の歯だったのです。しかも増えていたのは主に大臼歯でした。
⑥なぜ、こうなったのか
著者らの見立てはシンプルです。この50年の予防歯科と、歯科医療費の公的補助。費用の壁が下がれば、「抜く」より「残して治す」を選びやすくなります。技術と制度が、重い歯周炎の歯を口の中に留めた——そう読めます。
そしてこれは、悪い話ではありません。無歯顎者の減少と合わせれば、重度群の歯周状態そのものが底上げされたことを示唆する、と著者は書いています。ただし同時に、外来の風景が変わることを意味します。
⑦明日の臨床へ:守る対象が増えた、ということ
この研究が突きつけるのは、「歯周病が減ったから安心」ではなく、「歯周病に弱い人が、たくさんの歯を抱えたまま高齢になる」という新しい状況です。論文自身も、こうした高齢者に向けた新しい治療戦略とケア体制が必要だと明言しています。
もうひとつ、静かな警告があります。20歳群だけ、4mm以上のポケットを持つ人の割合が2003年の20%から2013年には45%へ有意に増えていました(結果の表では30歳群でも同様の増加が示されています)。著者はこれを歯肉炎の増加によるものと説明し、「これが新しい悪い流れの始まりかどうかは、今後の追跡が必要」と留保しています。一方で明るい材料もあり、2013年には6mm以上のポケットを1本も持たない人が6割を超えていました。
今日のひとこと
40年で集団の歯周の健康は確かに良くなった(歯周炎経験なし/軽度が43%→60%)。だが重度群の割合はほぼ動かず、2003年から2013年にかけて増えた歯は、その重度群がすべて担っていた。つまりこれから外来に増えるのは「歯周病に弱いのに、歯をたくさん持ったまま歳を重ねた人」。守るべき歯が増えるほど、メインテナンスの設計が効いてくる。


