1問1答 論文 歯周病

噛む力は、歯周病を悪くするのか

1問1答 論文 歯周病

ペリオ|歯周病の診断・予後評価

「噛み合わせが強いから、歯周病が進む」。よく聞く説明です。動揺している歯を見ると、つい咬合を疑いたくなります。では、咬合性外傷は本当に歯周炎を悪くするのか。2017年の世界ワークショップが、100年越しの論争にひとつの線を引きました。

論文
Occlusal trauma and excessive occlusal forces: Narrative review, case definitions, and diagnostic considerations
著者
Fan J, Caton JG
掲載
Journal of Periodontology 2018;89(Suppl 1):S214-S222.
種類
ナラティブレビュー(2017 World Workshop)
PMID
29926937

「噛み合わせが強いから、歯周病が進む」——本当ですか

動揺している歯を見ると、私たちはつい咬合を疑います。「ここ、強く当たっていますね」。咬合紙をカチカチ、少し削る。患者さんにも「噛み合わせが悪いと歯ぐきにも負担がかかりますよ」と説明する。

間違いとは言えません。でも、ひとつ立ち止まって考えたいことがあります。その動揺や骨吸収は、噛む力が「原因」なのか。それとも、もともとある歯周炎の「結果」なのか。この2つは、明日の処置の順番を変えます。

咬合性外傷(occlusal trauma)と歯周炎の関係は、歯周病学で100年以上も議論されてきたテーマです。動物実験でも人でも、結論が割れてきました。2017年の世界ワークショップは、この論争を一度整理するために Fan と Caton にナラティブレビューを依頼しました。今日はその「線の引き方」を読みます。

先に結論: 咬合性外傷は、それ単独では歯周炎を起こさない。ただしプラーク性歯周炎がすでにある歯では、付着喪失を加速し得る(エビデンスは弱い)。アブフラクションが歯肉退縮の原因だという根拠はない

なぜ、ずっと決着がつかなかったのか

この論争がこじれた理由は、大きく2つあります。

ひとつは診断の難しさです。咬合性外傷は、正確には組織学的にしか確認できない所見です。歯根膜腔の拡大、血管の変化、骨の吸収と添加——これらは切片を見なければわかりません。生きている患者さんでそれを直接見ることはできないので、私たちは動揺度やエックス線の歯根膜腔の拡大といった「代替指標」で推し量るしかない。だから純粋な臨床試験が組みにくいのです。

もうひとつは有名な動物実験どうしの食い違いです。歯を揺さぶり続ける実験で、ある研究(サル)では「プラーク性の炎症があるところに揺さぶりを加えると付着喪失が進む」と出た。別の研究(イヌ)では「炎症をきちんと管理していれば、揺さぶっても付着は失われない」と出た。同じ問いに、逆の答え。ここから「炎症があるかないか」で結果が変わるという見方が生まれます。

Fan と Caton は、こうした過去の知見を、用語の定義(外傷性咬合・一次性/二次性咬合性外傷・過大な咬合力)から整理し直しました。

この総説が引いた3本の線

散らばった知見を、著者らはシンプルな結論に畳みました。図にするとこうなります。

咬合性外傷 過大な咬合力

炎症のない歯周組織では プラーク性歯周炎がない歯

歯周炎は起こさない 付着喪失を「開始」しない

プラーク性歯周炎があると すでに炎症がある歯

弱いエビデンス 付着喪失を加速し得る 進行の「速度」を上げる

アブフラクション 歯頸部のくさび状欠損 歯肉退縮の原因という 根拠はない

赤い×=因果は否定/ティールの点線=弱い関連(速度を上げ得る)

図:咬合性外傷と歯周炎の関係。「起こす」のか「速める」のかを分けて読むのが要点。炎症のない歯には歯周炎を起こさず、炎症のある歯では進行を速め得る(弱いエビデンス)。アブフラクション=退縮の原因という説には根拠がない。

言い換えると、咬合性外傷は歯周炎の「引き金」ではないが、すでに燃えている炎の「風」にはなり得る(それも、そよ風程度の確からしさ)ということです。

「開始」と「加速」を分けて読む

この総説がいちばん丁寧に区別しているのが、付着喪失を「始めるか」と「速めるか」です。ここを混ぜると臨床判断を誤ります。

始めるか(開始):しない。 炎症のコントロールされた歯を、いくら強く噛ませても、それだけで歯周ポケットが深くなったり結合組織付着が失われたりはしない——というのが、複数の知見をまとめた結論です。歯周炎の原因はあくまでプラーク(バイオフィルム)であり、咬合力ではない。この主役は動きません。

速めるか(進行):し得る。ただし弱い証拠。 すでにプラーク性歯周炎がある歯に過大な力が加わると、付着喪失の速度が上がる可能性がある。ただし著者らは、この関連を支えるエビデンスを「弱い(weak)」とはっきり書いています。ヒトでの質の高い介入研究が乏しく、動物実験も結果が割れているからです。「悪化させることもある」と「必ず悪化させる」は違う。ここを誠実に扱うのがこの論文の姿勢です。

そしてアブフラクション。歯頸部のくさび状欠損を「噛む力で歯がたわんでエナメル質が欠ける」現象と説明し、さらに「だから歯肉退縮も起きる」とつなげる話をよく聞きます。しかし著者らは、アブフラクションが歯肉退縮の原因であるという臨床的根拠はないと整理しています。退縮の要因は別に考えるべきです。

明日の臨床へ——咬合調整は「主役」ではなく「助演」

ここまでを、日々の処置に落とすとこうなります。

1. まず炎症を消す。順番を間違えない。 動揺している歯を見て、いきなり咬合調整から入りたくなります。でもこの論文の含意はシンプルで、付着喪失を止める主役はプラークコントロールと歯周基本治療だということ。咬合を削っても、炎症が残っていれば付着は守れません。炎症のコントロールが先、咬合の評価は後

2. 咬合治療は「動揺を減らし、快適に噛める」ための適応。 では咬合調整や固定は無意味かというと、そうではありません。著者らは、咬合治療は歯周治療の一部として、動揺の軽減・患者さんの快適性・咀嚼機能の回復のために適応になるとしています。「歯周病を治すため」ではなく「揺れを抑えて機能と快適さを取り戻すため」——目的を言い換えるだけで、処置の位置づけがはっきりします。動揺の軽減は歯周治療の効果を底上げし得る、とも述べられています。

3. くさび状欠損を見ても、退縮を「噛み合わせのせい」にしない。 歯頸部の欠損や退縮を見て、反射的に「食いしばりですね」と原因を断定しない。アブフラクション=退縮という因果は根拠が薄い。ブラッシング圧・歯周炎の既往・解剖学的要因など、他の要因を並べて考えるほうが誠実です。

今日から使える一言: 動揺歯を前にしたら「まず炎症、次に咬合」。咬合調整は歯周病を治す処置ではなく、動揺と快適性のための処置と位置づける。

ここだけ、冷静に補助線

この論文はナラティブレビューであって、システマティックレビューやメタアナリシスではありません。文献を網羅的・定量的に評価したのではなく、専門家が知見を整理して定義と方向性を示したものです。だから「加速し得る」という結論の証拠が弱いことは、著者ら自身が繰り返し認めています。そもそも咬合性外傷は組織学的にしか確定できず、生きた患者では代替指標に頼るため、この分野は質の高い臨床試験そのものが組みにくい——という構造的な限界があります。ではこの論文の価値は何か。ぼくは「噛む力を過大にも過小にも評価しない」ための物差しだと思っています。咬合は歯周炎の主役ではない。でも動揺した歯の機能と快適さには確かに効く。この「引き算」と「足し算」を混ぜないこと。それが、この総説が2017年の世界ワークショップに残した実務的な遺産だと感じます。

今日のひとこと

咬合性外傷や過大な咬合力は、それ単独では歯周炎(結合組織付着の喪失)を起こしません。ただしプラーク性歯周炎が既にある歯では、付着喪失の速度を上げるという弱いエビデンスがあります。動揺の軽減を目的とした咬合治療は歯周治療の一部として意味を持ちますが、アブフラクションが歯肉退縮の原因だとする根拠はありません。

出典:Fan J, Caton JG. Occlusal trauma and excessive occlusal forces: Narrative review, case definitions, and diagnostic considerations. J Periodontol 2018;89(Suppl 1):S214-S222. PMID: 29926937(doi: 10.1002/JPER.16-0581)
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。