ペリオ|歯周病の診断・予後評価
「噛み合わせが強いから、歯周病が進む」。よく聞く説明です。動揺している歯を見ると、つい咬合を疑いたくなります。では、咬合性外傷は本当に歯周炎を悪くするのか。2017年の世界ワークショップが、100年越しの論争にひとつの線を引きました。
①「噛み合わせが強いから、歯周病が進む」——本当ですか
動揺している歯を見ると、私たちはつい咬合を疑います。「ここ、強く当たっていますね」。咬合紙をカチカチ、少し削る。患者さんにも「噛み合わせが悪いと歯ぐきにも負担がかかりますよ」と説明する。
間違いとは言えません。でも、ひとつ立ち止まって考えたいことがあります。その動揺や骨吸収は、噛む力が「原因」なのか。それとも、もともとある歯周炎の「結果」なのか。この2つは、明日の処置の順番を変えます。
咬合性外傷(occlusal trauma)と歯周炎の関係は、歯周病学で100年以上も議論されてきたテーマです。動物実験でも人でも、結論が割れてきました。2017年の世界ワークショップは、この論争を一度整理するために Fan と Caton にナラティブレビューを依頼しました。今日はその「線の引き方」を読みます。
②なぜ、ずっと決着がつかなかったのか
この論争がこじれた理由は、大きく2つあります。
ひとつは診断の難しさです。咬合性外傷は、正確には組織学的にしか確認できない所見です。歯根膜腔の拡大、血管の変化、骨の吸収と添加——これらは切片を見なければわかりません。生きている患者さんでそれを直接見ることはできないので、私たちは動揺度やエックス線の歯根膜腔の拡大といった「代替指標」で推し量るしかない。だから純粋な臨床試験が組みにくいのです。
もうひとつは有名な動物実験どうしの食い違いです。歯を揺さぶり続ける実験で、ある研究(サル)では「プラーク性の炎症があるところに揺さぶりを加えると付着喪失が進む」と出た。別の研究(イヌ)では「炎症をきちんと管理していれば、揺さぶっても付着は失われない」と出た。同じ問いに、逆の答え。ここから「炎症があるかないか」で結果が変わるという見方が生まれます。
Fan と Caton は、こうした過去の知見を、用語の定義(外傷性咬合・一次性/二次性咬合性外傷・過大な咬合力)から整理し直しました。
③この総説が引いた3本の線
散らばった知見を、著者らはシンプルな結論に畳みました。図にするとこうなります。
言い換えると、咬合性外傷は歯周炎の「引き金」ではないが、すでに燃えている炎の「風」にはなり得る(それも、そよ風程度の確からしさ)ということです。
④「開始」と「加速」を分けて読む
この総説がいちばん丁寧に区別しているのが、付着喪失を「始めるか」と「速めるか」です。ここを混ぜると臨床判断を誤ります。
始めるか(開始):しない。 炎症のコントロールされた歯を、いくら強く噛ませても、それだけで歯周ポケットが深くなったり結合組織付着が失われたりはしない——というのが、複数の知見をまとめた結論です。歯周炎の原因はあくまでプラーク(バイオフィルム)であり、咬合力ではない。この主役は動きません。
速めるか(進行):し得る。ただし弱い証拠。 すでにプラーク性歯周炎がある歯に過大な力が加わると、付着喪失の速度が上がる可能性がある。ただし著者らは、この関連を支えるエビデンスを「弱い(weak)」とはっきり書いています。ヒトでの質の高い介入研究が乏しく、動物実験も結果が割れているからです。「悪化させることもある」と「必ず悪化させる」は違う。ここを誠実に扱うのがこの論文の姿勢です。
そしてアブフラクション。歯頸部のくさび状欠損を「噛む力で歯がたわんでエナメル質が欠ける」現象と説明し、さらに「だから歯肉退縮も起きる」とつなげる話をよく聞きます。しかし著者らは、アブフラクションが歯肉退縮の原因であるという臨床的根拠はないと整理しています。退縮の要因は別に考えるべきです。
⑤明日の臨床へ——咬合調整は「主役」ではなく「助演」
ここまでを、日々の処置に落とすとこうなります。
1. まず炎症を消す。順番を間違えない。 動揺している歯を見て、いきなり咬合調整から入りたくなります。でもこの論文の含意はシンプルで、付着喪失を止める主役はプラークコントロールと歯周基本治療だということ。咬合を削っても、炎症が残っていれば付着は守れません。炎症のコントロールが先、咬合の評価は後。
2. 咬合治療は「動揺を減らし、快適に噛める」ための適応。 では咬合調整や固定は無意味かというと、そうではありません。著者らは、咬合治療は歯周治療の一部として、動揺の軽減・患者さんの快適性・咀嚼機能の回復のために適応になるとしています。「歯周病を治すため」ではなく「揺れを抑えて機能と快適さを取り戻すため」——目的を言い換えるだけで、処置の位置づけがはっきりします。動揺の軽減は歯周治療の効果を底上げし得る、とも述べられています。
3. くさび状欠損を見ても、退縮を「噛み合わせのせい」にしない。 歯頸部の欠損や退縮を見て、反射的に「食いしばりですね」と原因を断定しない。アブフラクション=退縮という因果は根拠が薄い。ブラッシング圧・歯周炎の既往・解剖学的要因など、他の要因を並べて考えるほうが誠実です。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
咬合性外傷や過大な咬合力は、それ単独では歯周炎(結合組織付着の喪失)を起こしません。ただしプラーク性歯周炎が既にある歯では、付着喪失の速度を上げるという弱いエビデンスがあります。動揺の軽減を目的とした咬合治療は歯周治療の一部として意味を持ちますが、アブフラクションが歯肉退縮の原因だとする根拠はありません。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


