電車が止まった朝に。「行けません」の前に、次の一手を考える
電車が止まった朝に考えた、「どう解決するか」の話。次の手を探す力と、相手に寄り添う気持ちの両方を持っていたい。
おはようございます。今日は朝礼で話したことを残しておきます。今朝は通勤の電車が止まってしまい、そこから「問題が起きたときにどう動くか」を考えた、という話です。

電車が止まった朝のこと
今朝は、設備のトラブルで通勤の電車がしばらく止まっていました。再開したあとも、ホームは大変な混雑だったそうです。
そんな中で、うちのスタッフは「別の路線で行きます」とすぐに切り替えたり、バスに乗ろうと動いていたりしました。それを聞いて、すごいな、ありがたいなと思いました。

「どう解決するか」のレベルは上がっていく
社会人になりたての頃によくあるのが、「電車が止まりました。もう行けません。今日は休みます」というパターンです。学校と同じ感覚で、「行かなくてもいいか」となってしまう。最初のうちは、それも仕方がないと思います。
では自分だったらどうするか。たぶん、すぐにタクシーに乗ります。つかまらなければ、いつもお願いしている運転手さんに電話をしてみる。そうやって、いろいろな方法を考えます。
諦めて終わるのではなく、自分の責任として、どう解決するかを考える。そのレベルは、経験とともにどんどん上がっていくものだと思います。

「できません」より、提案がうれしい
何か問題が起きたときに、「できません」で止まってしまうのは、やはりもったいないと感じます。
「こんな選択肢があります。最悪タクシーになるのですが、タクシー代は出ますか」。こう聞いてもらえたら、こちらは「もちろん出すよ」と即答できます。
反対に、何の提案もなく「今日は行けないので」とだけ言われると、お互いの間にすっと壁ができてしまう気がします。提案をしてくれる人と、長く一緒に働いていきたい。それが正直な気持ちです。

解決するだけでは、足りないときもある
これはプライベートでも同じです。新幹線が遅れているとなったら、すぐに飛行機を取ってしまう。そんなふうに、ぱっと次の手を出せる人でありたいと思っています。
ただ、解決することばかり考えていると、弱点もあります。私のように解決に寄りすぎると、「遅れて大変だったね」という寄り添いがなくなって、「解決すればいいじゃない」になってしまうのです。


