1問1答 論文 虫歯

フッ化物塗布のあと、本当に30分待たせる必要があるのか——口の中でアパタイトを8時間浸けて測った

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|フッ化物歯面塗布・洗口飲食禁止時間・in situモデル

「塗布のあと30分は、うがいも飲食もしないでくださいね」。小さな子に30分我慢させるのは、なかなか大変です。この30分という数字は、昭和41年に定められた実施要領に由来します。1997年、朝日大学の廣瀬晃子らは、口蓋に装着したプレートにアパタイトのペレットを固定し、洗口を始める時間だけを変えて、実際に残るフッ素を測りました。

論文
フッ化物歯面塗布に関する研究——塗布要領の再検討 第III報 in situ
著者
廣瀬晃子、可児徳子、新谷裕久、大橋たみえ、石津恵津子、福井正人、可児瑞夫
掲載
口腔衛生学会雑誌 1997;47:274-280(朝日大学歯学部社会口腔保健学講座)
種類
ヒト in situ 実験(成人7名・口蓋装置にアパタイトペレットを固定・6条件)
PMID
なし(日本語誌のためPubMed未収載)

その「30分」は、どこから来たのか

フッ化物歯面塗布のあと、「30分はうがいも飲食もしないでください」。小さな子に30分我慢させるのは、実際にはなかなか大変です。

この数字の出どころは、昭和41年(1966年)に制定された「弗化物歯面局所塗布実施要領」です。そこには「塗布直後約30分間は、洗口させないで、つばをはかせる程度にとどめる」と書かれています(要領が定めているのは洗口についてで、本研究はこれを「洗口・飲食禁止時間」として再検討しています)。

著者らは「対象である幼児や児童の負担を軽減するため」という目的をはっきり掲げ、これに先立ってヒトエナメル質粉末やヒト健全エナメル質を使った in vitro の一連の研究で、短縮の可能性を示してきました。本報はその第III報——より臨床に近い in situ(実際の口の中)で確かめる段階です。

先に結論: 塗布直後にうがいをしても、30分待った場合の約80%のフッ素がペレットに残っていた。しかもその割合は、表層5μmから深さ55μmまでほぼ一様。酸への抵抗性も全群で対照より高くなっていた。

口蓋にプレートを付けて、8時間過ごしてもらう

  • 被験者成人7名(男性5名・平均30.2歳/女性2名・平均32.5歳)
  • 装置:各被験者の口蓋部に光重合レジンのプレートを作製し、そこにアパタイトペレット(5×5×2mm、4分割)をワックスで固定
  • 塗布APF溶液(フッ素濃度9,000ppm・pH3.6)を綿球で4分間ペレットに塗布
  • 装着:直ちにプレートを口腔内に入れ、8時間装着
  • 6条件0分/10分/20分/30分/40分後に激しく洗口して8時間後まで装着、そして8時間何も飲食せず装着(うがいなし)
  • 洗口の方法精製水20mLで30秒間。洗口後は飲み物は自由、食事の時はプレートを外す。ブラッシングもプレートを外し、フッ素無配合の歯磨剤で行う
  • 比較対照APF群(4分塗布した直後のペレット)と対照群(精製水を4分作用させたもの)
  • 測定:ペレットを過塩素酸で段階的に溶かし、深さ5・15・25・40・55μmの5層それぞれのフッ素量をイオン電極法で測定

アパタイトペレットは歯そのものではありませんが、実際に口の中に8時間置いて、唾液にさらし、飲み物も飲んでもらう——in vitro とは条件がまるで違います。

8時間後、どれだけ残っていたか

0 9000 18000 27000 ペレット表層(深さ5μm)のフッ素量(ppm) 24771 9219 9958 12988 11360 11794 12340 1719 APF塗布直後 0分でうがい 10分後 20分後 30分後 40分後 うがいせず8時間 対照(精製水) n=7。APF塗布直後群と対照群(精製水4分作用)は口腔内に装着していない。中央の6群のみ8時間装着後の値。標準偏差は 4,657/1,946/1,465/2,663/3,459/1,926/2,481/439
ペレット表層(深さ5μm)のフッ素量。左端が塗布直後、右端が精製水の対照。中央がうがいを始めた時間ごとの8時間後の値

まず全体の傾向です。論文は「8時間後にはすべての群でAPF塗布直後(24,771ppm)の半量に減っていた」とまとめていますが、実測値を見ると0分群は37%、10分群は40%と、半量よりさらに落ちています。唾液に洗われて減る分は、避けられません。

そのうえで、群ごとに見ます(表層5μm・単位ppm)。

  • 0分でうがい:9,219±1,946
  • 10分後:9,958±1,465
  • 20分後:12,988±2,663
  • 30分後:11,360±3,459
  • 40分後:11,794±1,926
  • うがいせず8時間:12,340±2,481
  • (参考)APF塗布直後:24,771±4,657対照:1,719±439

洗口開始が早い0分群と10分群は、確かに少ない。ただし表層で0分群に統計的な有意差がついたのは20分群と8時間群との間だけで、30分群・40分群との間には差がありませんでした。そして20分以降は横並びで、40分待っても、8時間まったくうがいしなくても、30分群と大きくは変わりません

「30分の80%」——しかも深さによらず一定

0 33.3% 66.7% 100% 30分後にうがいした群を100としたときの割合(%) 81% 82% 82% 82% 83% 表層 5μm 15μm 25μm 40μm 55μm 実測値(ppm)は 0分群 9,219/2,748/1,574/945/670 に対し、30分群 11,360/3,369/1,920/1,146/808(表1の値から計算)。深さによらず、ほぼ一定の割合でフッ素が残っていた
30分後にうがいした群を100としたときの、0分でうがいした群の割合。深さごとに示している

この論文のいちばん面白いところです。一般にいわれる30分群を基準に、0分群を比べると——(論文本文は「80%」「80%以上」とだけ書いており、以下の層ごとの割合は表1の値から計算したものです)

  • 表層5μm:81%(9,219 対 11,360)
  • 15μm:82%(2,748 対 3,369)
  • 25μm:82%(1,574 対 1,920)
  • 40μm:82%(945 対 1,146)
  • 55μm:83%(670 対 808)

表層から内層に向かって、一様に約80%。もし「すぐうがいすると表面のフッ素だけが流される」のなら、表層で大きく差がついて、深くなるほど差が縮まるはずです。そうならなかった——つまりすぐのうがいで失われるのは、深さによらず一律の2割程度だということになります。

酸抵抗性試験(pH4.0の酢酸緩衝液で180分間の脱灰)でも確認されました。

  • すべての群で、対照群に比べて耐酸性の獲得が認められた
  • 脱灰時間が長くなると、洗口開始が早い群(0分・10分)は、それ以上の群よりカルシウム溶出が有意に多かった
  • しかしそれらの群と、APF作用直後群との間に差はなかった

明日の臨床へ

  • 「30分」を絶対視しない材料になる。著者らの結論は控えめですが明確です——「30分間の洗口・飲食禁止時間短縮の可能性が示唆された」
  • ただし「0分でよい」とは書かれていない。0分群と10分群は他群より少なかったのも事実です。「20分でも30分と変わらなかった」あたりが、この研究から言える線だと思います
  • 泣いてしまう子、我慢が難しい子に、無理をさせない根拠として。30分守れずに終わるくらいなら、短くても確実に塗布を完了させるほうが現実的——そう考える材料になります
  • 保護者への説明も変わります。「30分は絶対」と言い切ると、守れなかった保護者に不要な罪悪感を残します。「できれば20〜30分。難しければ、それでもフッ素はかなり残ることが分かっています」と言えるほうが、次の来院につながります
ここだけ、冷静に補助線 — 測っているのはヒトの歯ではなく、合成のアパタイトペレットです。エナメル質の結晶構造・有機成分・ペリクルの影響は再現されていません。被験者は成人7名——この研究が負担を減らそうとしている当の相手である幼児では試されていません(唾液の量・性状も、食べ方も違います)。プレートは口蓋にあり、歯面とは唾液の流れ方も清掃を受ける機会も異なります。そしてアウトカムはフッ素量と、試験管内での酸抵抗性であって、う蝕そのものではありません——「80%残った」は「う蝕予防効果が80%」を意味しません。1997年の日本の一施設での報告で、追試の蓄積があるわけでもありません。また深さ40〜55μmでは、0分群と対照群のフッ素量に有意差がありません(55μmでは対照群のほうがむしろ高い値です)——この深さでの「80%」は、塗布による取り込みの差を論じられる水準ではありませんそれでも、in vitro の3報を経て in situ まで積み上げ、「幼児の負担を減らしたい」という明確な臨床の動機から出発しているところに、この研究の誠実さがあります。制度に書かれた数字を、測り直してよいのだと教えてくれる一本です。

今日のひとこと

塗布直後にうがいをしても、30分待った場合の約80%のフッ素がペレットに残っていた。しかもその割合は表層から内層まで一様だった。酸に対する抵抗性も、全群で対照より高くなっていた。著者らの結論は控えめだが明確——30分という洗口・飲食禁止時間は、短縮できる可能性がある。

廣瀬晃子, 可児徳子, 新谷裕久, 大橋たみえ, 石津恵津子, 福井正人, 可児瑞夫. フッ化物歯面塗布に関する研究——塗布要領の再検討 第III報 in situ. 口腔衛生学会雑誌. 1997;47:274-280.(PubMed未収載の日本語論文)
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。