エンド|「象牙質を残すほど歯根は割れにくい」は、どこまで正しいのか。下顎切歯の歯根断面をコンピュータ上で再現し、根管の太さ・形・歯根外形を1つずつ変えて破折しやすさを計算した研究(Sathorn 2005・Journal of Endodontics)
根管治療後の歯を失う理由として、垂直性歯根破折は原因が特定できるものの中で2番目に多いとされます。「根管を広げすぎると割れる」はよく聞く話ですが、本当に削った量だけで決まるのでしょうか。著者らは下顎切歯10本の歯根中央部の断面を平均した形をコンピュータ上に作り、有限要素法(FEA)で根管の直径・形、歯根の隣接面の陥凹を1つずつ変えて、象牙質の引っ張り応力が60MPaに達する荷重(=破折に至る荷重の計算値)を求めました。根管径を0.5mm→2.0mmと広げると、この荷重は80N→11.5Nまで下がりました。ところが、別の実歯1本の実際に形成されたリボン状の根管から作ったモデル(平均断面のモデルとは別物で、数値は直接比べられません)では、周囲を削って滑らかな楕円に整えると、象牙質は減るのに荷重は21.5N→40N(ほぼ2倍)に上がりました。著者らの結論は「象牙質を削れば必ず割れやすくなるわけではない」。厚みだけでなく、根管の形と歯根の形が絡み合って決まる、というのがこの論文のメッセージです。
①「削るほど割れる」——それだけで決まる?
根管形成のたびに頭をよぎる、「広げすぎたら割れるのでは」という心配。垂直性歯根破折は、一度起きるとほとんど手の打ちようがありません。
だから「象牙質はできるだけ残す」。これは正しい。ただ、割れやすさは削った量だけで決まるのか。この論文は、そこをコンピュータ上で1つずつ分解しました。
結論を先に言います。根管を丸いまま広げると、破折に至る荷重の計算値は80N→11.5Nまで下がりました。ところが、別の実歯の断面から作ったモデルで、リボン状の根管の尖った端を滑らかな楕円に整えると、象牙質は減るのに21.5N→40Nとほぼ2倍になりました。
②なぜ「厚み」だけでは説明がつかなかったのか
それまでの研究で、象牙質が薄いほど割れやすいことは示されていました。一方で、歯根破折は頬舌方向に走ることが多い。下顎切歯では、頬舌側の象牙質は隣接面の2倍ほど厚いことも珍しくありません。
抜去歯で割る実験は、歯ごとの差が大きく(先行研究では破折しやすさに最大4倍の幅)、小さな要因の効果が埋もれてしまいます。そこで条件を1つだけ変えられる有限要素法を選んだ、というのがこの研究の出発点です。
③今回の一手:標準の歯根断面を作り、1か所ずつ変えて計算
・モデルI〜IV:丸い根管の直径を0.5→1.0→1.5→2.0mmと広げる(隣接面の最も薄い象牙質は1.0→0.25mm)
・モデルV〜VIII:同じ4つの径で、隣接面を0.2mm凹ませた外形
・モデルIX・X:前報の実歯1本の、実際に形成されたリボン状根管の断面(IX)と、ロータリーで周囲を削って滑らかな楕円にした想定(X)。平均断面から作ったI〜VIIIとは別の断面なので、数値どうしを直接は比べられません
根管壁の全周に垂直な力をかけ、象牙質の引っ張り応力がどこかで60MPa(象牙質の引っ張り強さの目安)に達する荷重を計算しました。原著はこれを notional fracture load と呼んでいます。本記事では「破折に至る荷重の計算値」と訳します。数字が大きいほど割れにくい、という読み方です。
④結果①:丸いまま広げれば、確かに弱くなる
通常の外形では、根管径0.5mmで80N。1.0mmで48N、1.5mmで28N、2.0mmで11.5Nまで下がりました。削るほど弱くなる——ここまでは従来の理解どおりです。
隣接面に陥凹があると、同じ根管径なら同じか低い値でした(0.5mmで58N、1.5mmで16N、2.0mmで2.5N)。ただし、残った隣接面の象牙質の厚みで並べ直すと、陥凹そのものの影響はごくわずかだった、と著者らは書いています。陥凹は「その分だけ壁が薄くなる」ことで効いている、という読み方です。
なお、原著は1.0〜2.0mmの根管径は通常の根管形成より大きく、太いポスト孔に近いサイズだと断っています。
⑤結果②:削ったのに、計算上はほぼ2倍に
実際に形成されたリボン状根管のモデル(IX)では、破折に至る荷重の計算値は21.5N。応力は根管の頬舌側の端に集中し、ほかにも局所的な応力の高い点が散らばっていました。このモデルが予測した頬舌方向の破折は、元の歯が実際に割れた向きとよく一致していました。
その根管を、周囲を削って滑らかな楕円に整えたモデル(X)では40N。象牙質を削ったのに、計算上はほぼ2倍です。応力が最も高い場所は同じ頬舌側の端のままでしたが、分布はずっと均一になり、それ以外の局所的な応力集中は消えていました。
⑥なぜ効くのか——「厚み」より「角」
周囲を削って楕円にすると、象牙質は減っても角が丸くなる。最大の応力がかかる場所は頬舌側の端のままでしたが、それ以外の局所的な応力集中が消え、分布が均一になった。だから割れにくくなる、というのが著者らの説明です。先行研究の「根管内のカーブを緩めれば割れにくくなるはず」という推測を、モデルXが裏付けた形です。
割れる向きも一定ではありませんでした。基本モデル(0.5mm)は近遠心方向、1.0〜1.5mmでは頬舌方向、隣接面の象牙質が0.3mm以下まで薄くなると、歯根の外側から亀裂が始まって内向きに進む予測になりました。著者らは「破折は予測しにくく、歯根のどこでも起こりうる」とまとめています。
⑦明日の臨床へ
・形成は、十分な清掃・拡大と両立する範囲で、できるだけ控えめに
・滑らかに丸みを帯びた根管形態が有利。応力の集中を和らげられる
そのうえで、割れやすさの多くは象牙質の厚み・根管と歯根の元の形で決まり、術者が左右できる範囲を超えているとも述べています。
モデルIXは、実際に形成したあとも頬舌側の端が尖ったまま残っていたリボン状根管です。「削らないこと」だけを目標にせず、形成後の端の形がどう残っているかに目を向ける。この論文は、その視点をくれます。なお、ポスト孔に近い太さまで丸く広げると、破折に至る荷重の計算値は大きく下がりました。ただし原著の荷重は、スプレッダーからガッタパーチャを介して根管壁の全周にかかる想定で、ポストに力がかかる場面を計算したものではありません。ポスト孔の太さへの当てはめは、この記事の推論にとどめます。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:象牙質を削れば、必ず割れやすくなるわけではない。根管を丸いまま広げると、破折に至る荷重の計算値は80N(根管径0.5mm)→11.5N(2.0mm)と下がりました。ここまでは「削るほど弱い」のとおりです。一方、リボン状根管の頬舌側の尖った端を、周囲を削って滑らかな楕円に整えると、21.5N→40Nとほぼ2倍に上がりました。最大の応力がかかる場所は頬舌側の端のままでしたが、それ以外の局所的な応力集中が消え、分布が均一になった——と著者らは説明しています。著者らは臨床の原則として、形成は十分な清掃・拡大と両立する範囲でできるだけ控えめに、そして滑らかに丸みを帯びた根管形態が有利と述べています。同時に、割れやすさの多くは歯根と根管の元の形で決まり、術者が左右できる範囲を超えているとも。ただしこれはコンピュータ上の計算で、実際の歯を割ったり、患者さんの経過を追ったりした研究ではありません。


