1問1答 論文 虫歯

「アブフラクション」と呼ぶのをやめませんか——名付け親が20年後に書いた訂正

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|非う蝕性歯頸部病変・アブフラクション・生体腐食

楔状に欠けた歯頸部を見て、私たちは反射的に「アブフラクション」と口にします。ところがその言葉を1991年に作り、2004年に自ら定義を修正した本人が、2012年にこう書きました——すべての歯頸部病変をアブフラクションと呼ぶのは誤りである。アブフラクションは「応力集中部位で起きる歯質の微小破折」という機序の名前であって、病変の呼び名ではない。実際の病変は応力(stress)・摩擦(friction)・生体腐食(biocorrosion)の3つが絡み合った多因子性のものであり、しかもその配合は症例ごとに違うというのがこの総説の主張です。

論文
Abfraction, Abrasion, Biocorrosion, and the Enigma of Noncarious Cervical Lesions: A 20-Year Perspective
著者
Grippo JO, Simring M, Coleman TA(米国。GrippoはAbfractionという用語の提唱者)
掲載
Journal of Esthetic and Restorative Dentistry 2012;24(1):10-25
種類
総説(Clinical Article)。過去20年の研究を統合し、用語と概念の見直しを提案する
提案
「erosion」を「biocorrosion(生体腐食)」に置き換える。Revised Schema of Pathodynamic Mechanisms(改訂病態力学機序図)

その言葉を作った人が、訂正している

楔状に欠けた歯頸部。私たちは反射的に「アブフラクションですね」と口にします。咬合力のせいだ、と。

ところが、その言葉を1991年に世に出し、2004年に自ら定義を修正した本人——John O. Grippo——が、2012年にこう書きました。アブフラクションという用語は「流行語(buzzword)」になってしまい、単一の原因を意味するものとして誤って使われている

先に結論: アブフラクションは「応力集中部位で起きる歯質の微小破折」という機序の名前であって、歯頸部にできた病変すべての呼び名ではありません。実際の病変は応力・摩擦・生体腐食の3つが絡み合った多因子性のもので、その配合は症例ごとに違います

3つの機序が、円のように重なる

非う蝕性歯頸部病変(NCCL)を生む3つの機序 どれか1つではなく、重なりで起こる。だから全部を「アブフラクション」と呼べない

応力 STRESS 摩擦 FRICTION 生体腐食 BIOCORROSION

多因子

応力(アブフラクション) 内因性:ブラキシズム・  早期接触や偏心位・嚥下 外因性:硬い食物の咀嚼・  鉛筆や爪を噛む癖・職業  歯科装置(矯正装置・  義歯のクラスプやレスト) 静的応力と疲労(周期的)応力

摩擦(摩耗・咬耗) 内因性(咬耗):ブラキシズム  嚥下 外因性(摩耗):粗い食物・  過剰なブラッシング・  フロスや爪楊枝の誤用・  歯科装置・舌の動き erosion(液体の流れ)もここ

生体腐食 内因性の酸:プラーク・  歯肉溝滲出液・胃酸 外因性の酸:酸性飲料・  柑橘類・職業曝露 蛋白分解:ペプシン・  トリプシン・酵素による溶解 電気化学:象牙質への圧電効果

Revised Schema of Pathodynamic Mechanisms(改訂病態力学機序図)の考え方。3つの円は単独でも、重なりでも病変を生む

応力(stress)=アブフラクション。内因性にはブラキシズム・クレンチング、早期接触や偏心位での負荷、嚥下。外因性には硬い食物の咀嚼、鉛筆やパイプの吸口や爪を噛む癖、歯で釘を保持する・管楽器を吹くといった職業要因。応力には静的なものと疲労(周期的)なものがあります。

摩擦(friction)=摩耗と咬耗。内因性の咬耗(ブラキシズム・嚥下)と、外因性の摩耗(粗い食物の咀嚼、過剰なブラッシング、フロスや爪楊枝の誤用、癖、職業、歯科装置)。舌の動きもここに入ります。なお歯科装置(矯正装置・義歯のクラスプやレスト)は、応力の側にも摩擦の側にも挙げられています——2つの経路で効くということです。

生体腐食(biocorrosion)酸(内因性・外因性)・蛋白分解・電気化学的作用をひとまとめにした概念で、この論文の目玉です(③へ)。

ひとつ補足を。原著の模式図では、erosion(液体の流れ)は摩擦の円の中に置かれています。著者らにとってerosionは化学ではなく物理の機序だからです(③へ)。

そして著者らは強調します——これらの複雑な相互作用があるため、すべてのNCCLをひとつの機序だけで説明するのは一般に誤りである。診断や治療の前に、すべての病因と修飾因子を考えるべきだ、と。

「erosion」ではなく「biocorrosion」を

同じ力がかかっても、病変になるかは修飾因子で変わる(原著Table 2の7区分)

唾液 緩衝能・組成・分泌量 pH・粘性 舌側には前庭部の5倍の唾液が あり、舌側にNCCLが少ない

組成・形態・微細構造 動揺度・再石灰化能 歯列弓の形

位置的な突出・欠如 唇頬側 / 舌側 / 咬合面 NCCLは緩衝作用に乏しい 粘液性唾液しかない唇頬側に 最も多い

有害な癖 舌の動きもここに 顔を出す

食事 組成・頻度 酸性飲料

全身の健康状態 GERD・過食症など 医科の病歴

力のかかり方 大きさ・方向・頻度 部位・持続時間

用語の整理——「erosion」を「biocorrosion(生体腐食)」へ 原著は「erosionは化学的な機序ではなく、液体の流れによる摩擦で摩滅を起こす物理的な機序だ」とする。 だから原著の模式図では、erosion(液体の流れ)は摩擦の円の中に置かれている。 代わりに、酸だけでなく蛋白分解や電気化学的な作用まで含む「biocorrosion」への置き換えを提案する。 アブフラクションは「応力集中部位で起きる歯質の微小破折」という機序の名前であって、病変すべての呼び名ではない。

修飾因子と、用語の置き換えの提案

もうひとつの提案が、用語そのものの見直しです。

原著はこう書きます——erosionは化学的な機序ではなく、液体の流れによる摩擦で摩滅を起こす物理的な機序である。それを酸による化学的溶解の意味で使うのは誤用であり、米国をはじめ多くの国で誤用が続いている、と。だからこそ原著の模式図では、erosion(液体の流れ)は摩擦の円の中に置かれています

代わりに提案されるのが「biocorrosion(生体腐食)」。この語がカバーするのは次のとおりです。

  • 内因性の酸:プラーク(う蝕)、歯肉溝滲出液、胃酸(GERD・過食症)
  • 外因性の酸:酸性飲料・柑橘類とそのジュース、酸性の工業ガスへの職業曝露、環境要因
  • 蛋白分解:酵素による溶解(う蝕)、ペプシン・トリプシンなどのプロテアーゼ、歯肉溝滲出液
  • 電気化学的作用象牙質への圧電効果(エナメル質には圧電性がありません)

つまり「酸で溶ける」だけでは足りない。蛋白を分解する働きも、電気化学的な働きも、同じ舞台の上にあるという整理です。

同じ力がかかっても、病変になるとは限らない

3つの機序に加えて、著者らは修飾因子を挙げます。同じ負荷がかかっても、病変が出る人と出ない人がいる理由です。

  • 唾液:緩衝能・組成・分泌量・pH・粘性
  • :組成・形態・微細構造・動揺度・再石灰化能・歯列弓の形
  • 位置的な突出・欠如:唇頬側/舌側/咬合面
  • 有害な癖
  • 食事:組成・頻度・酸性飲料
  • 全身の健康状態と医科的な問題
  • 力のかかり方:大きさ・方向・頻度・部位・持続時間

論文が挙げる説明が印象的です。舌側には前庭部の5倍の唾液がある——だから舌側にはNCCLが少ない。対照的に、NCCLは緩衝作用に乏しい粘液性の唾液しかない唇頬側に最も多い唾液という守り手が届くかどうかが、病変の場所を決めているという視点です。

そして最後の「力のかかり方」——大きさ・方向・頻度・部位・持続時間——は、応力の話を締める要になります。同じ咬合力でも、どこにどう、どれだけ長くかかるかで結果が変わる。

明日の臨床へ

  • 病名ではなく、病因を書くようにする。カルテに「アブフラクション」とだけ書くと、そこで思考が止まります。「クレンチング+酸性飲料+強圧ブラッシング」と書けば、次の一手が見えます
  • 医科の病歴を必ず聞く。GERD・過食症・逆流を伴う疾患は、内因性の酸として直接この舞台に上がります(原著も修飾因子に「全身の健康状態と医科的な問題」を挙げています)
  • ブラッシング圧と歯磨剤だけを疑わない。摩擦は3つのうちの1つにすぎません
  • 修飾因子には手を入れられる。唾液の量と緩衝能、フッ化物による再石灰化能。原因そのものを消せなくても、病変が出るかどうかは変えられる可能性があります
  • 修復して終わりにしない。原因が残っていれば、修復物の辺縁でまた同じことが起きます

ここだけ、冷静に補助線

読むときに置いておきたいことこれは総説(Clinical Article)です。系統的レビューでもメタ解析でもなく、著者らが自らの用語提案を軸に20年分の文献を再構成したものです。②NCCLの成因については1990年代以降、相反する見解が並び立っています。著者らは有限要素解析の知見から歯頸部が最大応力集中域であるとして応力の関与を支持する立場をとり、「技術の進歩を伴う今後の研究がこのジレンマを決着させることを期待する」と書いています。決着はついていません——名付け親が概念そのものを撤回したわけではなく、訂正しているのは「使われ方」です。③著者ら自身が、さらなる研究が必要だと明記しています——「静的応力と生体腐食」「疲労(周期的)応力と生体腐食」の共同作用、そして象牙質への圧電効果について。④用語の置き換えは提案であって、合意ではありません。日本を含め多くの国で「erosion/侵蝕(酸蝕症)」は現役の用語です。この記事も、明日から「生体腐食」と言い換えることを勧めるものではありません。⑤圧電効果は象牙質のみで、エナメル質には圧電性がないと明記されています。

とはいえ、「その用語を作った本人が、20年後に使われ方を訂正した」という一本は、それだけで読む価値があります。楔状の欠損を見たときに「原因はひとつではない」と立ち止まれるようになる——それがこの総説の一番の贈り物だと思います。

今日のひとこと

歯頸部の病変を、ひとつの機序の名前で呼んではいけない。この総説は、非う蝕性歯頸部病変を生む機序を応力(=アブフラクション)・摩擦・生体腐食の3つに整理し、多くの病変はその重なりの中で生まれるとする。だから「アブフラクション」という機序名を病変すべてに当てるのは誤りだと、その語をつくった著者自身が書いている。もうひとつが用語の置き換えの提案で、erosionは化学ではなく「液体の流れによる摩擦で起こる物理的な機序」だから、酸・蛋白分解・電気化学的作用まで含む「biocorrosion(生体腐食)」を使うべきだという。ただしこれは総説であり、NCCLの成因については相反する見解が並び立ったままである(著者らは応力の関与を支持する立場)。

出典:Grippo JO, Simring M, Coleman TA. Abfraction, abrasion, biocorrosion, and the enigma of noncarious cervical lesions: a 20-year perspective. Journal of Esthetic and Restorative Dentistry 2012;24(1):10-25. PMID: 22296690
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。