カリオロジー|歯の摩耗と非う蝕性歯頸部欠損(NCCL)
歯頸部の非う蝕性欠損(NCCL)を見つけたとき、私たちは咬合力・応力・酸蝕・横磨きのどれを説明しているでしょうか。18世紀の記載以来、成因の議論は決着せず「多因子性」という言葉で受け入れられてきました。2008年の J Prosthet Dent は、そこへ実験で切り込みます。ヒト抜去歯192本を使い、7年分にあたる70,000ストロークを水平にこすったところ、人工歯肉を付けて歯磨剤で磨いた72歯では64歯(89%)にNCCLが形成され、水だけの対照群ではNCCLが1つも生じませんでした。しかもできた形は、視覚的に見るかぎり歯磨剤の研磨性ともブラシの硬さとも関係がありませんでした。
①「この楔状の欠損、噛み合わせのせいですよね?」
歯頸部の非う蝕性歯質欠損(NCCL)を見つけたとき、私たちは何を説明しているでしょうか。咬合力、応力、アブフラクション、酸蝕、そして横磨き——どれも聞いたことがあり、どれも決め手に欠けます。
NCCLは18世紀に文献へ記載されて以来、成因の議論が続いてきました。引張応力、圧縮応力、酸蝕、応力腐食、アブフラクション、咬合干渉。明確な証拠が無いまま「多因子性」という言葉で受け入れられてきたのが現状です。
2008年の J Prosthet Dent に載ったこの研究は、そこに実験で切り込みました。抜去歯を歯磨剤で7年分こすったら、臨床で見るのと同じ形の欠損ができるのか。ちなみに歯磨剤や研磨剤によるNCCLの再現そのものは1907年から報告があり、本研究はMillerの古典的なin vitro研究の「摩耗の部分」を再現・検証したものだと著者ら自身が位置づけています。
②この研究の一手:人工歯肉を付けて、7年分こする
- ヒト抜去歯192本を、6種の歯ブラシ(汎用品とブランド品×軟毛・中毛・硬毛)×4種の洗浄媒体(低・中・高RDAの市販歯磨剤3種+水のみ)×人工歯肉の有無、計48群(各4歯)に振り分けた
- 歯磨剤は水と1:1(体積比)に希釈。研磨性は相対象牙質摩耗値(RDA)を基準に低・中・高の3段階を選んだ
- 全セットを70,000ストロークブラッシング。1日2回・1面あたり13.7ストロークで換算すると7年分にあたる
- ブラッシングマシンは水平運動のみ。ブラシヘッドホルダーは各230g
- Barricaid(歯周包帯材)で人工歯肉を作ったのは24セット96歯。うち18セット72歯が歯磨剤で磨く試験群、残る6セット24歯は水のみの対照群
- 評価は病変の大きさ・形(カップ状/くさび状/平坦)・位置・表面性状を視覚的に判定する定性評価(摩耗量を統計的に定量する設計ではない)
③結果:水ではNCCLが作られず、歯磨剤では89%にできた
対照群は3つ置かれました。ここは正確に押さえておきます。
- 第1対照群(人工歯肉なし・水のみ):象牙質・エナメル質ともに肉眼的な歯質喪失を示さなかった
- 第2対照群(人工歯肉あり・水のみ):人工歯肉の材料そのものが摩耗し、その研磨材(二酸化ケイ素など)が水中に混じった結果、歯面は研磨され、軽度の象牙質摩耗が生じた——ただしNCCLの形成には至っていない
- 第3対照群(人工歯肉なし・歯磨剤):形を持たない、のっぺりした深い象牙質喪失が生じた
そして本題の試験群です。
- 人工歯肉を付けて歯磨剤でブラッシングした18セット72歯では、64歯(89%)にNCCLが形成された
- できたのはくさび状・カップ状・平坦——臨床で観察されるすべての型
- 象牙質の摩耗は、最初の観察点である10,000ストロークの時点で既に視認できた
- 病変の形は、視覚的な評価のかぎりでは歯磨剤のRDAとも歯ブラシの硬さ・ブランドとも関係が見られなかった
- 歯磨剤を載せたフィラメントが露出象牙質に接触した部位にだけ病変ができた。舌側転位した切歯のように接触が無い歯には、病変が生じなかった
著者らが「とくに興味深い」と書いているのは低RDAの歯磨剤が、高RDAと同等の病変を作ったことです。低RDA製品では粒子の多くが銅ウェルの底に沈み、溶液中に浮遊する研磨粒子は少なかったにもかかわらず、です。ここから著者らは研磨性を決めるのは粒子の濃度ではなく、粒子の大きさ・形・水和の程度、あるいはその組み合わせだと考察しています。
④なぜ「形」が生まれるのか
形と表面性状を決めるのは、フィラメントがどれだけ、どのように曲がるか——著者らはそう説明します。偏向を左右する要素は5つ。
- 歯の位置関係(隣接歯にフィラメントが届くか)
- 歯冠の豊隆
- 歯肉の輪郭
- フィラメントの硬さ
- フィラメントが歯に当たる運動方向
唇側に傾いた歯は歯磨剤を載せたフィラメントとより多く接触し、摩耗が大きくなる。舌側に位置する歯は接触が少なく、まったく当たらなければ病変も生じない。同じ人の口の中で、隣り合う歯の欠損の形が違う理由が、これで説明できます。
⑤明日の臨床へ
- NCCLを繰り返す患者さんには、歯磨剤の研磨が果たす役割について説明する価値がある——著者ら自身が「Clinical Implications」としてこう書いています
- 指導の焦点は「毛の硬さ」より動かし方と歯磨剤へ。具体的には、横方向のストロークを縮めること、歯磨剤の量を減らすこと、露出根面には歯磨剤を載せた毛先を強く当てないことが、この研究の機序から素直に導かれる手立てです
- 低研磨をうたう歯磨剤に替えれば安心、とは言えません。低RDA製品でも同等の病変ができました
- 充填してもまた欠ける症例では、再発を受け入れて修復法を議論するより、予防的な手立てを追うべきだと著者らは述べています
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
NCCLの成因は引張応力・圧縮応力・酸蝕・応力腐食・アブフラクション・咬合干渉と諸説あり、明確な証拠が無いまま多因子性として受け入れられてきた。本研究はヒト抜去歯192本を、6種の歯ブラシ(軟・中・硬×汎用/ブランド)と3種の研磨性の歯磨剤または水のみで、70,000ストローク(1日2回・1面13.7ストロークで7年分)水平ブラッシングしたin vitro実験である。歯磨剤や研磨剤によるNCCLの再現自体は1907年から報告があり、著者らは本研究をMillerの古典的なin vitro研究の摩耗部分の再現・検証と位置づけている。対照群は3つ置かれた。人工歯肉なし・水のみでは肉眼的な歯質喪失が生じず、人工歯肉あり・水のみでは包帯材由来の研磨材が水中に混じって歯面の研磨と軽度の象牙質摩耗が生じ、人工歯肉なし・歯磨剤では形を持たないのっぺりした深い象牙質喪失になった。そして本題の人工歯肉を付けて歯磨剤で磨いた18セット72歯では、64歯(89%)にNCCLが形成された。できたのはくさび状・カップ状・平坦という臨床で見るすべての型で、象牙質の摩耗は最初の観察点である10,000ストロークの時点で既に視認できた。注目すべきは、病変の形も大きさも、視覚的な評価のかぎりでは歯磨剤のRDAともブラシの硬さ・ブランドとも関係が見られなかったことである。低RDAの歯磨剤は粒子の多くが底に沈み浮遊粒子が少なかったにもかかわらず、高RDAと同等の病変を作った。著者らは研磨性を決めるのは粒子の濃度ではなく大きさ・形・水和の程度だと考察している。形が生まれる仕組みはフィラメントの偏向であり、歯の位置関係・歯冠の豊隆・歯肉の輪郭・毛の硬さ・運動方向の5つが関与する。ただしこれは抜去歯のin vitro・視覚判定による定性評価・水平ブラッシングのみの研究であり、「歯磨剤だけでNCCLを作れる」ことと「臨床のNCCLがすべて歯磨剤由来である」ことは別の話である。酸蝕や応力の関与を否定した研究ではない。それでも、水だけでは7年分こすってもNCCLが1つもできなかったという対照の結果は、患者説明の重心をどこに置くかを考えさせる。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


