ペリオ|Phase1 初期治療
「歯ぐきをマッサージするように磨いてください」——長く語られてきた指導です。歯肉を刺激すれば血行がよくなり、上皮が角化して丈夫になる。理屈は通っています。では実際に、歯肉炎の治りは早くなるのでしょうか。1985年、同じ口の左右で刺激のあり・なしを分けた実験が答えを出しています。
①「歯肉マッサージ」の理屈と、その空白
歯肉への刺激が歯周の健康に果たす役割については、長く議論がありました。文献をまとめると、期待されていた働きは主に3つです。①歯肉の毛細血管循環を促す ②口腔上皮の角化を促す ③おそらくは歯肉溝上皮にも作用する。角化層が乏しいことは、細菌の産物が組織に入り込むのを防ぐバリアが弱いという意味で、疾患の成り立ちに関わりうる——そう考えられてきました。
ところが著者らは冷静です。軟組織の刺激に治療的な価値があるかどうかは、十分に実証されていない。むしろ反対方向の報告が並びます。Löe と Schiött(1970)は、機械的な清掃も歯肉への刺激もない状態で、クロルヘキシジンを1日2回使うだけでプラークと歯肉炎を完全に抑制できることを示しました。Mackenzie(1972)は、歯磨きによる歯肉の改善は、角化の亢進による組織抵抗性ではなく、プラーク除去そのものによると報告しています。
残された問いは一つです。歯肉への刺激は、単なるプラーク除去とは独立して、それ自体で有益な効果をもつのか。
②同じ口の左右で、清掃法を分ける
対象は健康な男子歯学生10名(20〜26歳)。歯周ポケットも骨欠損もなく、未処置のう蝕もない状態です。全員が右利きで、左右の口腔清掃状態が臨床的に似ていることを確認しています。
実験はLöe らの実験的歯肉炎プロトコル(1965)に沿って進みました。0日目の1週間前に全歯をスケーリング・研磨し、口腔衛生を管理して最適な歯肉の健康をつくる。0日目から21日目まで、すべての口腔清掃を中止——プラークを溜めて歯肉炎を起こす21日間です。
そして21日目の夜から29日目まで、上顎の左右で異なる清掃法を始めます。
左側=「刺激あり」。1日2回、ロール法で歯と歯肉の両方をブラッシング。さらにフロスとつまようじで歯間乳頭の清掃と刺激を1日2回。
右側=「刺激なし」。1日2回、①スケーラーで歯冠のプラークをすべて除去 ②綿棒で歯と歯肉を清拭 ③フロスは歯面の隣接面のみで、歯間乳頭を傷つけたり擦ったりしないよう注意。
ポイントは両側とも歯磨剤の代わりに0.05%クロルヘキシジン水溶液を使ったことです。化学的な条件をそろえ、違いを「機械的な刺激の有無」だけに絞り込んでいます。
評価は上顎の犬歯・小臼歯部(13・14・15・23・24・25)で、歯肉炎指数(Löe & Silness 1963)とプラーク指数(Silness & Löe 1964)を近心・遠心・頬側について記録。測定日は0・21・22・23・24・25・26・27・28・29日目と、回復期は毎日です。
③21日間で、きちんと歯肉炎はできた
まず前提の確認から。0日目に左右差はありません(プラーク指数 0.18対0.21、歯肉炎指数 0.15対0.14、いずれも有意差なし)。
21日間の清掃中止で、プラーク指数は1.67/1.66、歯肉炎指数は両側とも1.33へ。いずれもベースラインから高度に有意な上昇(p<0.01)で、21日目の左右差はありません。狙いどおり、左右対称に歯肉炎ができあがった状態から回復期を比べられます。
そして29日目。プラーク指数は両側とも0、歯肉炎指数は刺激なし側0.12・刺激あり側0.21。0日目と統計学的に差のない状態まで戻り、両側のあいだにも有意差は検出されませんでした。理想的な口腔衛生と歯肉の健康が、左右どちらでも再確立されたわけです。
④回復の「途中」で起きていたこと
面白いのは、回復していく8日間の中身です。回復期のデータを分散分析にかけると、プラーク指数の減り方には清掃法(側)の効果が有意にありました(p<0.01)。傾き(p<0.001)と平行性からのずれ(p<0.025)も有意で、直線からのずれは有意でない——つまり両側とも直線的に減っていくが、その傾きが違うという形です。
方向はこうでした。プラーク指数は刺激なし側の方が一時的に高く、逆に歯肉炎指数は刺激あり側の方が高い傾向。抄録の表現を借りれば、「歯肉炎指数のスコアは、機械的刺激を行った側で一時的に、しかし有意に高かった。ただしその側ではプラークの沈着はより速く減少した」。
もう一つ、臨床家として見逃せない記述があります。21日目にブラッシングを再開したとき、被験者全員が左側(刺激あり側)の歯肉の痛みを訴えました。炎症のある歯肉をブラシとつまようじで刺激すれば、当然そうなります。
⑤明日の臨床へ
1つ目。「マッサージ」を目的にしない。 歯肉を擦ることに独立した治療効果があるという前提で指導すると、患者さんの努力が的を外します。目的はプラークを落とすこと。歯肉に当たるのは結果であって、目的ではありません。
2つ目。炎症期に「強く磨け」と言わない。 全員が痛みを訴えたのは、炎症のある歯肉を刺激したからです。初期治療の入り口では、力ではなく当て方と頻度を教える方が、痛みで中断させずに済みます。
3つ目。この実験の設計そのものが、良い説明材料になる。 「歯ぐきを触らずにプラークだけ落とした側も、同じように治った」——この一文は、患者さんに「大事なのは汚れが落ちているかどうか」を伝えるのに、これ以上ないほど分かりやすい材料です。
今日のひとこと
健康な男子歯学生10名(20〜26歳)に21日間すべての口腔清掃をやめてもらい、実験的歯肉炎を起こしました。プラーク指数は0.18〜0.21から1.66〜1.67へ、歯肉炎指数は0.14〜0.15から1.33へ上昇し、左右で差はありませんでした。21日目の夜から8日間、上顎の左右で違う清掃法を実施します。左側=歯と歯肉をブラシで磨き(ロール法)、フロスとつまようじで歯間乳頭を刺激する「刺激あり」。右側=スケーラーで歯冠のプラークを取り、綿棒で拭き、フロスは歯肉に触れないよう歯面だけ——「刺激なし」。歯磨剤の代わりに両側とも0.05%クロルヘキシジン水溶液を使いました。回復期の分散分析では、プラーク指数の減り方に清掃法の差が有意にあり(p<0.01)、刺激なし側の方が一時的に高く残りました。一方で歯肉炎指数は刺激あり側の方が高い傾向を示し、29日目には両側とも歯肉の健康が回復して差は消えました。著者らは「歯肉への刺激が、実験的歯肉炎からの回復を何ら改善しないという考えを支持する」と結論しています。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


