ペリオ|Phase1 初期治療
SRPのあと、歯肉が下がる。それは経験として知っています。では何ミリ下がるのか。角化歯肉の幅はどうなるのか。そして歯肉歯槽粘膜境(MGJ)そのものは動くのか。1978年、Hughes と Caffesse はセメントエナメル境を固定の基準点にして、初期治療の1か月を1mm刻みで測りました。
①「下がりますよ」と伝えるとき、何ミリと言えるか
初期治療の前に、患者さんへ説明します。「炎症が引くと、歯肉は少し下がります」。
ここで一度、自分に問い返してみます。少しとは、何ミリでしょうか。そして下がった結果、角化歯肉の幅はどうなるのか。もともと付着歯肉が細い部位は、さらに細くなってしまうのか。それとも、歯肉歯槽粘膜境(MGJ)ごと歯冠側へ動いて、幅は保たれるのか。
1978年、ミシガン大学の Hughes と Caffesse が、この問いを1mm刻みの実測で埋めました。鍵になったのは基準点の取り方です。歯肉縁も、ポケット底も、MGJも、すべて動きうる。だから彼らはセメントエナメル境(CEJ)という動かない点を原点にして、そこからの距離としてすべてを測りました。
②なぜ「MGJが動くか」が問題になるのか
当時、この領域には検証されていない仮定が置かれていました。スケーリングとルートプレーニングのあと、歯肉退縮やポケット深さの変化は起こるだろう。しかしMGJの位置は変わらないだろう——そう「一般に想定されている」だけで、系統的に調べられてはいなかったのです。
これは実務的な問いでもあります。付着歯肉の幅は、加齢とともに増える傾向が報告されていました。矯正で歯を挺出させれば、MGJの位置を変えずに付着歯肉の幅が増えることも知られています。各種の歯肉歯槽粘膜手術は、まさにMGJの位置を動かして幅を稼ぐ処置です。
ならば初期治療は、この幅に対して何をしているのか。減らすのか、増やすのか、何もしないのか。ここが分からなければ、「付着歯肉が足りないから歯肉移植を」という判断を、初期治療の前に下してよいのか後にすべきなのかも決められません。
③CEJを原点にして、3回測る
対象はミシガン大学歯学部の患者15名(女性6名・男性9名、23〜77歳、平均44±14.2歳)。唇側・頬側の炎症が付着歯肉に十分及んでいる歯61本を選びました。できればMGJに達するか越えている歯です。
各歯につき2か所——歯の中央(大臼歯では近心根の中央)と、近心の隣接部(ライン・アングル)——を測定点にし、合計122部位。マーキス S-4 プローブ(3mm刻みのカラーコード)で、次の3つを記録しました。
①CEJから歯肉縁までの距離、②クレビス(ポケット)深さ、③歯肉縁からMGJまでの角化歯肉の幅。MGJが見にくいときはシラーのヨード液で染め出しています。さらに麻酔下で、MGJの高さに No.3 エキスプローラーを刺入して、その下に骨があるかどうかも記録しました。
手順は3回。初回に全計測とブラッシング・フロスの指導を行い、対象歯をスケーリング・ルートプレーニング・研磨。1週後に再計測、1か月後にもう一度。検者は1名で、事前に再現性を検証しています(検者内誤差は非常に小さかったと報告)。
④1か月後、何が動いて、何が動かなかったか
ポケット深さは、中央で41%、隣接部で51%の部位が1〜2mm浅くなりました。ほぼ半分です。
アタッチメントレベルは、中央19.7%・隣接部21.3%で1mmのゲイン。約5部位に1部位で、新しい付着(あるいは緊密な再適応)が得られています。喪失は1.7%とごくわずかでした。
歯肉退縮は、中央で約20%、隣接部で約30%の部位に1mm生じました。角化歯肉の幅も、中央18%・隣接部25%で1mm減っています。
そしてMGJです。122部位のうち117部位(95.9%)が不変。1mm歯冠側へ動いたのが4部位、根尖側が1部位。統計学的に有意な変化は認められませんでした。
⑤よく反応したのは、深い部位だった
変化の大きさは、部位によって違いました。決めていたのは初期のポケット底がどこにあったかです。
近心隣接部で見ると、ポケット底が付着歯肉の中に収まっていた部位では、浅くなったのが25.9%、アタッチメントゲインは14.3%。ところがポケット底がMGJに達するか越えていた部位では、浅くなったのが55.9%、アタッチメントゲインは50.0%(P=0.015)に達しました。
この2群の初期ポケット深さには平均2.5mmの差がありました。つまり深い部位ほどよく反応した、ということです。著者らは、MGJを越えるような深い隣接部ポケットには骨縁下欠損が伴っていることが多く、そこを丁寧にSRPすることで再付着・緊密な再適応が起こりやすい状況が作られたのではないか、と考察しています。
もうひとつ、MGJの下に骨があるかどうかも効いていました。骨がない部位では中央のクレビス深さが減りやすい(骨なし51.4%対骨あり25.0%、P=0.04)。骨の裏打ちがない部位では、歯肉が退縮・再適応しやすいというわけです。
退縮の側にも規則がありました。初期の炎症が強いほど、隣接部の歯肉は下がりました(Class I で8.3%、Class II で45%、Class III で41.2%、P=0.01)。角化歯肉幅の減少も同じ傾向(P=0.04)。腫れて膨らんでいた組織ほど、引き締まったときの落差が大きい——臨床実感どおりの結果です。
興味深いのは、プラークコントロールの達成度は、これらの変化のどれにも影響しなかったことです(完全改善50歯 vs 部分改善11歯、すべてのパラメータで有意差なし)。1か月という短い観察期間では、歯肉の位置を動かした主因は根面の器具操作そのものだったと著者らは述べています。
⑥明日の臨床へ
1つ目。角化歯肉が乏しい部位は、1mm減る前提で見立てる。初期治療で幅が広がることはありません。もともと2mmしかない部位が1mm減れば、その後の維持は厳しくなります。処置前にその見込みを患者と共有しておくほうが、後から説明するより誠実でしょう。
2つ目。歯肉歯槽粘膜手術の判断は、初期治療の1か月後まで待つ。この論文の裏返しの示唆です。退縮は初期治療で起きるが、MGJは動かない。つまり「初期治療後の付着歯肉幅」こそが手術判断の実際の出発点になります。逆に、再付着や緊密な再適応によって付着歯肉の幅が維持できるだけ増える部位もあるため、先に切らない理由も立ちます。
3つ目。炎症が強い部位ほど、下がることを先に伝える。前歯部の隣接乳頭は、最も炎症の影響を受け、最も退縮が目立つ場所です。審美領域では、処置前の一言が、処置後の信頼を左右します。
今日のひとこと
初期治療の1か月後、ポケットは中央で41%・隣接部で51%の部位が1〜2mm浅くなり、約2割で1mmのアタッチメントゲインが得られました。同時に歯肉は中央20%・隣接部30%で1mm退縮し、角化歯肉幅も中央18%・隣接部25%で1mm減っています。ところが歯肉歯槽粘膜境(MGJ)はCEJを基準にすると95.9%の部位で不変でした。つまり角化歯肉が減ったのは境界が動いたからではなく、歯肉縁が下がったぶんです。反応が大きかったのはポケット底がMGJに達するか越えていた部位で、隣接部のアタッチメントゲインは14.3%対50.0%と差がつきました。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


