ペリオ / 診断・予後評価 ・ Hou & Tsai 1997
SRPもブラッシング指導も、他の部位はきれいに反応した。なのに下顎大臼歯の分岐部だけ、いつまでもプローブが入る——そんな歯に心当たりはありませんか。原因はプラークコントロールの甘さだけではないかもしれません。抜歯された分岐部病変の大臼歯87本を削って顕微鏡で覗いたら、6割超に頸部エナメル突起(CEP)と中間分岐部隆線(IBR)が「セットで」潜んでいました。しかもCEPがある歯では、CEJから分岐部までがわずか0.5〜0.6mm。ポケットができた瞬間、分岐部はもう目の前だったのです。
他は治ったのに、分岐部だけ治らない
SRPを丁寧にやった。ブラッシングも定着した。実際、他の部位のプロービング値はきれいに落ちた。ところが下顎大臼歯の分岐部だけは、何度測っても8mmが入る。ここでつい「まだ磨けていないから」と説明してしまいがちです。でも、本当にそれだけでしょうか。1997年、台湾・高雄医学院のHouとTsaiは、歯周治療のために抜歯するしかなかった下顎大臼歯87本を削って顕微鏡で覗きました。そこにあったのは、プラークの話ではなく「根面の形」の話でした。
従来の困りごと:CEPは疑われていたが、IBRは放置されていた
登場人物は2つです。ひとつは頸部エナメル突起(CEP:cervical enamel projection)。CEJから根尖側へ、エナメル質が舌のように垂れ下がってくる形態異常です。エナメル質の上には結合組織性の付着ができないため、CEPがあるとその部分は最初から付着の弱点になります。CEPと分岐部病変の関連は、1964年のMasters & Hoskins以来、繰り返し報告されてきました。
もうひとつが中間分岐部隆線(IBR:intermediate bifurcational ridge)。分岐部の天井(ファーケーションルーフ)を近遠心に横断する、セメント質の隆起です。Everettらは下顎第一大臼歯の73%にあると報告し、SvärdströmとWennströmは三次元の等高線図で「IBRがあると適切なデブライドメントは著しく難しくなる」と示しました。ところが著者らが指摘するのは、IBRが分岐部内のポケット進行にどう関わるかを臨床的に調べた研究がほとんど無かったこと。さらにCEPとIBRが「同じ歯に同居」したときに何が起きるかは、まったく報告がありませんでした。この論文は、その空白を埋めにいきます。
今回の一手:抜く前に測り、抜いた後に削って覗く
対象は5年かけて集められた下顎大臼歯87本(第一大臼歯56本・第二大臼歯31本)。すべてクラスIIIの分岐部病変をもち、骨吸収が70%以上に及ぶ「保存不可能」と診断された歯です。う蝕も修復物も無い、根面が素のままの歯だけを選んでいます。
手順が良くできています。抜歯の前に、4面のPD(ポケット深さ)・GI(歯肉炎指数)・PLI(プラーク指数)と、頬側・舌側のCEJから分岐部入口までの距離(CEJ-Fc)を測り、デンタルX線で骨吸収を確認する。抜歯の後に、メチレンブルーで染めてCALを確定し、歯を研磨切片にして実体顕微鏡(1〜6.3倍)でCEPとIBRの有無・場所・大きさを判定する。IBRは電子デジタルキャリパーで実測し、グレードI(1mm×1mm未満)・II(2mm×2mm未満)・III(2mm×2mm以上)の3段階に分類しました。CEPはMasters & Hoskinsの分類に準じてI〜IIIです。
つまりこの研究は、臨床の数字(生きている間の歯周組織の状態)と、解剖の実物(抜いてから初めて見える根面の形)を、同じ歯の上で突き合わせたわけです。
結果①:分岐部病変の歯の6割超が、CEPとIBRを「セット」で持っていた
いちばん驚くのはこの内訳です。87本のうち55本(63.2%)がCEPとIBRの両方を持っていました。第一大臼歯では67.9%、第二大臼歯でも54.8%。CEP単独が21.8%、IBR単独が2.3%と続き、「どちらも無い」歯は11本(12.6%)しかありませんでした。
個別に数えると、CEPは87本中74本(85.1%)、IBRは87本中57本(65.5%)。CEPは第一大臼歯で92.9%、第二大臼歯で71.0%に見つかっています。分岐部が壊れて抜歯に至った歯を並べると、その9割近くにCEPがあった——この一文だけでも、初診時に根面の形を疑う理由には十分でしょう。
性差はどうか。IBRもCEPも、男女で有意差はありませんでした(いずれもP>0.05)。形の問題であって、性別の問題ではないということです。
結果②:CEPは「大きいやつ」ばかりだった
グレードを見ると、両者の顔つきの違いが出ます。CEPはグレードIII(分岐部まで届く最大のもの)が69.0%と圧倒的で、グレードIはたった6.9%、IIも9.2%。第一大臼歯に限ればグレードIIIが80.4%です。対してIBRはグレードIが20.7%、IIが19.5%、IIIが25.3%と、きれいにばらけています。
読み方はこうです。分岐部が崩壊するほど進んだ歯に残っていたCEPは、ほぼ全部が「大きいCEP」だった。著者らも、CEPのグレードが高いほど分岐部病変のグレードも高く、PDとCALも深くなる傾向を指摘しています。もっとも、これはあくまで「抜歯に至った歯を後ろから眺めた」分布であることは、あとで補助線を引きます。
結果③:CEJから分岐部まで、わずか0.64mm
この論文の核心はここです。CEPとIBRを持つ歯と、どちらも持たない歯を比べると——第一大臼歯でPDは8.38mm対5.75mm、CALは10.30mm対7.25mm。第二大臼歯でもPDは8.77mm対5.17mm、CALは9.82mm対7.33mm。GI(2.08対1.25)もPLI(2.21対1.75)も、形態異常のある歯で高い。すべてP<0.001です。
そして、いちばん効く数字。CEJから分岐部入口までの距離が、CEPとIBRをもつ歯では第一大臼歯で0.64mm、第二大臼歯で0.53mm。どちらも無い歯では3.93mm・3.71mmでした。約6〜7倍の差です。
ここにIBRが加わると話が完結します。分岐部にたどり着いた炎症とプラークを、今度はIBRが「デコボコした天井」で守ってしまう。キュレットもスケーラーチップも、隆起の裏側には届きません。著者の言葉を借りれば、CEPとIBRの表面は細菌性プラークの停滞を許し、清掃の到達を阻む。入口を近づけるのがCEP、居座らせるのがIBR——役割分担がはっきりしています。
明日の臨床へ:形は治せないが、読めば予後は語れる
CEPもIBRも、生まれつきの形です。歯磨きでは消えません。ですがこの研究は、明日から使える視点を3つ置いていきます。
①下顎大臼歯の分岐部を測るとき、「なぜここだけ」の答えを形に探す。他部位が反応しているのに分岐部だけ反応しない歯は、患者さんの努力不足ではなくCEPとIBRを疑う。デンタルX線でCEJ直下のエナメル質の張り出しを探し、プローブの先で根面の段差を触る。抜かなくても、疑うことはできます。
②リスク説明が「叱る」から「一緒に見る」に変わる。「この歯は生まれつき分岐部がCEJのすぐ下にあって、汚れが溜まりやすい形なんです」——この一言があるだけで、患者さんの受け止め方は変わります。頑張っても報われない部位があると先に共有しておくことは、モチベーションを守る話でもあります。
③グレードI・IIのうちに、形に手を入れる選択肢がある。著者らは考察の最後で、CEPとIBRが目立つ大臼歯の管理について触れています。グレードI・IIの分岐部病変では、フラップ手術時にCEPを削除しIBRを平坦化する(odontoplasty)のが最も一般的なアプローチ。進行したグレードIIIでは、分岐部を開いたりルートセパレーションでデブライドメントを可能にしたり、清掃性を考えた補綴設計を併用する——という流れです。形の異常は、早い段階なら「削って直せる」。だからこそ早期に見つける価値があります。
今日のひとこと
分岐部病変を「磨けていないから」だけで説明すると、半分しか見ていないことになる。抜歯に至った下顎大臼歯の85.1%にCEPが、65.5%にIBRがあり、6割超は両方をセットで持っていた。CEPがある歯ではCEJから分岐部までが0.5〜0.6mmしかなく、ポケットが少し深くなればすぐ分岐部に届く。IBRは分岐部の天井をデコボコにして器具を届かなくする。つまり分岐部病変は、プラークだけでなく「根面の形」が舞台を用意している。だから初診時にCEPとIBRを疑って探すことが、予後予測とリスク説明の第一歩になる。


