口腔顔面痛|日本の歯科医師の研究ネットワーク(JDPBRN)の歯科医師に、顎関節症の痛みの診断と治療を質問し、咬合調整を行うという答えと歯科医師の特徴との関連を調べた横断研究(Kakudate ほか 2017・J Oral Facial Pain Headache)
顎関節症の痛みの患者さんに、咬合調整を行いますか。咬合調整は元に戻せない処置で、診療ガイドラインは初期治療としては勧めていません。この調査は、日本の歯科医師の研究ネットワーク(JDPBRN)の歯科医師148人に質問紙を配り、113人が回答しました(回答率76.4%)。治療法の質問に答えた85人では、スプリントやマウスガード(96.5%)、薬(84.7%)、セルフケア(69.4%)が中心でしたが、咬合調整を行うと答えた人も57.6%いました。咬合調整を行うという答えと有意に関連していたのは、急性の痛みを治す自信がないこと(自信がある人と比べて、オッズ比 5.60、95%CI 1.260–24.861)と、重度の痛みの患者さんの割合(高いほど、行うと答えにくい向き。オッズ比 0.95、95%CI 0.909–0.999)の2つです。ただし、歯科医師の自己申告にもとづく横断研究で、原因と結果は分けられません。
①顎の痛みの患者さんに、咬合調整をしていますか?
顎関節症の痛みで来院した患者さん。咬合を調整する、という選択肢は、ふだんの臨床で十分ありえます。ただ、咬合調整は歯を削る処置で、元に戻せません。
原著の序論によると、診療ガイドラインは、元に戻せないことと効果が不確かなことを理由に、顎関節症の初期治療として咬合調整をしないよう勧めています。原著は、日本顎関節学会の診療ガイドライン(第2版)の「顎関節症の症状に対して、初期治療としての咬合調整は行わないことを推奨する(Grade 1D)」という趣旨の記述も引いています。一方、先行研究では、米国の歯科医師の64%が咬合調整を臨床で使っていると報告されていました。では、日本の歯科医師は、顎関節症の痛みにどう対応しているのか。原著は、日本での実態はまだ調べられていなかったとして、質問紙調査を行いました。
・日本の歯科医師の研究ネットワーク(JDPBRN)の歯科医師148人に質問紙を配り、113人が回答した(回答率76.4%)
・治療法の質問に答えた85人のうち、治療として多かったのはスプリントやマウスガード(96.5%)、薬(84.7%)、セルフケア(69.4%)。診査の進め方も、ほぼ共通していた
・一方で、咬合調整を行うと答えた人も57.6%(85人中49人)いた
・咬合調整を行うという答えと、統計的に有意に関連していたのは2つ。急性の痛みを治す自信がないこと(自信がある人と比べて、オッズ比 5.60、95%CI 1.260–24.861)と、重度の痛みの患者さんの割合(オッズ比 0.95、95%CI 0.909–0.999)
・横断研究で、歯科医師の自己申告にもとづく。「関連」であって、原因と結果は分けられない
②今回の一手:日本の歯科医師113人に聞いた
研究は、九州歯科大学などのグループによる横断研究(質問紙調査)です。対象は、JDPBRN(Dental Practice-based Research Network Japan)に所属し、外来の歯科診療所で働く歯科医師148人。日本の7つの地域(北海道・東北・関東・中部・関西・中国四国・九州)をカバーし、各地域の担当者が質問紙を配って回収しました(手書きで記入し、宛名入りの封筒で担当者へ返送)。参加者は、JDPBRNのウェブサイトと郵送での呼びかけで募っています。質問紙は、米国の National Dental PBRN の先行研究と同じもので、歯科医師と疫学者の4人が日本語に訳し、いくつかの項目を足したものです。
・顎関節症の痛みの患者さんを、どのくらいの頻度で診るか
・診断に使う問診と診査の項目
・治療法(咬合調整を含む)、スプリント・薬・セルフケア指導の種類
・歯科医師と患者さんの特徴
・解析:咬合調整を行うかどうかを結果として、性別・卒後年数・急性痛を治す自信・重度の痛みの患者さんの割合・月に診る患者数を同時に入れた多重ロジスティック回帰。有意水準は P < .05
回答は113人(回答率76.4%)。回答のあった110人中、直近12か月に顎関節症の痛みの患者さんを診ていたのは89人(80.9%)で、月に診る人数は平均1.9人(SD 1.8)でした。男性が83.6%(92人)、卒後年数は平均19.4年(SD 11.0)です。割合の分母は項目ごとに回答のあった人数で、この記事でも、その都度書きます。
・自信がある:28人(31.5%)
・どちらでもない:39人(43.8%)
・自信がない:22人(24.7%)
診ている患者さんのうち重度の痛みの人の割合は、平均10.7%(SD 11.5)でした。
③診査の流れは、ほぼ共通していた
診断のための問診と診査は、歯科医師の間でよく似ていました。次の割合は、「たいてい」または「いつも」行うと答えた人の割合です。
・「こめかみ・顔・顎関節・顎に痛みはありますか?」:98.9%(88人)
・「口を大きく開けると痛みますか?」:98.9%(88人)
・「噛むと痛みますか?」:88.8%(79人)
・「食いしばりや歯ぎしりで痛みますか?」:79.5%(70人/回答88人)
診査(回答87人)
・顎関節の触診:96.6%(84人)
・顎の筋肉の触診:92.0%(80人)
・開口制限の確認:92.0%(80人)
・運動時痛の有無の確認:90.8%(79人)
・関節雑音の確認:86.2%(75人)
・咬合の状態の確認:88.5%(77人)
(表2の問診4項目・診査6項目をすべて掲載)
患者さんの訴えとして、「たいてい」または「いつも」報告されていた症状は、顎の痛み68.1%(回答88人)、開閉口の障害59.8%(回答87人)、顎関節の雑音51.7%(回答87人)の順でした。
④結果1:治療の中心は元に戻せる方法。ただ、咬合調整も半数を超えた
いちばん多かったのはスプリントやマウスガード(96.5%、82人)、次いで薬(84.7%、72人)とセルフケア(69.4%、59人)です。そして、咬合調整を行うと答えた人が57.6%(49人)。運動療法(58.8%)とほぼ同じ割合でした。理学療法士への紹介は4.7%(4人)でした。
・スプリント:硬いカスタムマウスガード 40.0%(85人中34人)、軟らかいカスタムスプリント 19.3%(83人中16人)、前方整位型スプリント 3.8%(79人中3人)
・薬:処方薬のロキソプロフェンナトリウム 37.9%(87人中33人)、ジクロフェナクナトリウム 8.5%(82人中7人)、イブプロフェン 7.2%(83人中6人)。市販薬は、最も多いアセトアミノフェンでも1.2%(83人中1人)
・セルフケア指導:「食いしばりや歯ぎしりを避ける」75.0%(88人中66人)、「顎の筋肉の力を抜く」64.8%(88人中57人)、「痛みの引き金を見つける」59.8%(87人中52人)
注意したいのは、図の割合と内訳の割合は、聞き方が違うことです。図は「その治療を選ぶか」という複数回答、内訳は「どのくらいの頻度で」という質問への答えです。たとえばスプリントは96.5%が選ぶ一方、硬いカスタムマウスガードを「たいてい」または「いつも」すすめるのは40.0%です。2つの数字は、並べて比べないでください。
原著は、最もよくすすめられた硬いカスタムのスタビライゼーション型スプリントは、日本のガイドライン(咀嚼筋痛にはスタビライゼーション型のスプリントを勧める、Grade 2C)と一致する、と述べています。また、米国の先行研究では、理学療法士への紹介は35%でした。著者らは、この差は医療制度や職種間の教育の違いによるのかもしれない、と述べています。
⑤結果2:咬合調整を選ぶことと関連していた2つの要因
・急性の痛みを治す自信がない:「自信がある」を基準にして、オッズ比 5.60(95%CI 1.260–24.861、P = .024)。「どちらでもない」は 0.76(0.239–2.437、P = .648)で、有意ではなかった
・重度の痛みの患者さんの割合:オッズ比 0.95(95%CI 0.909–0.999、P = .047)。原著はこの変数を連続変数として扱っている。割合が高い歯科医師ほど、咬合調整を行うと答えにくい、という向きの関連
・性別、卒後年数、月に診る患者数は、有意な関連がなかった(P = .234、.939、.092)
・モデル全体の予測の正確さは 66.7%
オッズ比は「何倍なりやすいか」とは別の指標なので、この記事では「倍」と書きません。さらに、咬合調整を行うという答えは約6割と多く、このような場合、オッズ比はリスク比(割合の比)より大きめの数字になります。原著には、自信の有無ごとの咬合調整の割合が載っていないため、リスク比はこの記事では作っていません。
⑥なぜ、自信のなさが関連したのか:著者らの見方
著者らは考察で、いくつかの見方を挙げています。どれも著者らの推測で、この研究で確かめたものではありません。
・自信がないと、介入が必要だと考えがち:治す自信がない歯科医師は、「何かしなければ」という考えにとらわれ、最終的に咬合調整を選ぶのかもしれない
・経験が自信になり、咬合調整を避ける:行動科学の自己効力感の理論では、成功体験が自信を高める。重度の痛みの患者さんを多く診て、治療に成功してきた歯科医師は、ガイドラインにそって咬合調整を避けているのかもしれない
・目的が分からない:咬合調整が、修復処置のあとに生じた明らかな咬合の不調和を取るためなのか、痛みの初期治療としてなのかは、この質問紙では区別できない。著者らは、咬合調整が必要以上に行われている可能性も指摘している
著者らは、この結果から、診療ガイドラインと実際の診療の間に「エビデンスと実践のギャップ」がありうる、と述べています。ただし、横断研究なので、自信のなさが咬合調整を選ばせているのか、その逆なのかは、この研究だけでは分けられません。
⑦明日の臨床へ
・ほとんどの歯科医師が、似た診断の進め方をしていた。治療は、スプリントやマウスガード、薬、セルフケアが中心だった
・半数を超える歯科医師が、顎関節症の痛みに咬合調整を行うと答えた
・咬合調整を行うという答えは、急性の痛みを治す自信がないことと、重度の痛みの患者さんの割合と、有意に関連していた
・ガイドラインと実際の診療の間に「エビデンスと実践のギャップ」がありうる。咬合調整の害と利益について、とくに最初の選択として使う場合の研究が必要
・咬合調整の「目的」を分けて考える。修復のあとの明らかな咬合の不調和を取るのか、痛みの初期治療として行うのか。原著の質問紙では区別できていない。自院では、目的をカルテに書き分けておくと、あとから振り返りやすい
・迷ったときの順番を決めておく。「何かしなければ」という気持ちが関連していたかもしれない、と著者らは考えた。急性の痛みで迷ったときは、元に戻せる方法(スプリント、薬、セルフケアの指導)から選ぶ、という順番を院内で共有しておく
・自信は経験から育つ。この調査では、診査の型(問診と触診)はほぼ揃っていた。次は、経過を振り返る機会を作って、治った症例・治らなかった症例を共有する、というのが一案
横断研究なので、関連の向きは決められません。また、咬合調整の目的(修復後の調整か、痛みの初期治療か)を質問紙で区別しておらず、「咬合調整を行う」という答えがすべて初期治療だったとは言えません。質問文も、原著の本文では「すすめる」「行う」の表現が混ざっています。
統計では、「自信がない」と答えた人は診ていた89人中22人で、解析に入ったのは81人です。オッズ比 5.60 の信頼区間は 1.260–24.861 と広く、大きさは幅をもって読む必要があります。原著には自信の有無ごとの咬合調整の割合が載っておらず、リスク比は計算できません。重度の痛みの割合のオッズ比 0.95 も、信頼区間の上限が 0.999 とぎりぎりです。連続変数の単位は、原著に書かれていません。
それでも、「JDPBRNに参加する日本の歯科医師は、顎関節症の痛みにこう対応していると答えた」という実態を、米国の先行研究と同じ質問紙で示した1本です。治療の中心は元に戻せる方法で、診査の型もそろっていました。そのうえで、咬合調整を行うという答えが半数を超え、治す自信のなさと関連していた。自院の診療を振り返る、よいきっかけになります。
今日のひとこと
この調査が示したのは、研究ネットワーク(JDPBRN)に参加する日本の歯科医師では、診査と治療は、スプリント・薬・セルフケアを中心に揃っている一方、咬合調整を行うと答えた人も57.6%いて、それが「急性の痛みを治す自信がない」ことと有意に関連していたということです。ただし、自己申告にもとづく横断研究なので、原因と結果は分けられません。歯科が持ち帰れるのは、咬合調整の目的を分けて記録し、迷ったときは元に戻せる方法から選ぶ順番を院内で共有しておきたいという姿勢です(ここは筆者の読みです)。113人の自己申告で、オッズ比の信頼区間も広いため、数字は幅をもって読む必要があります。


