口腔顔面痛|抜髄・根管治療・再治療・歯根端切除を重ねても消えなかった歯の痛みの症例を題材に、非定型歯痛を神経障害性疼痛として説明し、歯科医院での向き合い方を述べた解説(Greene と Murray 2011・JADA)
抜髄しても、根管治療をやり直しても、痛みが消えない。患者さんは「隣の歯が痛い」と言い始める。この解説は、そんな症例を題材に、非定型歯痛を神経障害性疼痛(神経そのものの病変や病気で起きる痛み)として説明しています。著者らが示した仕組みの1つは、歯髄炎や根管治療で根尖近くの神経が傷つき、ふつうは治るものの、ときに神経が過敏になり、一部の人では刺激がなくても信号を出すことがある、というもの。題材の症例は、歯科医が患者さんを慢性の神経障害性疼痛の医学的な管理へ紹介して解決しました。著者らが歯科医に伝えたいのは、歯科処置を重ねる流れに引き込まれないこと。痛む場所への処置をくり返しても痛みは取れず、多くの場合、処置のたびに悪くなる、と書いています。
①根管治療をしたのに、痛みが消えない
抜髄をした。根管治療もした。レントゲンにも問題は見当たらない。それでも患者さんは「まだ痛い」と言い、やがて「隣の歯も痛い気がする」と言い始めます。
次は隣の歯を開けるのか。再根管治療か。それとも抜歯か。
この論文は、米国歯科医師会雑誌(JADA)の連載「Pain Update」に載った2ページの解説です(2011年)。著者は、イリノイ大学シカゴ校の Greene 先生(この連載の編集担当)と、シドニー大学の Murray 先生。まさにこの場面の症例から話が始まります。
・処置で消えない歯の痛みの中には、神経障害性疼痛(神経そのものの病変や病気で起きる痛み)がある。非定型歯痛と呼ばれてきた
・著者らが示した仕組みの1つ:根尖近くの神経の傷はふつうは治るが、ときに神経が過敏になり、一部の人では刺激がなくても信号を出すことがある
・痛む場所への処置をくり返しても痛みは取れず、多くの場合、処置のたびに悪くなる
・歯科医へのメッセージ:歯科処置を重ねる流れに引き込まれない。口腔顔面痛の専門家へ、早めに紹介する
②題材の症例:処置を重ねても、痛みは動かなかった
著者らが示した症例は、こうです。
新しく来院した患者さん(女性)は、左下の臼歯部の痛みが6か月続いていました。う蝕はほとんどなく、修復は数歯の咬合面だけです。
最初の診断は、左下第一大臼歯の歯髄炎。抜髄も根管治療も、痛みを取れませんでした。患者さんは「痛いのは隣の歯だ」と確信していて、歯科医はその歯も開けることに同意します。結果は同じでした。
歯内療法の専門医が2本とも再治療し、1本には歯根端切除まで行いましたが、改善はありません。患者さんは今、その部位のほかの歯が痛みの元だと確信し、治せなかった前の歯科医たちに怒りを感じています。
読んでいて胸が痛くなる経過です。誰も手を抜いていません。それでも痛みは動かなかった。
③痛みには2種類ある:侵害受容性と、神経障害性
著者らはまず、痛みを2つに分けます。
・侵害受容性の痛み:末梢の組織への有害な刺激が、痛みの受容器を直接働かせて起きる急性の痛み。受容器が直接働くことから、こう呼ばれることが多い
・神経障害性の痛み:触覚・圧覚・痛覚・温度覚を体から脳へ伝える神経そのものの病変や病気の結果として起きる。理由が分からないまま、まったく自然に起きることもある
ここは筆者の補足です。前者は、刺激のもとになっている組織に働きかける処置が理にかなっています。後者は、痛みのもとが神経のほうにあるので、組織への処置だけでは解決しにくいと考えられます。
著者らは、題材の症例をこの神経障害性疼痛の一種である可能性が高いと見ています。過去には「幻歯痛」「非定型顔面痛」と呼ばれ、近年は非定型歯痛(atypical odontalgia)と呼ばれることが最も多い、と説明しています。
④仕組み:傷ついた神経が、ときに自分から信号を出すことがある
著者らは、題材の症例で起きていた可能性のある仕組みを1つ、図で示しています。ほかの研究者も述べてきた仕組みです。
・最初の歯髄炎や根管治療で、根尖近くの痛みの神経が傷つくことがある
・この種の傷は、根管治療や抜歯のあとふつうは問題なく治り、痛みは残らない
・しかしときに、求心路遮断の反応が始まり、根尖の神経が過敏になる
・一部の患者さんでは、理由は分からないが(遺伝的な要因の可能性)、神経腫という神経組織のかたまりができる
・神経腫の中の神経線維は、活性化したグリア細胞と免疫細胞によって感作され、自発的に信号を出すことがある
・痛みを中継する三叉神経節と三叉神経脊髄路核の尾側亜核も感作されることがあり、自発痛をさらに強め得る
つまり、感染がすべて取り除かれ、その場所が「治った」あとでも、患者さんは自発痛を感じ得ます。見つけられる末梢の病変がないのに、神経の異常な自発活動が続き、痛みが続くことがある、という説明です。
では、なぜ隣の歯まで痛くなるのか。著者らは、ほかの歯の歯痛のような症状は関連痛の現れである可能性が高く、脳の神経可塑的な変化が関わる、と説明しています。筆者の読みでは、患者さんの「隣の歯が痛い」は嘘でも気のせいでもなく、痛みの場所の情報がずれている可能性がある、ということです。
⑤名前も変わろうとしていた
「非定型」という名前は、何の病気なのかを語っていません。著者らによると、国際疼痛学会(IASP)の口腔顔面痛の分科会が、この用語を見直していました。
診断の基準として挙げられた3つ
・慢性で、持続する痛み
・歯と歯槽部に限局した痛み
・ほかの病気によらない痛み
著者らは、これを口腔顔面痛の用語全体の大きな見直しの一部と位置づけています。
⑥明日の臨床へ:引き込まれない、早くつなぐ
題材の症例は、歯科医が患者さんを慢性の神経障害性疼痛の適切な医学的管理へ紹介して解決した、と著者らは書いています。
・こうした場面で、いくつもの歯科処置を行う流れに引き込まれないよう用心する
・患者さんは、痛みが特定の歯にあると確信していて、その訴えには説得力がある。しかしほとんどの場合、歯の所見はそれを裏づけない
・痛む場所への処置をくり返しても痛みは取れず、多くの場合、処置のたびに悪くなる
・この種の問題が疑われる患者さんには、口腔顔面痛の専門家に診てもらう必要があると伝える。遅くなるより、早いほうがいい
・管理を担えるのは、正式な卒後研修を受けた口腔顔面痛・口腔内科の専門家、神経内科医、痛みを専門とする医師
・処置の前に、歯の所見が痛みを説明できるかを確かめる。打診・温度診・画像のどれも決め手にならないとき、「とりあえず抜髄」に進まない
・1回処置して変わらなかったら、立ち止まる。2本目、3本目へ進む前に、神経の痛みの可能性を考える
・患者さんには「歯に問題が見つからない=痛みが嘘」ではないと伝える。痛みは本物で、出どころが歯ではない可能性がある、という説明が、その後の紹介を受け入れてもらう土台になる
仕組みの説明は、著者ら自身が「可能性のある仕組みの1つ」と書いているとおり、神経障害性疼痛の総説や教科書をもとにした説明です。題材の症例でその仕組みを確かめたわけではありません。症例の結末も「解決した」の一言で、どんな管理を受けたのかは書かれていません。
用語については、原著が紹介した新しい名前の案のあとも見直しが続いており、その後の文献では別の名前も使われています(ここは筆者の補足です)。
それでも、「処置で消えない歯の痛み」を前にしたときの考え方の順番を、2ページで渡してくれる解説です。次の処置の前に、一度立ち止まる。その根拠として手元に置いておきたい1本です。
今日のひとこと
この解説が伝えているのは、処置をしても消えない歯の痛みの中には、歯ではなく神経そのものが痛みを出しているものがあるということです。著者らは、痛む場所への処置をくり返しても痛みは取れず、多くの場合は処置のたびに悪くなる、と書いています。歯科が持ち帰れるのは、歯の所見が痛みを説明できないときは、次の処置ではなく、口腔顔面痛の専門家への早めの紹介を考えること。研究データを示した論文ではなく、専門家の解説であることは踏まえて読みます。


