口腔顔面痛|非定型歯痛の患者さん46人と、年齢・性別・抜歯歴をそろえた対照35人で、口の中の感覚を定性の診察と定量的感覚検査(QST)で比べた症例対照研究(List ほか 2008・Pain)
根管治療や抜歯のあとの場所が半年以上痛むのに、診察でも画像でも原因が見つからない非定型歯痛。当時の国際頭痛学会の分類は「特徴的な感覚の異常は無い」としていました。この研究は、患者さん46人と対照35人の口の中で、痛む側と反対側の感覚を比べました。綿棒・冷やした器具・つまようじで左右を比べる簡単な診察で、異常があった人は85%対14%。器具で測る検査でも、触覚・刺す痛み・押す痛み・なでる/振動で増える痛みの左右差は対照より大きく、異常は「過敏」と「鈍さ」の両方向に出ていました。口から遠い手のひらにも差があり、著者らは末梢と中枢の感作、さらに痛みの神経系全体の不調が関わる可能性を挙げています。
①「原因不明の歯の痛み」は、診察で何も見つからない?
根管治療をした歯、抜いたあとの場所が、半年以上痛い。打診も、歯周ポケットも、デンタルX線写真も異常なし。こうした非定型歯痛(atypical odontalgia)は、「診察でも画像でも何も見つからない痛み」として扱われがちです。
実際、この論文が出た当時の国際頭痛学会の分類は、非定型歯痛を「持続性特発性顔面痛」の一種とし、特徴的な感覚の異常は無いと明記していました。
では本当に、痛む場所の感覚には何も起きていないのか。この論文は、非定型歯痛の患者さん46人と、年齢・性別・抜歯歴をそろえた対照35人の口の中で、感覚を細かく測り比べた症例対照研究です(スウェーデン)。
・綿棒・冷やした器具・つまようじによる簡単な診察で、左右を比べて感覚の異常があった人は非定型歯痛85%・対照14%(対照は左右で比較)
・異常は「過敏」だけではない。感じにくい(鈍い)側の変化も多く、むしろやや多い傾向で、一人ひとり組み合わせが違った
・器具で測る定量的感覚検査(QST)でも、触覚・刺す痛み・押す痛み・なでる/振動/繰り返し刺激で増える痛みの左右差は、対照より大きかった。温冷の閾値の左右差の大きさには群間差がなかった
・口から遠い手のひらでも、押す痛みを感じ始める圧と冷たさを感じ始める温度に、対照との差があった
②「神経障害性の痛み」なら、感覚に跡が残るはず
非定型歯痛の患者さんの多くは、根管治療や抜歯のあとに痛み始めたと話します。そのため以前から、処置で神経が傷ついたことによる神経障害性の痛みではないか、と考えられてきました。
神経障害性の痛みには共通の特徴があります。感覚が鈍くなる(低下)か、過敏になるか、ふつうは痛くない刺激で痛むアロディニアが出るか、繰り返しの刺激で痛みが積み上がるか。非定型歯痛でも「痛む場所が過敏」という報告はありましたが、近い病気の非定型顔面痛では「感覚の異常は無かった」という報告もあり、結論は割れていました。
そこで著者らは、「非定型歯痛が神経障害性の痛みなら、痛む場所の感覚に乱れが見つかるはずだ」という仮説を立て、口の中の感覚を系統的に調べました。
③今回の一手:痛む側と反対側を、9項目で測り比べる
対象は、スウェーデンの口腔顔面痛クリニック4施設に来院した、連続した非定型歯痛の患者さん46人(女性39人・男性7人、平均56歳、31〜81歳)。痛みの期間は平均7.7年(1〜30年)、痛みの強さは0〜10で平均5.6でした。
比べる相手は、一般歯科に通う痛みの無い35人(女性24人・男性11人、平均59歳)。年齢と性別に加えて抜歯の経験もそろえているのがこの研究の工夫です。抜歯は神経の末端を切ることでもあるので、「抜歯したから感覚が変わった」だけの差を除きたかったわけです(性別の構成には有意差なし)。
・除いた病気:三叉神経痛、帯状疱疹、根尖性歯周炎、上顎洞炎、群発頭痛など
・簡単な診察(定性):歯肉に、氷水で冷やした歯科用スパチュラ・先の尖ったつまようじ・綿棒を当て、痛む側と反対側で「鈍い/同じ/過敏」を判定
・定量的感覚検査(QST):細いナイロンの毛(フォン・フレイ・フィラメント)で触覚と刺す痛みの閾値、圧痛計で押す痛みの閾値、綿棒でなでる・電動歯ブラシを当てる・細い毛で繰り返しつつくときに増える痛み、温かさ・冷たさ・熱痛の閾値の9項目
・手のひら:口から離れた母指球でも、押す痛みと温冷の閾値を測った
・いつも痛くない側から先に検査した
④結果:簡単な診察で、85%に異常が見つかった
まずは、綿棒・冷やした器具・つまようじによるチェアサイドの簡単な診察の結果です。
つまようじで刺したときの痛覚は67.4%対11.4%、冷やした器具への冷覚は47.8%対8.6%、綿棒で触ったときの触覚は46.5%対2.9%。そして、何らかの異常があった人は85%対14%でした(原著はこの85%の内訳の定義を明記していません)。
興味深いのは、その中身です。つまようじの痛覚では鈍い人が37.0%、過敏な人が28.3%。冷覚でも鈍い人が32.6%と、過敏な人(13.0%)より多くいました(触覚だけは過敏19.6%・鈍い17.4%と逆向き)。著者らも、感覚が鈍くなる方向の変化のほうがやや多い傾向だったと書いています。「非定型歯痛=痛む場所が過敏」と一括りにはできない、ということです。
⑤器具で測っても、左右差は対照よりはっきり大きかった
次に、器具で数値を取る定量的感覚検査(QST)です。非定型歯痛の患者さんの痛む側と反対側の平均を比べると、押す痛みの閾値(79.3対99.5 kPa)、なでる・振動・繰り返し刺激で増える痛み、熱痛の閾値(47.9℃対49.2℃)に有意な差がありました。一方、触覚・刺す痛みの閾値、温かさ・冷たさの閾値は、平均では差がありませんでした。対照では、どの項目にも左右差はありません。
ところが、左右差を「大きさ」だけで比べると、見え方が変わります。
繰り返しつつくと積み上がる痛み(19.2対7.1)、電動歯ブラシの振動で増える痛み(18.2対1.1)、綿棒でなでると増える痛み(8.2対0.4)。グラフ以外でも、押す痛みの閾値(29.6対13.9 kPa)、平均では差が出なかった触覚と刺す痛みの閾値でも、左右差の大きさは非定型歯痛のほうが有意に大きくなっています。温かさ・冷たさ・熱痛の3項目だけは、群間差がありませんでした。
平均では差が消え、差の大きさでは差が出る。理由は④と同じで、過敏な人と鈍い人が混ざっていて、平均すると打ち消し合うからだと著者らは読んでいます。実際、一人ひとりの結果を並べると、対照の95%範囲を「過敏」側に外れる人も「鈍い」側に外れる人もいて、年齢による偏りはありませんでした。
もう1つの発見は、口から遠い手のひら(母指球)です。押す痛みを感じ始める圧は317対426 kPa(P=0.02)で、非定型歯痛のほうが低い圧で痛がりました。冷たさを感じ始める温度も21.8℃対24.8℃(P<0.001)で、こちらは非定型歯痛のほうがより冷たくならないと気づかない=鈍い方向の差でした(温かさと熱痛は有意差なし)。手のひらでも、過敏と鈍さの両方が見えたことになります。
まとめとして原著は、非定型歯痛の患者さんの94%に何らかの感覚の異常があったと書いています(定義は明記されていませんが、簡単な診察と器具の検査を合わせた値と読めます)。また78.3%は、器具の検査と簡単な診察の両方で対照と違う結果が出ていました。
⑥なぜ「過敏」と「鈍さ」が同居するのか
著者らは、検査ごとにどの神経線維を見ているかから、次のように読み解いています。
押す痛みの閾値が下がる方向(過敏)に傾いていたことは、痛む場所の末梢の神経が過敏になっている(末梢性感作)ことを示すかもしれない。繰り返し刺激で積み上がる痛みや、なでる・振動で痛むアロディニアが大きかったことは、一部の患者さんで脳や脊髄側の神経が過敏になっている(中枢性感作)ことを示すかもしれない。
では、なぜ鈍さも出るのか。神経障害性の痛みの中心には、神経が傷ついて信号が届きにくくなる「感覚の喪失」があります。ところが、その喪失がきっかけとなって神経の再生や抑制の外れが起こり、今度は過敏が生まれる。過敏が前に出ると、喪失の部分が隠れてしまうこともある、と著者らは説明しています。論文では3人の患者さんの感覚プロフィールを並べ、「触覚は過敏なのに冷覚は鈍い」「なでる・振動で痛むアロディニアと、温かさ・熱痛の鈍さが同居」「触覚も刺す痛みも鈍い」と、三者三様であることを示しています。
そして手のひらの結果。口から離れた場所の感覚まで変わっていたことは、痛む場所だけの問題では説明できません。著者らは、痛みを抑える脳からの下行性の仕組みと、増幅する仕組みのバランスの乱れなど、痛みの神経系全体の不調も関わっている可能性を挙げています。
著者らは序論で、以前の二重盲検の対照試験で局所麻酔による痛みの軽減が限られていたことなどを挙げ、末梢からの信号だけでなく、より中枢の神経の感作が関わる可能性に触れています(その試験は別記事で解説)。今回の結果は、その見方と噛み合います。
⑦明日の臨床へ
この研究は診断法の精度を確かめたものではなく、非定型歯痛の感覚に何が起きているかを記述した研究です。そのうえで、筆者の読みとして持ち帰れそうなことを挙げます。
・左右を比べる診察は、特別な機械が無くてもできる。痛くない側から先に、同じ刺激で左右を比べる。「なでただけで痛い」「電動歯ブラシが響く」「逆に感じにくい」は、どれも記録しておきたい所見
・「過敏」だけを探さない。鈍くなっている人も多く、むしろやや多い傾向だった。感じにくさを「治療がうまくいった証拠」と読み違えない
・処置を重ねる前に、口腔顔面痛の専門家へ。感覚の異常が見つかる持続痛は、歯を削ったり抜いたりして解決する痛みではない可能性がある
⑧ここだけ、冷静に補助線
患者さんは専門クリニックから、対照は一般歯科から集めていて、選ばれ方が違います。患者群は女性の割合が高く(85%対69%、性別の構成に有意差はなし)、検査する人が患者か対照かを知らずに測ったか(盲検化)の記載も見当たりません(ここは筆者の補足です)。
検査は、のちにドイツの研究ネットワークが標準化した手順(QSTプロトコル)より前に行われたもので、一部の検査は方法が異なると著者らも書いています。多くの項目を比べていますが、多重比較の補正についての記載は見当たりません。
また、原著の表には、触覚と痛覚で内訳(鈍い・過敏・アロディニア)を足しても合計欄の値にならない箇所があります。本記事は表と本文の値をそのまま載せています。
それでも、「非定型歯痛には特徴的な感覚の異常は無い」とされていた時代に、対照を置いて異常を数字で示した研究です。「原因不明の歯の痛み」を前にしたとき、まず左右を比べて触ってみる。その一手の根拠になる1本です。
今日のひとこと
この研究がはっきり示したのは、「原因不明の歯の痛み」でも、痛む場所の感覚には多くの場合、異常が見つかるということです。綿棒・冷やした器具・つまようじで左右を比べる簡単な診察で、非定型歯痛の85%に異常があり、対照は14%でした。しかも異常は過敏だけでなく鈍さの方向にも出て、一人ひとり組み合わせが違った。歯科が持ち帰れるのは、画像で何も無くても、痛くない側から先に左右を比べて触ってみること。そして感覚の異常を伴う持続痛では、処置を重ねる前に口腔顔面痛の専門家を考えることです。


