1問1答 論文 痛み・口腔顔面痛

顎関節症が治りきらない人は「かみ合わせ」ではなく「なりやすさ」が違う?——遺伝・環境・行動の3つが重なるところで起きる、という見方(2006年の総説)

1問1答 論文 痛み・口腔顔面痛

口腔顔面痛|一次医療ではさまざまな治療で多くが良くなるのに、専門外来に回ってくる人はどの治療でも良くならない——その食い違いを「遺伝的な脆弱性と中枢神経」のモデルで説明し直そうとした総説(Stohler 2006・J Evid Based Dent Pract)

スプリントも調整も薬も試した。それでも顎の痛みが続き、あちこちの医院を回ってきた患者さん。メリーランド大学の顔面痛クリニックのStohler先生は、こうした人たちの特徴を文献から並べ直しました。一般の歯科など一次医療では75〜95%がさまざまな治療で良くなる一方、治療の差はつかない。大学の専門施設に来る人は女性が90%超(地域・一次医療では50〜60%)で、全身のあちこちに症状を抱えやすい。これを「かみ合わせ」という1つの原因では説明できないとして、遺伝で決まる脆弱性・リスクを高める行動・環境のリスク因子の3つの重なりと、体に備わった痛みを抑える仕組み(μオピオイド系)の個人差で考え直そうと提案した総説です。モデル遺伝子として紹介されるのがCOMT。実験的な痛みの研究では、酵素の働きが弱い型(met/met)の人が痛みを強く報告しやすかった。また、女性はCOMTの活性が20〜30%低いとされます。新しいデータを示した研究ではなく、2006年時点の仮説の提案として読むのがちょうどよい論文です。

論文
TMJD 3: A Genetic Vulnerability Disorder With Strong CNS Involvement
著者
Christian S. Stohler(University of Maryland Dental School, Brotman Facial Pain Clinic、米国ボルチモア)
掲載
J Evid Based Dent Pract 2006;6(1):53-57. doi:10.1016/j.jebdp.2005.12.005
種類
ナラティブ総説(論説)。連載欄「Are We Practicing According to the Evidence?」の1本。著者が既存の研究(臨床試験・疫学・実験的疼痛研究・動物研究など引用24本)を選んで論じたもので、系統的な文献検索や新しいデータの提示はない。図は概念図3枚(3因子の重なり/地域・一次医療・専門施設の患者像/遺伝子とたんぱく質の働きの低下)
PMID
17138398

①治療を重ねても良くならない顎関節症を、どう考えるか

顎関節症の患者さんの多くは、スプリントや生活指導で落ち着いていきます。ところが一部に、何をしても良くならず、医院を転々としてきた人がいます。そういう人を前にすると、「かみ合わせの調整がまだ足りないのか」「もっと別の装置を」と考えたくなります。

この総説の著者、メリーランド大学の顔面痛クリニックのStohler先生は、そこで立ち止まろうと呼びかけます。かみ合わせと顎関節症の関係をめぐる議論はずっと続いてきたが、いまの説明の仕方では、実際に観察されている事実とうまく噛み合わない。だから論文の「考察」ではなく「方法」と「結果」に立ち返って読み直し、新しい説明モデルを試すべきだ、という主張です。

結論を先に書きます。
・一般の歯科など一次医療では、さまざまな治療で75〜95%が良くなる。ただし、どの治療がほかより明らかに優れる、ということはない
・専門施設に回ってくる人は、どの治療でも大きな改善が得にくく、女性の割合が90%超(地域・一次医療では50〜60%)で、全身の併存症も多い=別の集団かもしれない
・著者は、顎関節症を遺伝で決まる脆弱性・リスクを高める行動・環境のリスク因子の3つが重なって起きるものとし、体に備わった痛みを抑える仕組みの個人差が大きく関わると提案した
・その「モデル遺伝子」がCOMT。ただし顎関節症は1つの遺伝子では決まらず、多くの遺伝子が少しずつ関わると考える
・新しいデータを示した研究ではなく、2006年時点の仮説の提案である

②一次医療では「さまざまな治療で良くなる」、でも「差はつかない」

出発点は、治療成績の奇妙な揃い方です。一次医療の顎関節症の患者さんでは、スプリント、咬合調整、温罨法、各種の薬、矯正、補綴、外科、理学療法、リラクセーション、鍼、バイオフィードバック、心理・食事のカウンセリングなど、実にさまざまな治療で75〜95%が良くなるとされます。それぞれの治療には独自の理屈があるはずなのに、どれかが明らかに勝つ、ということがありません。著者は、一次医療でも専門施設でも治療成績が似通うことから、治療同士が違うのは安全性であって、効果ではないと読みます。

著者が例に挙げるのが、スプリントのランダム化比較試験(Dao 1994)です。患者さんを盲検で3群に分けました。

  • 受け身の対照:全歯列を覆うスプリントを、来院時の30分だけ装着
  • 能動的な対照:口蓋だけを覆うスプリントを24時間装着
  • 治療群:全歯列を覆うスプリントを24時間装着

結果は、3群とも痛みが時間とともに有意に下がり、生活の質も良くなりました。しかしどの評価項目でも、3群の間に有意な差はありませんでした。「効くはずの成分」を抜いた治療でも、本物と同じくらい良くなったわけです。先ほどの読みを裏づける例として挙げられています。

③専門施設に来る人は、そもそも「別の集団」かもしれない

ところが大学などの専門施設(三次医療)になると、話が変わります。期待は高いのに、どの治療も大きな改善を生みにくい。しかも効かなかった治療の数が増えるほど、次の治療で良くなる見込みは下がっていく。本物の治療も、一次医療ではそれなりに効くプラセボも、ここでは効きにくいのです。ふつう「持続性」「慢性」と呼ぶのは、治療(典型的には2回を超えて)を行っても症状が消えない場合だ、と著者は書きます。

治療への反応だけではありません。患者像そのものが違います。

同じ「顎関節症」でも、来る場所で患者像が違う 地域・一般の歯科(一次医療) 大学の専門施設(三次医療) 女性の割合 50〜60% 90%超 治療への反応 さまざまな治療で75〜95%が改善 ただし治療同士の差はつかない どの治療でも大きな改善は得にくい 効かなかった治療が増えるほど下がる 顎以外の症状(併存症) 少ない 多い(全身の痛み・睡眠など) 原著Figure 2と本文の記述をもとに作図(数値は著者が既存の文献から示した値)
原著Figure 2と本文の記述をもとに作図。女性の割合は地域・一次医療で50〜60%、大学の専門施設で90%超(原著の引用文献1・4・5による)。一次医療の改善率75〜95%は本文の記述。専門施設側の改善は数値ではなく「大きな改善の見込みが低い」という記述のみ

専門施設の患者さんは圧倒的に女性で、顎や顔だけでなく体のほかの場所にも症状が広がりやすい。著者が挙げる併存症は、睡眠障害、循環器・消化器・生殖器の不調、体重の増減、むくみ、しびれ、発汗やほてり、性欲・意欲・注意・記憶の低下などです。

顎関節症で受診する人全体を見ても、多くは50歳前です。年齢とともに増える変形性関節症とは違い、生殖年齢に多い。女性の生殖年齢に偏るのは、ほかの持続する痛みの病気でも同じだと著者は指摘します。また、顎関節症の大部分は進行せず、症状の強さが時期によって揺れ動く、とも書いています。

ここから著者は問いを立てます。性別と年齢が「最悪のケース」の強い予測因子なら、それはかみ合わせでは説明できない。治療への反応も患者像も違う人たちを、同じ診断名でひとまとめにしてよいのか、と。

④新しいモデル:遺伝・環境・行動の3つの重なり

「顎関節症は多因子性だ」とはよく言われます。しかし著者は、それだけでは研究の道しるべにも、臨床判断の足場にもならないと指摘します。そこで提示するのが、多因子を3つに整理したモデルです。

顎関節症の原因=3つの重なり 発症し やすい 遺伝で決まる 脆弱性 痛みの抑え方・感じ方の個人差 リスクを 高める行動 環境の リスク因子 原著Figure 1をもとに作図(概念図・数値データではない)
原著Figure 1をもとに作図。顎関節症の原因を「遺伝で決まる脆弱性」「リスクを高める行動」「環境のリスク因子」の3つの重なりとして描く。中央の文字は理解のために筆者が加えたもので、原著の図にはない。概念図で、数値データではない

考え方の芯はこうです。痛みのようなストレスが加わると、体のストレス反応の仕組みが動き、感覚・情動・神経内分泌・自律神経の反応が連なって起きる。その出方は人によって違い、遺伝子の組み合わせによって、ある症状は強まり、ある症状は弱まる。ホルモン環境やサイトカインの信号はその「調整役」として働き、生殖年齢の女性に多いことや、症状が日ごとに揺れ動くことを説明できるかもしれない、というのです。

根拠として挙げられるのが、実験的な咬筋の痛みの研究です。感じる痛みの強さを揃えても、体に備わった痛みを抑える仕組み(μオピオイド系)がどれだけ働くかによって、痛みの感覚面・情動面の体験が変わることが示されています。

⑤モデル遺伝子COMT:痛みの報告との関係が示された酵素

では、その「働き具合」の差は遺伝子と結びつくのか。著者が例に出すのが、カテコールアミン(ドパミンやノルアドレナリン)を分解する酵素COMTの遺伝子多型です。アミノ酸の1か所がバリン(val)かメチオニン(met)かで、酵素の熱への安定性が変わり、met型では酵素の働きが3〜4分の1に下がるとされます。

COMT遺伝子の型と、痛みの報告されやすさ 遺伝子の型 酵素(COMT)の働き 痛みの報告(実験的な痛み) val/val 高い met/metより弱め met/val 中間 met/metより弱め met/met 低い 強め met型の酵素は働きが3〜4分の1に低下。女性は男性よりCOMTの活性が20〜30%低い 原著本文の記述をもとに作図(棒の長さは活性の順序を示すだけで実測値ではない)
原著本文の記述をもとに作図。COMTのval158met多型は共優性で、酵素の活性はval/valが最も高く、met/metが最も低く、met/valが中間(引用文献9・10)。痛みの報告は「met/metが、met/valやval/valより強く報告しやすい」という比較で、3段階の順位ではない(実験的な痛みの研究・引用文献11)。女性の活性は男性より20〜30%低い(引用文献16〜19)

2つの型は共優性で、val/valの人は酵素の働きが最も高く、met/metの人は最も低く、met/valはその中間です。そして実験的な痛みの研究では、働きの低いmet/metの人が、met/valやval/valの人より痛みを強く報告しやすかったとされます。この差は脳内のドパミン・ノルアドレナリンの伝達を通じて、先ほどのμオピオイド系の働き具合にも影響すると考えられています。

性差の説明にもつながります。女性のCOMTの活性は男性より20〜30%低いとされ、女性に顎関節症が多く重くなりやすいことを説明できるかもしれません。女性ホルモンの関与については、閉経後にエストロゲンを補充している人は、対照と比べて顎関節症で受診するリスクが最大77%高いという疫学データも紹介されています。

⑥ただし、1つの遺伝子では決まらない

著者は念を押します。COMTは原理を説明するための「モデル遺伝子」であって、顎関節症は1つの遺伝子と環境・行動の掛け合わせで決まるものではない。症状を強める遺伝子も弱める遺伝子もたくさんあり、プロモーター・酵素・輸送体・受容体といったたんぱく質の働きが少しずつ落ちる遺伝子が積み重なるほど、症状の出やすさが増す、と描きます(原著Figure 3)。

さらに、痛みが続くこと自体が体を変えます。持続する痛みのストレスは、中枢と末梢の組織に長く残る変化を起こす。動物では、生まれてすぐの時期のストレスが視床下部・下垂体の働きを生涯にわたって変えたり、新生仔期に足の炎症を経験したラットが成体になってから痛み刺激への反応が大きく変わったりすることが報告されています。

結論で著者は、人によって病気のなりやすさや治療への反応が違い、「原因は1つ」という従来のモデルでは誰が重くなるかを予測できない以上、専門家による文献の読み直しと、新しい説明モデルへの切り替えが必要だとまとめています。

⑦明日の臨床へ

この総説は遺伝子検査を勧めるものではありませんし、明日から使える新しい治療を示すものでもありません。それでも、診療室での見方は変えられます。以下は、原著の論理をもとにした記事としての提案です。

  • 何度も治療が効かなかった人ほど「別の集団かもしれない」と考える。一次医療で効くはずの手を重ねても、専門施設に来るような人では改善の見込みが下がっていく、というのが著者の読みです
  • 顎の外にも目を向ける。ほかの場所の痛み、睡眠、消化器の不調、気分や集中力の変化などを問診で拾うと、その人が「全身の痛みの一部」として顎の痛みを抱えているかが見えやすくなります
  • 治療同士の差が「効果」ではなく「安全性」なら、安全性で選ぶ。ここまでは著者の読みです。そこから一歩進めて、かみ合わせを大きく削る・変えるような元に戻せない処置を足す前に、この原則を思い出したい、というのは記事としての提案です
  • 患者さんへの説明を変える。「かみ合わせが悪いから」ではなく、「痛みの感じ方には生まれつきの個人差があり、ストレスや生活のしかたも重なって続きやすくなる。多くは進行せず、波がある」と伝えるほうが、この論文の見方に沿っています
ここだけ、冷静に補助線これは1人の専門家が既存の研究を選んで論じたナラティブ総説で、系統的な文献検索もしておらず、新しいデータも示していません。記事中の数字(75〜95%、女性90%超、活性20〜30%低い、最大77%など)は、著者が既存の文献から示した値で、この論文で確かめたものではありません(75〜95%には出典の明示もありません)。COMTと痛みの話は実験的な痛みの研究が中心で、顎関節症の患者さんでCOMTの型が発症や治療の反応を予測するかは、この論文の時点では示されていません。スプリント試験の話も1本の試験を例にしたものです。とはいえ、「治りきらない人は別の集団かもしれない」「原因は1つではない」という問題提起は、今も診療の見方として役に立ちます。

今日のひとこと

この総説がいちばん言いたいのは、治りきらない顎関節症を「かみ合わせ」1つの原因で説明するのはもう無理があり、人によって違う「なりやすさ」(遺伝で決まる脆弱性)と、環境・行動が重なった結果として見るべきだということです。一般の歯科などではさまざまな治療で75〜95%が良くなるのに治療の差はつかず、専門施設に来る人は女性が90%超で全身の症状を抱えやすい。歯科が持ち帰れるのは、何度も治療が効かなかった人ほど「別の集団かもしれない」と立ち止まり、全身の痛みや睡眠などの併存症まで目を向け、効果に差がないなら安全性で治療を選ぶことです。

Stohler CS. TMJD 3: a genetic vulnerability disorder with strong CNS involvement. J Evid Based Dent Pract. 2006;6(1):53-57. doi:10.1016/j.jebdp.2005.12.005. PMID: 17138398
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。