口腔顔面痛|非定型歯痛(AO)の患者38人と健常者27人で、痛み専用の電極によるまばたき反射と、口の中のカプサイシンによる疼痛抑制を比べた神経生理学研究(Baad-Hansen ら 2006・Exp Brain Res)
根管治療は終わり、画像にも異常はない。それでも痛みが続く——非定型歯痛(AO)は「幻の歯の痛み」とも呼ばれ、特別な診断検査がなく、仕組みもわかっていない痛みです。この研究は、三叉神経から脳幹を通るまばたき反射を、痛みを伝える線維を選んで刺激する電極で調べました。結果、AO患者38人では健常者27人より、刺激と同じ側の反射(R2i)が小さく(P=0.046)、立ち上がりが遅かった(P=0.031)。しかも痛む側と痛まない側で差がなく、変化は左右両側に見られました。一方、口の中に貼ったカプサイシンの痛みで反射や痛みが抑えられる割合は、患者と健常者で差がありませんでした。著者らの結論は「神経障害性の仕組みを証明はしないが、否定もしない」です。
①根管治療は終わった。画像もきれい。それでも痛い
根管治療をやり直した。デンタルでもCTでも、根尖に病変は見当たらない。それでも患者さんは「ずっと痛い」と言う。抜歯したあとの、もう歯のない場所が痛むこともあります。
こうした痛みは非定型歯痛(atypical odontalgia:AO)と呼ばれ、「幻の歯の痛み(phantom tooth pain)」と表現されることもあります。原著の序論によれば、AOを確かめる特別な診断検査はなく、痛みの仕組みもわかっていない。有力な仮説は神経障害性疼痛だ、というのが2006年当時の立ち位置でした。
この研究の答えを先に書きます。AOの患者群では、脳幹を通る「まばたき反射」が健常者より平均して小さく、立ち上がりも遅かった。ただし、口の中の急な痛みで調べた範囲では、「痛みを抑える仕組み」は健常者と同じ程度に作動していた。そして著者ら自身が、この結果は神経障害性の仕組みを証明するものではないが、その可能性を否定するものでもないと結んでいます。
②なぜ「神経の痛み」が疑われてきたのか
原著の序論が挙げる手がかりは次のとおりです。
・発症は、抜歯や根管治療のあとなど、三叉神経の一次求心線維が断たれた(求心路遮断)あとに続くことが多い
・過去の報告では、根管治療を受けた歯の3〜6%に生じるとされる(原著が引用する別の研究の数字)
・根管治療や抜歯では、神経の標的である歯髄そのものが失われ、神経の治癒は炎症や感染のある根尖部で進む。動物では、歯髄の喪失と根尖の炎症が重なると、歯根膜の神経叢に神経腫に似た、乱れた枝分かれの軸索ができうる
ただ、疑わしいというだけで、それを確かめる物差しがありませんでした。そこで著者らが使ったのがまばたき反射(blink reflex)です。
③今回の一手:まばたき反射で脳幹をのぞく
顔の皮膚を刺激すると、両目の眼輪筋が反射的に収縮します。この反射は三叉神経から入って脳幹を経由するので、三叉神経領域の痛みの伝わり方を調べる道具になる、と原著は説明します。記録した成分はR2で、刺激した側と同じ側の目の反応をR2i、反対側をR2cと呼びます。
工夫は2つあります。
・口の中のカプサイシン:痛む場所(健常者では抜歯部位)の粘膜と、その反対側の対応する粘膜に、1側ずつ5%カプサイシン30μLを15分間貼り、その痛みの前・最中・後で反射と痛みを測り直した。痛みが別の痛みを抑える内因性の疼痛抑制(DNICのような仕組み)が働くかをみるため
対象は、根管治療または外科処置を受けた永久歯の部位に6か月を超えて痛みが続き、1日の大半が痛み、発作性ではなく、診察でも画像でも組織の異常がないAO患者38人(女性30人・男性8人、平均51.2歳)。歯科医師と神経内科医の両方が診察し、歯原性の痛み・三叉神経痛・群発頭痛などは除外されています。比較した健常者27人(女性18人・男性9人、平均57.5歳)は、年齢・性別・抜歯の経験で組み合わせました。
患者さんの痛みは平均7.3年(2〜13年)続いていて、0〜10のVASで検査当日の痛みが4.5、この1か月の平均が5.3、この1か月で最悪が7.3でした。
④結果:反射は小さく、遅かった
いちばんの所見は、刺激した側と同じ側の反射(R2i)です。
・R2iの立ち上がり潜時が、患者で有意に長かった(P=0.031)
・刺激の強さを決める電気刺激の感覚閾値・痛覚閾値に群の差はなく、電気刺激で感じた痛みの強さにも群の差はなかった(P=0.332)。つまり「患者さんが刺激を弱く感じたから反射が小さかった」わけではない
数字としては40ms前後に対して43ms前後、差は数ミリ秒です。縦軸を0から取ると、その小ささがよくわかります。一方でこの差は、カプサイシンで急な痛みを加えても変わりませんでした。著者らはこれを根拠に、「いま痛いから遅れている」という説明は考えにくいと述べています。
⑤痛む側だけでなく、左右両方
ここがこの研究の読みどころです。痛む側を刺激しても、痛まない側を刺激しても、反射に差はありませんでした(P>0.757)。
さらに、刺激と反対側の反射(R2c)は、全体としては群の差がなかったものの、カプサイシンを塗る前の、痛覚閾値の100%と150%の強さでの刺激では、患者のほうが低かった(群×時点×強さの交互作用 P=0.042)。R2iの所見と合わせて、著者らは変化は左右両側にあると読みます。
もし痛む歯の神経だけが傷んでいるなら、変化は痛む側に偏るはずです。そうならなかったことから、著者らは左右の三叉神経の痛みの経路をつなぐ中枢の結びつきが関わっているのかもしれないと考察しています。動物では、歯髄や三叉神経の求心路遮断のあとに脳幹の三叉神経核群で変性に似た形態変化が報告されている、という背景も添えられています。
ただし著者らは慎重です。刺激は口の外の皮膚に当てたもので、痛む場所より中枢寄りを刺激しているため、末梢だけの変化は検出できない。また神経の過敏性(過興奮)そのものはこの研究では直接評価していない、と明記しています。
⑥痛みを抑える仕組みは、ちゃんと働いていた
2つめの問いは「痛みで痛みを抑える仕組み」です。線維筋痛症のような慢性痛では、この仕組みが弱っているのではと考えられてきました。AOではどうか。
・この抑制は強い刺激(痛覚閾値の150〜300%)ではっきり出た
・そして反射や痛みが下がった割合に、患者と健常者の差はなかった(反射の減少率:P>0.396、痛みの減少率:P=0.820)
つまり、急な痛みをきっかけに働く内因性の疼痛抑制は、AOの患者さんでも健常者と同じ程度に作動していた。原著の考察の言葉を借りれば、中枢の変化を支持する所見はあったが、末梢の変化を直接示すものはなく、内因性の疼痛抑制系の乱れの兆候もなかった、という整理になります。
ひとつ気になるのが上の図です。同じカプサイシンでも、患者さんのほうが痛みを強く感じていました(痛む側7.1・反対側6.5、健常者5.3・5.5)。しかも痛まない側でも高い。ただしこの研究は、その理由を調べる設計にはなっていません。
⑦明日の臨床へ
この研究は、AOの治療法を示したものではありません。そのうえで、ここからは筆者の読みです。
・痛む歯だけの問題とは限らない。変化は左右両側に見られた。痛む歯を「犯人」と決めて、再根管治療や抜歯を重ねる前に一度立ち止まる理由になる
・原著の対象者は歯科医師と神経内科医の両方に診察されていた。口腔顔面痛や神経の専門家と連携するという選択肢を、早めに持っておきたい
・一方で、この研究の反射検査は研究用の神経生理学的な測定で、日常の歯科診療でそのまま診断に使える道具として示されたわけではない
⑧ここだけ、冷静に補助線
健常者の組み合わせは難しく、著者ら自身が性別は完全には揃わなかったと書いています(性別は結果に影響しなかったと追加解析で確認)。刺激は口の外の皮膚で、末梢の変化は測れず、神経の過敏性も直接は評価していません。カプサイシンの痛みに耐えられず、患者1人が途中で離脱しています。
それでも、原因が見えにくい歯の痛みを「測れるもの」にしようとした点に、この研究の価値があります。著者らの結論は「神経障害性の仕組みの関与を証明はしないが、否定もしない」。その答えを確かめるには、他の口腔顔面痛と比べる研究が必要だと、次の一歩まで書き残しています。
今日のひとこと
この研究がいちばん強く言っているのは、基準を満たした非定型歯痛の患者群では、脳幹を通る反射の平均値に健常者との差があったということです。反射は小さく(P=0.046)、立ち上がりが遅く(P=0.031)、その変化は痛む側に限らず左右両側に見られました。一方で、口の中のカプサイシンという急な痛みで調べた範囲では、「痛みを抑える仕組み」は健常者と同じ程度に作動していました。著者らは神経障害性の仕組みを証明も否定もしないと慎重に結んでいます。歯科が持ち帰れるのは、非定型歯痛が疑われる持続痛を「痛む歯だけの問題」と決めつけず、再治療や抜歯を重ねる前に立ち止まり、専門家との連携を選択肢に入れておくという構えです。


