1問1答 論文 エンド

「異常なし」なのに痛い歯——その痛みには名前がある。PDAP(持続性歯槽部痛)という診断

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エンド|PDAP・非歯原性歯痛・診断概念

X線もCTも異常なし。なのに患者さんは「この歯が痛い」と言い続ける——非定型歯痛、ファントムトゥースペイン、神経障害性歯痛。バラバラに呼ばれてきたこの痛みを「PDAP」という一つの名前と診断基準にまとめる提案が、2011年に出ました。名前がつくと、やるべきこと・やってはいけないことが見えてきます。

論文
Persistent dento-alveolar pain disorder (PDAP): Working towards a better understanding
著者
Nixdorf DR, Moana-Filho EJ
掲載
Reviews in Pain 2011;5(4):18–25(ミネソタ大学)
種類
総説(概念・診断基準・疫学・機序・管理の整理)
PMID
25309718

「異常はありません」——この会話のループを抜ける鍵

根管治療も終わり、画像もきれい。それでも患者さんの痛みは続く。「異常はありません」と伝えるたび、患者さんの表情は曇り、やがて別の医院で「原因を見つけてくれる先生」を探し始める——そして不要な再治療や抜歯が積み重なっていく。

この不幸なループの一因は、この痛みに共有された「名前」がなかったことです。非定型歯痛(atypical odontalgia)、ファントムトゥースペイン、神経障害性歯痛……用語が乱立し、診断基準もバラバラ。研究も臨床も足並みが揃いませんでした。この総説は、国際的な分類の枠組みづくりの流れの中で、これらをPDAP(persistent dento-alveolar pain disorder=持続性歯槽部痛)という一つの名前に統一する提案と、その作業基準を示したものです。

PDAPの診断基準——3条件+2分類

提案された作業基準はシンプルです。A. 持続性の痛み(1日8時間以上・月15日以上・3か月以上続く)B. 歯槽部に限局C. 他の疾患・障害では説明できない——この3条件を満たすものがPDAP。さらに、歯科処置・外傷・感染などの原因イベントと時間的な関連があるものをSecondary、ないものをPrimaryに分け、Secondaryはさらに感覚異常の有無でサブ分類します。

ポイントは、Cが示すとおりPDAPは除外診断だということ。隣在歯を含む歯性病変、上顎洞・咀嚼筋・心臓・血管・脳からの関連痛、TMD、歯槽部に現れる頭痛疾患——これらを一つずつ除外して初めて到達します。歯科用X線は感度が低く、3次元画像の追加が病変除外の精度を上げると紹介されています。見落とせないのは頭蓋内病変で、慢性顔面痛の混成群38人の脳MRIで7人(18%)に三叉神経を圧迫する構造病変があったという報告があり、著者ら自身の経験でもPDAP疑い患者の5〜10%に同様の病変が見つかるとして、脳MRIをルーチンにしていると述べています。

頻度は約1.6%——「まれ」ではない

0 2% 4% 6% PDAP(持続性歯槽部痛)の頻度(%) 1.1% 5.1% 1% 1.6% 5.3% 1.6% Marbach 1982 Campbell 1990 Pöllmann 1993 Jacobs 2002 Polycarpou 2005 合算 臨床的にPDAPを確認した5研究(Table 1)。合算=保守的計算で4,370人中68人=1.6%(追跡率82%)。過去の歴史的推定は2.5〜3.1%、SRの上限推定は3.4%
根管治療などを受けた患者でのPDAPの頻度。研究間のばらつきはあるが、合算で約1.6%

臨床的にPDAPを確認した5研究(計4,370人)を保守的に合算すると、頻度は約1.6%(68人)。米国では根管治療が年間2,000万件以上行われることを考えると、決して無視できない数です。ちなみに前年の系統的レビュー(Nixdorf 2010)は、治療後6か月以上続く、局所疾患で説明のつかない痛みを上限3.4%と見積もっており、本総説はこれを「上限の推定」と位置づけています。

リスク因子のオッズ比を出した研究は1本だけですが、そこでは術前の痛みの持続が長いこと・他の慢性痛を抱えていること・女性・口腔顔面領域で痛い治療を受けた既往が有意でした。手術後遷延痛の一般的なリスク因子とも重なる並びです。

つまり: 「原因のない歯の痛み」は根管治療後の約1.6%に起こる。まれな例外ではなく、日常臨床で確実に出会う頻度——だからこそ共通の名前と基準が要る。

正体は何なのか——心理と神経、両にらみ

機序はまだ確定していません。心理社会的因子を調べた3つの症例対照研究は結論が割れており、著者らは「痛みが長く続いた結果として質問票の点数が上がる可能性」も指摘します(PDAP患者の1/3以上は精神科診断がつきませんでした)。

一方、感覚検査(QST)の研究群は神経障害性の性質を示唆します。歯槽部への動的な圧痛刺激でPDAP患者と対照をROC曲線下面積0.99で判別できたという報告、冷刺激後の痛みの残存が長い、電気痛閾値の両側での上昇、軽い接触への過敏(Aβ線維の過機能)——脱求心路化(求心路の遮断・切断)後の変化と整合する所見が並びます。抜髄や抜歯は、見方を変えれば末梢神経の切断でもある——このシリーズで追いかけてきた神経の発芽(Byers)や末梢ジェネレーター(Raja)の話と、まっすぐつながる図式です。

明日の臨床へ——「名付けて、削らない」が治療になる

第一に、3か月・限局・説明不能の3条件が揃ったらPDAPを疑い、それ以上の不可逆的処置を止める。観察データでは、歯科的介入を受け続けた患者の方が転帰が悪い傾向が報告されており、著者らも根管治療や抜歯などの介入的処置を勧めない立場です。

第二に、薬物療法は神経障害性疼痛の一般エビデンスに乗る。PDAPに限定したRCTはまだ無く、著者らが引くレビューの結論は「三環系抗うつ薬(TCA)かガバペンチンが第一選択」。局所(topical)薬に反応した症例集積もあります。診断の除外と薬物調整を含め、慢性疼痛の枠組みでの学際的な管理・専門医への紹介が推奨されています。

第三に、患者さんへの説明が変わります。「異常なし」ではなく「PDAPという名前のある、慢性の痛みの一種が疑われます」と診断名で伝える——原因不明の不安が診断名で輪郭を持ち、ドクターショッピングと不要な処置の連鎖を断つ入口になります。長期経過では、9〜19年の追跡で45人中10人(22%)が痛みの消失を報告しており、「付き合いながら軽くしていく」見通しも伝えられます。

つまり: ①3条件でPDAPを疑ったら不可逆処置を止める ②薬はTCA・ガバペンチンなど神経障害性疼痛の枠組みで(紹介も選択肢) ③「異常なし」でなく「名前」で伝える。
ここだけ、冷静に補助線
提案された診断基準は専門家の合意によるもので、エビデンスに基づく検証はこれから——著者ら自身が「理想的とは言えない」と認めています。有病率の研究は便宜的標本ばかりで、1.6%という数字も方法論的な限界つき。機序も治療も、PDAP限定の質の高い試験はありません。それでも、乱立していた用語を一つにまとめ、研究と臨床の土台を作った意義は大きく、この概念はその後の国際分類(ICOP・2020年)へ受け継がれていきます。読むなら「確定した答え」ではなく「共通言語の出発点」として。

今日のひとこと

「異常なし」なのに3か月以上、歯槽部に限局して痛み続ける——それはPDAP(持続性歯槽部痛)かもしれない。根管治療後の約1.6%に起こる、まれではない痛み。名付けて、削らず、神経障害性疼痛の枠組みで管理する。診断名は、患者を不要な処置の連鎖から守る道具になる。

出典:Nixdorf DR, Moana-Filho EJ. Persistent dento-alveolar pain disorder (PDAP): Working towards a better understanding. Rev Pain. 2011;5(4):18–25. PMID: 25309718
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
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