ヒト唾液・ヒト血液で汚染したCAD/CAM用レジンブロックに対し、3種の汚染除去材の効果を微小引張接着強さ(μTBS)とSEM観察で比較した実験研究(吉山知宏・2021年受付/岡山歯学会雑誌 2022)
CAD/CAM冠を口の中で試適する。外して、水で洗って、装着する。この当たり前の流れのなかで、被着面には唾液や血液が付いています。水洗で足りているのか——足りていないとしたら、何をどこまで戻せるのか。岡山大学のグループが、ヒトの唾液とヒトの新鮮血で実際に汚染し、洗浄材3種を突き合わせました。答えは、唾液と血液で別々でした。
①試適して、外して、水で洗う——それで戻っていますか
CAD/CAM冠の装着日。口の中で試適して、隣接面と咬合を確認して、外す。ここで被着面には唾液がつき、歯肉から出血していれば血液もつきます。多くの場合、私たちはスリーウェイシリンジで水洗して、エアで乾かして、そのまま装着しています。
CAD/CAMレジン冠は2014年に小臼歯、2017年に第一大臼歯へ保険適用が広がり、一気に普及しました。それに伴って脱離が散見されるようになった、と著者は書いています。形態不良や窩洞形成の問題に加えて、被着面の汚染が脱離の大きな要因のひとつだと指摘されています。
唾液の除去については先行研究があり、新規の洗浄材が人工唾液に効くことは示されていました。しかしヒトの唾液・ヒトの血液で汚染したCAD/CAMレジンブロックの研究はほとんど無い。岡山大学のグループがそこを埋めました。
②ヒトの唾液とヒトの新鮮血で、実際に汚す
群は唾液・血液それぞれ6群——①CO(汚染なし)②NT(汚染したまま無処理)③WA(汚染後30秒水洗)④IC(汚染後イボクリーン)⑤MT(汚染後マルチエッチャント)⑥DC(汚染後DC-200C)——②〜⑥はいずれも「レジンブロックのみ汚染」で、象牙質側は全群で汚染していない。ブロック側はセラミックプライマープラス、象牙質側はパナビアV5トゥースプライマー20秒で処理し、パナビアV5で接着。37℃水中24時間保管後に約1×1 mm²の切片を作り、μTBS試験(n=10)を行った。
ここで大事なのは、汚染後に水洗をしていない群(NT)と、30秒しっかり水洗した群(WA)が分けてあることです。「水で洗えばいい」が本当かどうかが、この2群の差として直接読めます。
③結果——水洗では、半分も戻らなかった
まずコントロール(CO)が30.14±3.25 MPa。ここが目標地点です。
汚染したまま無処理(NT)は、唾液で6.32±2.65、血液で7.13±2.44 MPa。コントロールの2割強まで落ちました。どちらも有意な低下です。
問題は30秒水洗(WA)です。唾液で12.90±5.00、血液で10.26±5.72 MPa。コントロールの半分にも届いていません。しかも標準偏差が5前後と大きく、結果が安定していません。さらに血液汚染では、30秒水洗(WA)は無処理(NT)と統計的な有意差がついていません(原著の図2のTukey符号はどちらもd)。「水で洗ったから大丈夫」は、この数字を見るかぎり成り立ちません。
洗浄材を使うと変わります。唾液汚染では3種すべてが水洗より回復し、なかでもDC-200Cは25.36±4.41 MPaで、コントロールとの統計的な有意差が消えました(p>0.05)。イボクリーン22.86±3.61、マルチエッチャント19.00±3.81と続きます。
ところが血液汚染では、どの洗浄材でもコントロールとの差は消えませんでした。DC-200Cが22.29±3.56で最も高く、イボクリーン19.77±4.31が続きますが、いずれも「コントロールと有意差がある=まだ下がっている」という位置にとどまりました(ただし3種とも水洗より有意に高い)。
なおDC-200Cとイボクリーンの間には、唾液でも血液でも統計的な有意差がありません(原著の図1・図2で有意差記号が共通)。原著の結果文も、血液では「DC群とIC群は、CO群を除いて最も高い接着強さを示した」と2つを並べています。
④破断面が語っていること
破断面を分類すると、NT群とWA群では界面破壊(=接着面でスパッと外れる)が多く、洗浄材で処理すると界面破壊が減って凝集破壊(=接着界面以外、主にレジンセメント内で壊れる)が増えるという傾向が出ました。唾液汚染では、凝集破壊と界面破壊の比がマルチエッチャントで5対5、イボクリーンで6対4、DC-200Cで7対3と、段階的に凝集破壊側へ移っています。無処理(NT)は3対7、30秒水洗(WA)は4対6、汚染なし(CO)は9対0(残る1本は混合破壊)でした。1群10本・1本差の傾向ですが、μTBSとほぼ同じ順に並びます。
血液汚染では、原著本文は「IC群とDC群では凝集破壊が主に、NT群・WA群・MT群では界面破壊が主に観察された」と書いています(表3の実数ではMTは5対5、ICとDCは6対4)。
そして1万倍のSEM像。唾液汚染では、水洗群とDC-200C群の被着面に形態学的な差が見えませんでした——見た目は同じでも接着強さは倍近く違う、ということです。一方血液汚染の水洗群では、血球由来のタンパク質が多数観察され、DC-200C群では血球がほとんど観察されませんでした——「血球が見えない」ことと「タンパクが残っていない」ことは別で、著者はまさにその点を結論に置いています。
ここが、この研究のいちばん考えさせる点です。DC-200Cは血球を見た目にはほぼ落としている。それでも接着はコントロールまで戻らない。著者は結論の4番目に、「被着面の血球由来タンパクを除去しきれなかったことが示唆された」と明記しています。過去の研究でも、血球が形態的に見えない場合でも血球タンパク・血漿タンパクは残っていることが確認されています。
⑤なぜMDP塩のクリーナーが効くのか
3つの洗浄材は性格がまるで違います。
マルチエッチャント… リン酸ではなく接着性リン酸モノマー(M-TEG-P)を含みpH 1.6。一般的な35〜45%リン酸よりマイルドで口腔内で使える。
DC-200C… 非貴金属接着性モノマーであるMDPを含み pH 4.5 の弱酸性。口腔内で使える。
著者の説明はこうです。一般的な洗浄剤の主成分である界面活性剤は、親水基と疎水基を1分子に併せ持ち、水中でミセルを作って内側に汚れを取り込みます。DC-200Cは、本来水に溶けにくいMDPに塩基性成分を加えて「MDP塩」にすることで水に溶かし、水を溶媒として界面活性効果を発揮させている——だから唾液タンパクの除去効果が他より高い、という推測です(ただしイボクリーンとの接着強さの差は、統計的には示されていません)。
⑥明日の臨床へ
②口腔内で使えるかどうかで分ける。原著によれば、イボクリーンは水酸化Naが有効成分でpH 13.5の強アルカリ、口腔内禁忌。マルチエッチャント(pH 1.6)とDC-200C(pH 4.5)は口腔内で使える。なお本研究のDC-200Cは「新規汚染除去材」としてメーカーから供与された材料で、製品名での入手性は原著からは確認できない。
③唾液は有意差が消えるところまで戻せたが、血液は戻りきらなかった。血液でも、水洗群10.26 MPaに対しDC群は22.29 MPa(コントロールの74%)で、「まったく戻らない」わけではない。ただしこの試験の数字からは、歯肉圧排・止血・防湿を先に済ませて血液を付けないほうが分がよさそうに読める(止血・圧排などの手技そのものの効果を測った研究ではない)。
④見た目で判断しない。唾液汚染では、接着試験後の破断面を電子顕微鏡(1万倍)で見ても水洗群とDC群に形態の差が見えなかったのに、接着強さは倍近く違った。見た目の差がないことは、接着が戻っている証拠にならない。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
水洗30秒では戻らなかった。唾液汚染では未処理6.32 MPaが水洗で12.90 MPaまでしか戻らず、コントロール30.14 MPaには遠く及ばない。MDP塩を含む新規洗浄材DC-200Cだけが25.36 MPaまで戻し、コントロールとの統計的な有意差が消えた(有意差が消えただけで、実測は16%低い)。ところが血液では話が変わる。DC-200Cで22.29 MPaまで戻したが、3種のどの洗浄材でもコントロールとの有意差は残った(ただし3種とも水洗よりは有意に高い。DC-200Cとイボクリーンの間には唾液・血液とも有意差がない)。しかも血液汚染では、30秒水洗は無処理と有意差がついていない。SEMで見ると、水洗群の血液汚染面には血球由来のタンパク質が多数残っており、DC-200C処理面では血球がほとんど見られなかった——それでも接着は戻りきらなかった。この試験の数字からは、試適で血液が付いたときは、洗って取り戻すより付けない工夫のほうが分がよさそうに読める。ただしこれは24時間後の即時接着強さを見た試験管内の研究で、著者自身が長期の接着耐久性(とくにサーマルサイクル)は今後の課題だと書いている。またDC-200Cはメーカーから供与された材料である。


