1問1答 論文 虫歯

インプラント患者にフッ素入り歯磨剤は使わないほうがいい?——「使うな」の根拠を全部集めたら、ヒトの研究は0本だった

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|フッ化物配合歯磨剤・チタンインプラント・日本口腔衛生学会の見解

「インプラントの患者さんには、フッ素の入っていない歯磨剤を」——2014年ごろから学会のランチョンセミナーでそう語られ、インプラント専用のフッ化物無配合歯磨剤が売られるようになりました。理由は「フッ化物でチタンが腐食し、表面がざらついて細菌が付き、インプラント周囲炎になる」から。もっともらしく聞こえます。では、その根拠は何本の研究に支えられているのでしょうか。日本口腔衛生学会が、33編を集めて数えました。

論文
フッ化物配合歯磨剤とチタンインプラント周囲炎の関連性:日本口腔衛生学会の見解「チタンインプラント利用者にもフッ化物配合歯磨剤の利用を推奨する」
著者
眞木吉信(東京歯科大学衛生学講座)
掲載
日本口腔インプラント学会誌 2017;30(3):174-181
種類
文献レビュー(33編)+著者らによる唾液中フッ化物イオン残留量の実測(成人女性5名・3つのブラッシング法を順序固定で反復測定)
PMID
なし(日本語誌のためPubMed未収載)/DOI: 10.11237/jsoi.30.174

「インプラントの方は、フッ素なしの歯磨剤で」と言ったことはありますか

2014年ごろから、こういう話が広まりました。フッ化物でチタンが腐食する。表面がざらつく。細菌が付きやすくなる。だからインプラント周囲炎になる——だからインプラントの患者にはフッ化物無配合の歯磨剤を、と。実際に「インプラント専用歯磨剤」が発売され、日本口腔インプラント学会・日本歯科衛生学会のランチョンセミナーでも取り上げられました。

筋は通っています。ただ、原著の言い方を借りれば、この主張は「基礎研究を基にして複数の推論を重ねた指摘」です。腐食する → 粗くなる → 菌が付く → 周囲炎になる。推論を重ねるほど、途中のどこかで切れている可能性は高くなる。日本口腔衛生学会は、その一つひとつを文献で確かめました。

先に結論: 集めた33編のうち、ヒトを対象とした疫学研究は0編。腐食が起きるのは pH 4.7以下+900 ppm という条件で、市販歯磨剤は中性〜弱アルカリ性。実測すると口腔内のフッ化物イオンは5分後に1.70 ppmまで落ち、唾液pHは7.0〜7.3から動かなかった。

集めたのは33編。数え方が誠実です

  • 対象:主に1995〜2014年に国内外の学術雑誌に載った関連論文
  • 内訳原著28編・総説5編の計33編(国内誌8編、英文誌25編)
  • 除外商業誌の論説や企業の解説書は外した——これらは学術誌の情報の引用でしかないため
  • 検証した論点:基礎研究は6つの観点から検討され、この論文にはそのうち5つが示されています(①フッ化物によるチタン表面への侵襲性 ②ブラッシング条件を加えたときの侵襲 ③侵襲されたチタンへの細菌付着 ④唾液による希釈と実際の口腔内フッ化物イオン濃度 ⑤フッ化物による細菌の酸産生能低下と口腔内pH。⑥酸性の飲食物を摂取した際のpHは割愛されている)

「企業の解説書を除外した」という一行が、この検討の性格を表しています。専用歯磨剤を売っている側の資料を根拠に数えれば、結論は違って見えたはずです。

この課題を調べたヒトの研究は、1本もなかった

まず、いちばん知りたいこと——実際にフッ化物配合歯磨剤を使っている人で、インプラント周囲炎が増えるのか

該当する疫学研究:0編。レビュー以外はすべて実験室での研究(in vitro)だった。ヒトを対象とした研究で、インプラント周囲炎のリスク要因としてフッ化物配合歯磨剤を挙げた論文も皆無だった。

これは「安全だと証明された」という意味ではありません。危険だという主張のほうに、ヒトでの裏づけが一つも無いということです。この違いは大きい。推論の出発点である「リスクがある」の側が、実験室の外へ一度も出ていないのですから。

腐食する条件は、たしかにある。ただし pH 4.7 以下

基礎研究の中身を見ると、フッ化物イオン濃度が高く、pHが低いほど、チタンが腐食・溶出・劣化するリスクは確かに上がっていました。ここは争いがありません。問題は「どこから起きるのか」です。

  • 木村ら(2014)の整理では、pH 4.7以下なら歯磨剤と同程度の900 ppmでも腐食が認められた。それより高いpHでは腐食のリスクは示されなかった
  • 中性または中性に近い条件を用いた研究では、歯磨剤と同程度の濃度のフッ化物溶液・フッ化物配合歯磨剤で腐食は認められなかった
  • 耐酸性の強いチタン合金では腐食がみられないという報告もある
  • 峯らの浸漬実験では、対照の純水でも若干の色差が生じていた。純水とフッ化物製剤の変色差は、一部の製剤で有意だったが、他の製剤では有意でなかった

現在市販されているほとんどのフッ化物配合歯磨剤は、中性または弱アルカリ性です。この論文の唾液pH実験で使われた歯磨剤(クリニカアドバンテージ ソフトミント)もpH 7.8でした。腐食の条件から、そもそも外れています。

実測してみた——口腔内のフッ化物イオンは、5分で1.70 ppmまで落ちる

ここからが著者らの実測パートです。実験室では100 ppmを超える水溶液に、ブラッシング時間とは思えない長さで浸けている。では実際の口の中は、何ppmで、何分続くのか

  • 対象:全身疾患がなく服薬もない成人女性5名(20・21歳)
  • 歯磨剤:クリニカアドバンテージハミガキ シトラスミント(フッ化物イオン濃度950 ppm
  • 3つのブラッシング法を1週間の移行期間をはさんで実施:①イエテボリ法イエテボリ改良法従来法(ブラッシング後、5秒間の洗口を10回)
  • 採取:直前・直後・5分後・15分後・30分後・1時間後の安静時唾液を各3分間、計6回
  • 測定:フッ化物イオンメーター+イオン電極。群間比較はStudent-t検定
0 6 12 18 唾液中フッ化物イオン濃度 (ppm) 15.29 1.7 0.35 9 1.31 0.24 0.92 0.54 0.19 イエテボリ法 イエテボリ改良法 普段磨き+5秒×10回洗口 成人女性5名の平均。in vitro でチタンの腐食が確認されたのは pH 4.7 以下・フッ化物イオン900 ppmという条件下であり、口腔内で実測された濃度はそれよりはるかに低い
3つのブラッシング法における唾液中フッ化物イオン残留量。洗口を減らすイエテボリ法ほど高く残るが、それでも5分後には2 ppmを切る
  • ブラッシング直後の唾液中濃度は、高いもので27 ppmF(イエテボリ法の1名)、洗口回数が多い従来法では1 ppmF程度
  • 平均ではイエテボリ法 15.29 ppm/改良法 9.00 ppm/従来法 0.92 ppm
  • どのブラッシング法でも、5分後に4 ppmを超えた例は1つも無かった
  • 個人差の要因としては唾液流出量が関与していると考えられた

先行研究とも整合します。1,000 ppmを超える歯磨剤でも、ブラッシング中の唾液中濃度は200〜300 ppm程度まで希釈され、直後には数10 ppmに落ちる。プラーク中のフッ化物イオン濃度は2 ppm以下と、きわめて低い。

そして、唾液のpHは動かなかった

0 2.7 5.3 8 唾液pH 7.1 7.3 7 7 7 実験前 直後 5分後 15分後 30分後 チタンの腐食が生じるとされるのは pH 4.7 以下。フッ化物配合歯磨剤(pH 7.8)で磨いた前後30分、唾液はそこへ一度も近づかなかった
フッ化物配合歯磨剤(pH 7.8)でのブラッシング前後30分の唾液pH。腐食の条件であるpH 4.7には、どの時点でも近づかない

ブラッシング前後の唾液pHは7.0〜7.3の間を推移し、大きな変化はありませんでした。腐食に必要な酸性条件が、そもそも成立していません。

さらに面白いのは、フッ化物はむしろpHが下がるのを抑える側に働くという点です。GeddesとMcNeeは、フッ化物洗口実施群でpH低下が抑制されることを報告しており、糖質摂取と同時にフッ化物を使った場合に、その抑制がいちばん大きかった。細菌の酸産生が抑えられ、唾液の緩衝能が効きやすくなる——つまりチタンが腐食するpHへ、フッ化物を使っているほうが近づきにくいことになります。

推論の途中も、2か所で切れていた

「腐食 → 粗造化 → 細菌付着 → 周囲炎」という連鎖のうち、腐食の入口だけでなく、途中も確かめられています。

  • ブラッシングそのものでチタンは傷つく:フッ化物無配合の歯磨剤でも摩耗が認められ、歯磨剤を使わない「からみがき」だけでもチタン表面に凹凸ができた。フッ化物配合と無配合で、摩耗の程度に差はなかった
  • 凹凸ができても、細菌の付着は増えなかった:表面の凹凸の有無、水・フッ化物配合・無配合といった条件にかかわらず、S. mutans や P. gingivalis の付着程度に有意差は見られなかった。むしろフッ化物が細菌の付着を抑制したという報告もある
  • なお、口腔内の炎症反応で生じる過酸化水素でも腐食が起きうることが指摘されている(フッ化物だけの話ではない)

つまり、「傷つく」の原因はフッ化物ではなくブラッシングそのものであり、「傷つくと菌が付く」も確かめられていない。連鎖は複数箇所で切れていました。

明日の臨床へ——止めるものと、続けるもの

ホームケアのフッ化物配合歯磨剤は続ける。チタン製の歯科材料(インプラント・矯正ワイヤー)が入っていても、天然歯がある限りフッ化物配合歯磨剤は推奨される。中止して得られる利益は確認できず、失うのはう蝕予防効果のほうだ。
プロフェッショナルケアの酸性フッ化物歯面塗布は避ける。この論文が「避けるべき」と明示しているのはフッ化物歯面塗布剤(リン酸酸性フッ化ナトリウムなど)のほうだ。まさに「低pH+高濃度」という腐食の条件そのものだからである。歯磨剤と歯面塗布剤を、ひとまとめに扱わない。

説明の場面では、こう言えます。「フッ素でインプラントが錆びるという話は、強い酸性の実験液に長時間つけた実験から来ています。実際に口の中で調べたら、5分で薄まってしまう濃度で、唾液は中性のままでした。むしろ、フッ素をやめて残っているご自身の歯が虫歯になるほうが心配です」。インプラント周囲炎を心配する患者ほど、口腔衛生に前向きですから、この説明は届きやすいはずです。

ここだけ、冷静に補助線
実測パートは成人女性5名・20〜21歳・単一の歯磨剤という小さな研究で、統計的な検出力を語れる規模ではありません。唾液の量が多い若年女性という点でも、高齢者や口腔乾燥のある患者にそのまま当てはめられるかは別の問題です(唾液流出量が個人差の要因と著者自身が述べています)。
また、この論文は日本口腔衛生学会の立場から書かれた見解であり、その学会はフッ化物応用を推進してきた立場でもあります。ただし利益相反は「開示すべき状態はない」と明記されており、何より結論の骨格が「ヒトの研究が0編である」という数え上げに置かれている点は強い。立場に関係なく、0は0です。
むしろ誠実なのは、「APF歯面塗布は避けるべき」と、避けるべき対象をはっきり残しているところでしょう。全部安全だと言い切っていない論文は、信用できます。
最後にもうひとつ。この論文は『チタンはフッ素入り歯磨剤・洗口剤で腐食するのか?』という特集の一本です。同じ特集には、中川雅晴先生の「Tiインプラントのフッ素による腐食の問題を考える:基礎研究からの提言」(30(3):156-163)が並んでおり、そちらは「フッ素含有歯磨剤の使用を控えるか、インプラント埋入部以外の場所からブラッシングを開始することを推奨する」と結んでいます。学会誌が同じ号に両方を載せたということは、2017年時点で見解が一つに収まっていなかったということでもあります。片方だけを読んで済ませない——それがこの特集の読み方だと思います。

今日のひとこと

「フッ素入り歯磨剤はインプラント周囲炎のリスク」という主張を支えるヒトの疫学研究は、33編を集めて0編だった。腐食が起きるのは pH 4.7以下+900 ppmという条件で、市販歯磨剤は中性〜弱アルカリ性。実測すると、口腔内のフッ化物イオン濃度はブラッシング直後で平均15.29 ppm、5分後には1.70 ppmまで落ち、唾液pHは7.0〜7.3から動かなかった。しかも歯磨剤なしの「からみがき」でもチタン表面は傷つき、フッ化物の有無で差はない。中止して得られるものはなく、失うのはう蝕予防効果のほうだ——ただし専門家によるAPF歯面塗布(酸性フッ化物)は別の話で、これは避ける。

眞木吉信. フッ化物配合歯磨剤とチタンインプラント周囲炎の関連性:日本口腔衛生学会の見解「チタンインプラント利用者にもフッ化物配合歯磨剤の利用を推奨する」. 日本口腔インプラント学会誌. 2017;30(3):174-181. DOI: 10.11237/jsoi.30.174(J-Stage
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。