1問1答 論文 エンド

唇はしびれた、なのに歯髄に効かない——不可逆性歯髄炎で麻酔が外れる理由

1問1答 論文 エンド

エンド|麻酔・炎症・TTX抵抗性チャネル

唇のしびれを確認してから削ったのに、患者さんの手が上がる。あの現象には、ちゃんとした神経科学の説明があります。エンド領域の麻酔失敗のメカニズムを体系的に整理した総説から、「なぜ効かないのか」と「どう立て直すか」を読み解きます。

論文
Local anesthetic failure in endodontics: Mechanisms and Management
著者
Hargreaves KM, Keiser K
掲載
Endodontic Topics 2002;1:26–39
種類
ナラティブレビュー(麻酔失敗の機構と対処)
出典ID
PMID なし(doi:10.1034/j.1601-1546.2002.10103.x)

「しびれてますか?」——その確認は、何を保証しているのか

IANB(下顎孔伝達麻酔)を打ち、唇のしびれを確かめてから削り始める。僕らが毎日やっている安全確認です。でも不可逆性歯髄炎の歯では、これが裏切られることが珍しくない——単回のIANB(1.8mL)は、不可逆性歯髄炎の患者の30〜80%で有効な麻酔を得られないと報告され、麻酔失敗の頻度は正常対照の8倍に達します。

この総説は、痛みの神経科学の第一人者Hargreavesらが「なぜ効かないのか」の仮説を一つずつ検討し、対処までつなげた一本。エンドの麻酔を考えるときの見取り図です。

数字で見る——唇のしびれ100%、歯髄麻酔は38〜62%

0 33.3% 66.7% 100% IANB後にその状態になった患者の割合(%) 100% 62% 38% 唇のしびれ 歯髄麻酔(61名の試験) 歯髄麻酔(26名の試験) 不可逆性歯髄炎の下顎歯へのIANB後。唇のしびれは両試験とも100%、しかし歯髄麻酔は62%・38%にとどまった(61名の試験は温度診に無反応と定義。Hargreaves & Keiser 2002が引用する2つの臨床試験)
唇のしびれは歯髄麻酔を保証しない。不可逆性歯髄炎ではIANB後の歯髄麻酔は平均55%程度

下顎の不可逆性歯髄炎61名の臨床試験では、IANB後100%が唇のしびれを報告したのに、温度診に無反応=歯髄まで効いていたのは62%。別の26名の試験では38%。著者らのまとめでは、不可逆性歯髄炎の下顎歯へのIANBは唇のしびれ100%でも、歯髄麻酔は平均55%にとどまります。

実は健常者ですら、唇のしびれ100%に対して大臼歯の歯髄麻酔は50〜75%程度という報告があります。唇のしびれという「安全確認」は、そもそも歯髄について語っていなかったのです。

教科書の常識が、二つ崩れる

一つ目。「無髄のC線維が最も麻酔に敏感で先に落ち、太い触覚のAβ線維は最後に落ちる。だから唇(Aβ)までしびれていれば、痛みのC線維はとっくに遮断済み=歯髄も効いている」——1930年代の実験に基づくこの古典的な説明は、単一線維記録を使った再検証でひっくり返りました。局所麻酔薬は有髄のAβ・Aδ線維をはるかに低濃度でブロックし、無髄のC線維が最も抵抗性。つまり「唇のしびれ(Aβの遮断)」が出ても、痛みを運ぶC線維はまだ生きていることがある。動物実験でも、触覚を完全に遮断する量のリドカインが侵害受容を部分的にしか遮断しませんでした。

二つ目。「ランビエ絞輪を3つ塞げば伝導は止まる」——これも、実際には麻酔薬に浸る神経の長さに依存して伝導が段階的に落ちていくことが示されています。カエル坐骨神経の実験では、曝露長5mmで神経活動は約80%残るのに、28mmではほぼゼロに。ここから「効かないときは、神経のより長い区間を麻酔液に浸す」という発想(より上方への2本目、Gow-Gates的なアプローチ)が出てきます。

炎症が麻酔を外す仕組み——最有力仮説はTTX抵抗性チャネル

局所麻酔薬はナトリウムチャネルを内側から塞いで伝導を止めます。ところが侵害受容器には、フグ毒テトロドトキシン(TTX)が効かない特殊なチャネル——TTX抵抗性ナトリウムチャネル(Nav1.8など)——が発現しており、これがリドカインに対して約4倍抵抗性。しかも炎症で増えるプロスタグランジンE2に曝されると活性が2倍以上に増強され、活性化の閾値電圧も下がります。ヒトの歯髄にNav1.8が存在することも確認されています。著者らはこれを麻酔失敗の最有力仮説に挙げます——炎症下の歯髄では「麻酔が効きにくいチャネルが増強され、増えている可能性がある」(チャネル増加の患者データは神経障害性疼痛によるもので、抵抗性・増強の数値は前臨床データです)。

これに、炎症性メディエーターによる侵害受容器の活性化・感作(拍動性の歯痛は、心拍の脈圧にすら発火するほど閾値が下がったサインと考えられています)、神経終末の発芽による受容野の拡大、そして中枢性感作——たとえば90%の線維をブロックできていても、増幅された中枢は残り10%の信号で痛みを立ち上げうる——が重なります。古典的な「炎症で組織pHが下がり麻酔薬がイオン型に捕まる」説は、上顎の歯への浸潤麻酔の失敗は説明できても、炎症部位から離れた場所に打つ伝達麻酔の失敗は説明しにくい、と著者らは冷静に位置づけています。

つまり: 麻酔失敗は「手技の下手さ」だけの問題ではない。炎症が末梢のチャネルと中枢の増幅器を作り替えている——だから同じやり方だけを繰り返しても、結果は変わりにくい。

明日の臨床へ——「唇」ではなく「歯」で確かめ、階段を登る

第一に、削る前の確認を唇のしびれから冷刺激の再テストへ。ラバーダムをかける前に患歯へ寒冷刺激を当て、無反応を確認してから始める——著者らが最も簡便な方法として勧める手順で、術者と患者双方の安心にもつながります。

第二に、効かなかったときのレスキューの階段。①2本目はより上方へ(神経の露出長を増やし、顎舌骨筋神経の分岐前を狙う)②歯根膜内・骨内注射(根尖周囲の海綿骨に直接届ける。IANB後の骨内注射は歯髄麻酔を有意に増強し、持続も長い。ただし骨内は専用器具と皮質骨の穿孔が要り、歯根膜内は容量が限られ術後痛が出やすい)③露髄しているなら髄腔内注射が最終手段。低pKaの3%メピバカインは、イオントラッピングの観点から理論的に有利な選択肢として挙げられています。

第三に、薬理と心理の援軍。PGE2を減らす抗炎症薬(NSAIDs・ステロイド)は、感作とTTX抵抗性チャネルの増強を同時に抑える方向に働きます。不安の強い患者では痛みの閾値自体が下がるため、声かけや経口鎮静(トリアゾラムは静注ジアゼパムと同等の抗不安効果)も、麻酔の成功率を支える立派な一手です。

つまり: ①冷刺激で歯髄麻酔を確認 ②効かなければ「上方に2本目→骨内・歯根膜内→髄腔内」の階段 ③術前の抗炎症薬と不安管理で土台を整える。
ここだけ、冷静に補助線
これはナラティブレビューで、機構の多く(TTX抵抗性チャネルの挙動など)は前臨床データに基づく2002年時点の整理です。個々の対処法の効果量を比較する論文ではありません。ただ、ここで描かれた見取り図——「炎症が麻酔抵抗性を作る」——は現在もエンド麻酔を考える土台で、どの補助注射が実際に効くかは後年のネットワークメタ解析(Zanjir 2019)が答えを出しています。機構はこの総説、序列はNMA、と対で読むのがおすすめ

今日のひとこと

唇のしびれは歯髄麻酔を保証しない——不可逆性歯髄炎では平均55%しか効いていない。炎症はリドカインに4倍抵抗するチャネルを増強し、中枢の増幅器まで作り替える。削る前に冷刺激で確かめ、効かなければ経路を変えて階段を登る。

出典:Hargreaves KM, Keiser K. Local anesthetic failure in endodontics: Mechanisms and Management. Endodontic Topics. 2002;1:26–39. doi:10.1034/j.1601-1546.2002.10103.x(PubMed未収載)
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
Prime Dental net|歯科論文の1問1答