1問1答 論文 エンド

治らない痛みは「脳のせい」なのか——神経障害性疼痛の火元は、末梢に残っている

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エンド|口腔顎顔面痛・神経障害性疼痛・痛みの生理学

抜髄をしても、抜歯をしても消えない痛みに出会ったとき、「神経が過敏になって、痛みが脳に焼き付いてしまった」と説明したくなります。2020年、国際疼痛学会のBonica賞受賞講演でJohns Hopkins大学のRajaらは、その説明を疑う証拠を並べました。慢性の神経障害性疼痛の多くで、火元はいまも末梢で燃えている——というのです。

論文
John J. Bonica Award Lecture: Peripheral neuronal hyperexcitability: the “low-hanging” target for safe therapeutic strategies in neuropathic pain
著者
Raja SN, Ringkamp M, Guan Y, Campbell JN
掲載
Pain 2020;161(Suppl 1):S14–S26(Johns Hopkins大学)
種類
総説(国際疼痛学会 John J. Bonica賞 受賞講演レビュー)
PMID
33090736

「脳に焼き付いた痛み」という説明

神経障害性疼痛——体性感覚系の損傷や疾患による痛みは、人口の7〜10%、慢性疼痛を抱える人の25〜30%に及びます。焼けるような、刺すような痛みが続き、QOLを大きく削り、抑うつにもつながります。

この痛みが慢性化すると、「痛みが中枢化(centralization)した」と説明されてきました。脊髄や脳の側に痛みが固定化してしまった以上、末梢に手を入れても無駄——そういう含みを持つ言葉です。実際、第一選択薬のガバペンチン・プレガバリン・三環系抗うつ薬・SNRIは、いずれも中枢神経系に広く効く薬で、眠気・ふらつき・認知機能への影響が代償としてついてきます。

しかも新薬開発は停滞しています。本レビューによれば、疼痛領域で第2相から第3相試験へ進めた新薬はわずか11%。「治らない痛み」への手札は、長らく増えていません。

この講演が問うたこと

著者のRajaらは、麻酔科・疼痛医学の分野で長年この問題を追ってきたグループです。国際疼痛学会(IASP)のJohn J. Bonica賞の受賞講演をまとめたのがこの総説で、問いはただひとつ。

問い: 慢性の神経障害性疼痛を維持しているのは、中枢(脊髄・脳)なのか、それとも末梢(神経・神経節)なのか。

答えの出し方が明快です。局所麻酔で末梢からの入力を断ったとき、痛みがどうなるか。もし痛みが本当に中枢に固定化しているなら、末梢を麻酔しても痛みは残るはずです。

末梢を麻酔すると、痛みが消えた

結果は、「中枢化」のイメージを裏切るものでした。

象徴的なのは幻肢痛です。手足を失ったあとに「無いはずの手足」が痛む——脳の再配線で語られてきた、中枢化の代表例です。ところが下肢切断者の後根神経節(DRG)近傍に椎間孔からリドカインを効かせると、28人中21人(75%)で痛みが完全に消失。さらに6人も75〜90%の軽減を示しました。

もっと驚くのは脳卒中後痛です。定義上は「中枢性疼痛」そのもの。それでも四肢の末梢神経ブロックで8人中7人の痛みが完全に消え、残る1人も50%以上軽減しました(小規模研究)。外傷性の末梢神経損傷や糖尿病性多発神経障害でも、末梢の神経ブロックが自発痛を消しています。

本レビューが引く臨床証拠:
・幻肢痛——DRG近傍の椎間孔内リドカインで 28人中21人が完全除痛(さらに6人が75〜90%軽減)
・脳卒中後痛——四肢の末梢神経ブロックで 8人中7人の痛みが完全に消失(残る1人も50%超軽減)
※研究デザイン・対象・評価の異なる小規模研究のため、数字は横並びの比較ではなく「末梢を断つと消えた」という事実として読んでください。

一方で、静脈からのリドカイン点滴(全身に回る投与)は、末梢神経損傷の群では効果が小さいという対比も報告されています。どこをブロックすると消えるかが、病態ごとの「火元の住所」を教えてくれるわけです。

3階建ての家と、1階の火元

このレビューの痛み観を、3階建ての家にたとえてみます。

1階:末梢 損傷した神経・DRG 異所性発火=火元 2階:脊髄・脳幹 中枢感作 =増幅器 弱い入力も増幅して通す 触覚(Aβ)も痛み側へ配線 3階:脳 「痛い」と知覚・解釈 情動・記憶とも結びつく ここで断つ(局所麻酔・末梢標的薬) 火元が末梢に残っているなら、1階で断てば 2階の増幅も静まり、痛みは消えうる 逆に、局所麻酔で消えない痛みは 2〜3階(中枢側)の関与を疑う
痛みの伝達路を3階建てにたとえた概念図(本レビューの主張を筆者が図式化)

1階は末梢。損傷した神経の断端や、後根神経節(DRG)の神経細胞が、刺激もないのに勝手に発火します(異所性発火・自発発火)。実際、神経根症やがん性疼痛の患者から取り出したヒトDRG細胞では、電位依存性ナトリウムチャネルNav1.7が過剰発現し、自発発火が観察され、Nav1.7の選択的ブロッカーを加えると発火が止まりました。

2階は脊髄・脳幹。ここで起こる中枢感作は実在します。ただしこのレビューの見立てでは、その多くは「増幅器」であって「自家発電機」ではない。つまり、末梢からの入力が絶えず注ぎ込まれることで維持されており、普段なら痛みにならない弱い入力まで痛みとして通してしまう状態です。だからこそ、1階の火元を断つと2階の増幅も静まり、痛みが消えうる——先ほどの臨床データはこう説明できます。

おまけに、DRGは血液神経関門に守られていない(血管内皮のタイトジャンクションが緩い)ため、中枢に入らない薬でも届きます。眠気やふらつき、依存の心配が少ない「末梢限局」の鎮痛薬が開発の主戦場になりつつある理由です。リドカインパッチや高濃度カプサイシンパッチは一部の限局性の末梢性神経障害性疼痛で既に有効性が示されており、末梢性オピオイドやNav1.7選択薬の多くはまだ動物実験〜治験の段階(安全性の検証はこれから)です。

触覚が痛みに変わる——アロディニアの正体

「触れただけで痛い」「風が当たるだけで痛い」——アロディニアです。感作した中枢では、触覚を運ぶAβ線維の信号が、痛みとして読み替えられてしまうことが分かっています。末梢神経損傷による神経障害性疼痛の患者で、Aβ線維の伝導だけを選択的にブロックすると、17人中15人でアロディニアが消失〜著明に軽減しました。一方で、このAβブロックでも自発痛は減りませんでした。じっとしていても湧いてくる痛みの燃料は、あくまで末梢のC線維・DRG側から供給されている——という切り分けです。

つまり: 「触れると痛い」の犯人は、痛覚線維ではなく触覚線維+中枢の読み替え。痛みの訴え方から、どの線維・どの階の異常かを推理できる——これが痛みの診査の土台になる考え方です。

明日の臨床へ——「診断のための麻酔」という道具

この論文は歯の痛みを直接扱ったものではありません。それでも、歯科の外来にそのまま持ち込める考え方が2つあります。

ひとつめは、診断的局所麻酔の価値です。原因のはっきりしない持続痛で、疑わしい部位に浸潤麻酔・伝達麻酔を効かせてみる。痛みが消えれば火元は末梢(その支配域)にある可能性が高く、消えない・部分的にしか消えないなら中枢側の関与を疑う。治療の前に「火元の階」を推理する、有力な手がかりになります。ただし原著も注意するとおり、麻酔が隣接部位へ波及したり刺入位置がずれたりすると偽陽性・偽陰性が出ます。1回の結果を過信せず、他の所見と合わせて読むのが前提です。

ふたつめは、「局麻で消えない痛みに、侵襲を重ねない」という歯止めです。再根管治療・抜歯を繰り返しても、火元が2階(中枢)にあれば痛みは残ります。逆に、患者さんへの説明で「脳に焼き付いてしまったから治らない」と断定するのも早い。末梢に火元が残るサブセットには、まだ打つ手があるからです。

ここだけ、冷静に補助線本論文は受賞講演をまとめたナラティブレビューで、自グループの研究プログラムが軸です(系統的レビューではありません)。引用される末梢ブロックの臨床研究はn=8〜28と小規模で、著者ら自身「末梢起源はNP患者の一部(サブセット)」と明言しています。最終著者のCampbellは疼痛治療開発企業Centrexion社の社長兼CSO(利益相反の開示あり)。そして火傷・切断・脳卒中モデルの話ですから、歯科領域への外挿は原理のレベルにとどめるのが誠実です。それでも「中枢化=手遅れ」を疑わせる視点の転換は、十分に価値があります。

今日のひとこと

「慢性の痛み=脳に焼き付いた=手遅れ」と諦める前に、火元がまだ末梢で燃えていないかを疑う。局所麻酔の一本が、その推理の有力な手がかりになる。治すための麻酔だけでなく、「診断のための麻酔」という発想を持っておきたい。

出典:Raja SN, Ringkamp M, Guan Y, Campbell JN. John J. Bonica Award Lecture: Peripheral neuronal hyperexcitability: the “low-hanging” target for safe therapeutic strategies in neuropathic pain. Pain. 2020;161(Suppl 1):S14–S26. PMID: 33090736
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
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