カリオロジー|頭頸部がん・放射線う蝕・顎骨壊死
「来月から放射線治療が始まります」。紹介状にそう書かれた患者さんが来院したとき、私たちに与えられた時間はごくわずかです。何を抜き、何を残し、いつまでに終えるのか。2015年のこの総説は、その判断の材料を並べています。恐れられてきた照射後の抜歯による顎骨壊死は、1990年以前の16%から、1990年以降は2%へ。数字は変わりました。それでも治療前にやるべきことは減っていません。
①歯科が関われる時期は、治療の「前」にある
頭頸部がんの患者さんに対して、歯科がいちばん大きな貢献をできるのは、放射線治療が始まる前です。始まってしまえば、できることは急速に狭まります。
イングランドとウェールズでは年間およそ7,354人が頭頸部がんと診断され、その約90%が扁平上皮癌。治療には多職種の関与が必要です。放射線の影響は線量依存性で、吸収線量60グレイを超えると副作用が顕著になります。強度変調放射線治療(IMRT)は、腫瘍への線量を最大にしつつ周囲の正常組織への線量を抑える方法で、近年その使用が増えています(原著は、計画と実施が複雑で費用が高いという欠点も併記しています)。
②口の中に、何が起きるか
原著が挙げる合併症を、時間軸で並べます。
- 粘膜炎:照射2〜3週目に症状が出て、広範な発赤・疼痛・出血・潰瘍を起こす。治療終了から2〜3週で徐々に軽快します
- 口腔カンジダ症:原著は独立した項を立てています
- 口腔乾燥:唾液腺が照射野に入ることで起こる。原著はChallacombe Scale——臨床所見10項目を視診で1点ずつ加算する口腔乾燥スコア——を紹介しています(累計3点超で高リスクと考えられる)
- 放射線う蝕:照射終了から3か月以内に始まりうる。唾液の減少に加えて、高カロリー補助食品による糖摂取の増加が拍車をかけます
- 味覚障害:30グレイまでに急速かつ指数関数的に進行し、その後はゆるやかに味覚消失へ向かう。照射終了後20〜60日で部分的に回復し、多くの患者では4か月ほどでほぼ完全に戻る。ただし一部には生涯続く変化が残ります
- 開口障害:咀嚼筋への線維化や手術後の瘢痕拘縮による。頭頸部の大きな手術のあと78%が咀嚼に強い困難を訴えるという報告があり、社会生活への影響も指摘されています。発症を分けるのは内側翼突筋が照射野に含まれるかどうかと考えられています
放射線う蝕のところで、栄養の話が出てくるのが印象的です。嚥下が難しくなり、体重が減る。だから高糖分の栄養補助食品が処方され、食事に砂糖や脂肪を足すよう勧められる。生きるための栄養管理が、口の中には不利に働く——この葛藤の中に、歯科が立つことになります。
③顎骨壊死は、確かに減っている
顎骨壊死(ORN)の定義は、局所に腫瘍性病変が無いにもかかわらず、3〜6か月にわたって治癒しない、失活した照射骨の露出です。
抜歯後のORNは上顎より下顎で報告が多く、血流の様式が理由として挙げられるほか、より単純に「下顎のほうが照射野に含まれる頻度が高い」という説明もあります。発生率は文献によって1〜37%と大きく開いています。しかし照射後の抜歯に限ると、傾向ははっきりしています——1990年以前は16%、1990年以降は2%。原著は「近年、抜歯後にORNを発症するリスクは全体として低下傾向にある」と述べています。
発症時期にも分かれ目があります。2年以内の早期発症は70グレイを超える高線量と関連し、晩期の発症は外傷と、脆弱になった組織での創傷治癒の遅れが原因とされます。
④リスクが高まる条件
原著が挙げるORNの危険因子は9つです。
- 総線量が60グレイを超えたとき
- 1回線量が大きく、分割回数が多いとき
- 抜歯、コントロールされていない歯周病、不適合な補綴装置による局所の外傷
- 免疫不全
- 低栄養
- 腫瘍が骨に近いこと
- 原発部位——下顎後方(臼歯部)は、緻密で密な骨質のためORNが起こりやすい
- 歯・歯周の状態(歯原性・歯周性の病変)
- 口腔衛生が不良であること
⑤治療前に、何をやっておくか
ここが実務の中心です。原著の推奨を整理します。
- 有歯顎者にはエックス線による全顎の評価と、装着中の補綴装置の慎重な確認
- 0.2%クロルヘキシジン洗口液10mLを1日2回、放射線・化学療法の開始前1週間——歯肉炎を鎮め、プラークの少ない状態を作るため
- 照射野に入る、長期予後の悪い歯を抜く。具体的には——歯髄の状態が疑わしい/歯髄に及ぶ進行したう蝕、広範な根尖病変、中等度以上の歯周病(著明なアタッチメントロス、高度な骨吸収、動揺、根分岐部病変)、骨に完全に覆われていない、または透過像を伴う残根、埋伏歯・不完全萌出歯(特に骨に覆われていない、口腔内に交通している第三大臼歯)
- 抜歯はできるかぎり非侵襲的に、一次閉鎖を得て行う
- 抜歯は放射線治療の開始まで3週間の余裕を見て行うことが望ましい。それが無理なときの最低治癒期間は、上顎で10日、下顎で1週間と原著は書いています
そして、原著が書き添える判断の指針が印象に残ります——「機能・審美・発音のために、生存可能な歯はすべて残す」。一方で「患者の意欲が低いほど、治療前の抜歯には積極的であるべきである」。残すことにも抜くことにも理屈があり、その分かれ目に患者さん自身がセルフケアを続けられるかという見立てが置かれています。
今日のひとこと
顎骨壊死のリスクは下がった。しかし治療前の歯科評価は、むしろ重みを増している。イングランドとウェールズでは年間およそ7,354人が頭頸部がんと診断され、その約90%が扁平上皮癌。放射線の影響は線量依存性で、吸収線量60グレイを超えると副作用が顕著になります。口腔に起きることは——放射線う蝕は照射終了から3か月以内に始まりうる、味覚障害は30グレイまでに急速に進む(多くは4か月ほどでほぼ回復)、頭頸部の大きな手術のあと78%が咀嚼の困難を訴える。そして最も恐れられる顎骨壊死——文献全体での発生率は1〜37%と幅があるものの、照射後の抜歯によるものは1990年以前の16%から、1990年以降は2%へ下がっています。リスクが高まるのは総線量60グレイ超、1回線量が大きく分割回数が多いとき、抜歯・コントロールされていない歯周病・不適合な補綴装置による外傷、免疫不全、低栄養、腫瘍が骨に近いこと、そして下顎後方(臼歯部)。だからこそ治療前に——全顎のエックス線評価と補綴装置の確認、0.2%クロルヘキシジン洗口を1日2回・1週間、照射野に入る予後不良歯の抜歯を、非侵襲的に・一次閉鎖で・放射線治療開始まで3週間の余裕を見て行う。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


