カリオロジー|母乳・プラークpH・エナメル質溶解
夜間の授乳と乳歯う蝕。相談されることの多いテーマです。1985年の Caries Research は、母乳・牛乳・ラクトース溶液・スクロース溶液を並べ、プラークpHがどこまで下がるか(ヒトの口で)と、エナメル質をどれだけ溶かすか(試験管で)を測りました。プラークpHの最低値は牛乳6.36・母乳6.26で有意差なし(平均値としてはどちらも臨界pH 5.5を下回らない)。ただし酸性側に留まった度合いでは母乳のほうが大きい(p<0.05)。一方7%ラクトースは5.79、7%スクロースは5.40。ところがエナメル質を溶かす力では母乳が牛乳の約2倍(溶出Ca 85.8対43.1 µg/mL・p<0.01)でした。
①「母乳は虫歯にならない」と言われたら
夜間の授乳と乳歯う蝕。相談されることの多いテーマです。「母乳は自然なものだから大丈夫」と聞いたことがある、というお母さんも少なくありません。
1985年の Caries Research は、そこを実験で確かめました。母乳・牛乳・ラクトース溶液・スクロース溶液を並べて、プラークのpHがどこまで下がるか(ヒトの口で)と、エナメル質をどれだけ溶かすか(試験管の中で)を測っています。
②今回の一手:同じ人の口で、4つを比べる
- プラークpH実験(in situ):被験者14名。母乳・牛乳・7%ラクトース・7%スクロースで洗口し、ステファンカーブを描く
- 指標は最低pHとcH area(曲線が酸性側にどれだけ長く留まったかを表す面積。Eq/L H⁺ × 10⁻⁶)
- エナメル質溶解実験(in vitro):試験物質2 mLにプールした刺激唾液4 mLとヒトエナメル質粉末50 mgを加え、37℃で24時間インキュベート。溶出量はエナメル質を入れた条件と入れない条件の差として求める
- 本研究がプールした母乳検体のラクトース濃度は5.3%、牛乳は約4.2%。溶解実験ではこれに合わせたラクトース溶液も比較対象に置いた(なお一般に母乳のラクトースは平均約7%とされ、プラークpH実験の7%溶液はこちらに合わせたものです)
設計の妙は、母乳と牛乳の「糖の濃度差」を再現した対照を置いたことです。差が出たとして、それがラクトース濃度のせいなのか、ミルクそのものの性質なのかを切り分けられます。
③結果その1:ミルクは、砂糖水とは別物だった
最低pHは牛乳6.36 ± 0.34、母乳6.26 ± 0.30。この差は統計的に有意ではありません(p>0.05)。
対して7%ラクトースは5.79 ± 0.37、7%スクロースは5.40 ± 0.35。母乳とラクトース、ラクトースとスクロースの差はいずれもp<0.001でした。
ただしcH area(酸性側に留まった度合い)では話が変わります。牛乳1.51に対し母乳2.23で、こちらは有意差あり(p<0.05)。7%ラクトースは7.10、7%スクロースは17.64です。
④結果その2:溶かす力では、母乳は牛乳の約2倍
ここがこの論文のもうひとつの核心です。24時間で溶け出したカルシウムは——
- 牛乳:43.1 µg/mL
- 母乳:85.8 µg/mL(牛乳との差はp<0.01)
- 4.2%ラクトース:98.3/5.3%ラクトース:104.7(母乳との差は有意でない・p>0.05)
- 5.3%スクロース:149.1(母乳との差はp<0.001)
ここは丁寧に読む必要があります。母乳と「同じ濃度(5.3%)のラクトース溶液」には有意差がありません(p>0.05)。しかし一方で、牛乳(43.1)と4.2%ラクトース溶液(98.3)のあいだには有意差があります(p<0.05)——同じ糖濃度でも、牛乳のほうが溶解をはっきり抑えているということです。
著者らが挙げる母乳側の理由は3つです。①ラクトース濃度が高い ②カルシウム・リンが少ない ③蛋白が少ない。そして原著の結論は「母乳も牛乳も、エナメル質の溶解に対して保護的に働いた」——糖溶液と比べれば、どちらのミルクも守る側にあるという位置づけです。
⑤明日の臨床へ
- 「母乳は虫歯にならない」も「母乳は虫歯になる」も、どちらも雑です。この研究が示したのは母乳は牛乳より酸を作り歯を溶かすが、砂糖水よりははるかに穏やかという中間の位置づけです
- プラークpHの最低値は6.26で、臨界pHを下回っていません。母乳そのものが単独で急速にう蝕を作る、という結果ではありません
- ただし問題は「頻度」と「時間」です。原著の導入部でも、on demandの授乳では24時間に30〜60回に及ぶこと、夜間も含めて自由に飲めることが指摘されています。1回あたりが穏やかでも、回数と滞留時間が変われば話は変わります
- 説明の順番を変えられます。「母乳が悪い」ではなく「回数と、飲んだあとの時間をどうするか」——保護者と話す軸をそこに置けます
- 原著自身の締めも引いておきます。著者らは「母乳がもたらす利益は、起こりうる害を大きく上回る」としたうえで、早期からの清掃とフッ化物の応用によって breast milk caries は予防しうると述べています
⑥ここだけ、冷静に補助線
とはいえ、母乳・牛乳・そして両者の糖濃度に合わせたラクトース溶液を並べたこの設計は、「母乳の何が効いているのか」を切り分けてくれます。極端な二択に流れがちなテーマに、数字で中間の位置を与えてくれる一本です。
今日のひとこと
母乳は牛乳より酸を作り歯を溶かすが、砂糖水にははるかに及ばない——極端な二択のあいだに数字を置いた研究。プラークpHの最低値は牛乳6.36±0.34、母乳6.26±0.30で有意差なし(p>0.05)、7%ラクトース5.79±0.37、7%スクロース5.40±0.35(母乳との差はいずれもp<0.001)。いずれのミルクも臨界pH(約5.5)を下回っていない。ただしcH area(酸性側に留まった度合い)では牛乳1.51に対し母乳2.23で有意差あり(p<0.05。7%ラクトース7.10、7%スクロース17.64)。エナメル質溶解実験(試験液2 mL+刺激唾液4 mL+エナメル質粉末50 mg・37℃24時間)では、24時間の溶出Caが牛乳43.1、母乳85.8、4.2%ラクトース98.3、5.3%ラクトース104.7、5.3%スクロース149.1 µg/mL。母乳と牛乳の差はp<0.01、母乳と同濃度(5.3%)ラクトース溶液との差は有意でない(p>0.05)。一方牛乳と4.2%ラクトース溶液の差は有意(p<0.05)で、同じ糖濃度でも牛乳は溶解を抑えている。著者らは母乳側の理由として高ラクトース・低カルシウム/リン・低蛋白の3点を挙げ、結論としては「母乳も牛乳もエナメル質の溶解に対して保護的に働いた」としている。ただしプラークpHはin situ、溶解はin vitroであり、被験者は成人14名、曝露は洗口で実際の哺乳とは異なる。う蝕そのものを見た研究ではない。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


