エンド|関連痛・三叉神経・痛みの定位
「下の奥歯が痛い」の原因が上顎の歯だった。「歯痛」の正体が咬筋の筋痛だった——痛みの定位は、ときに驚くほど当てになりません。1986年、トロント大学のSessleらは、その理由を延髄の「1個のニューロン」のレベルで突き止めました。痛みを運ぶニューロンには、顔・歯髄・喉頭・首・舌筋・咀嚼筋——あちこちからの信号が合流していたのです。
①痛みの場所は、意外なほど当てにならない
臨床で繰り返し出会う場面があります。患者さんは「この歯」と自信を持って指す。ところが診査を進めると、原因は対顎の歯だったり、上顎洞だったり、咀嚼筋だったりする。痛みを感じる場所と、痛みの発生源が一致しない——関連痛です。
1947年にHutchinsらが人体実験で示したように(上顎洞の入り口=開口部付近の鼻粘膜への刺激で、治療歴のある歯が痛む)、関連痛は古くから観察されてきました。しかし「なぜそんなことが起こるのか」を神経回路のレベルで説明する証拠は、長らく乏しいままでした。信号の合流(収束)が怪しい——そう考えたSessleらは、口と顔の痛みの中継所を直接調べることにします。
②口と顔の痛みの中継所——三叉神経尾側亜核
顔と口からの体性感覚は、三叉神経を通って脳幹の三叉神経脊髄路核・尾側亜核に入ります。脊髄後角と構造も機能もよく似ているため、「延髄後角」とも呼ばれる場所で、口腔顔面の痛みと温度の情報が最初に中継される関所です。
Sessleらは、ネコ15匹(クロラロース麻酔12・除脳3)の尾側亜核に微小電極を刺入し、1個ずつのニューロンの発火を記録しながら、あらゆる場所を刺激しました。顔の皮膚、口腔粘膜、犬歯・小臼歯の歯髄、喉頭粘膜(内臓求心性)、頸部の皮膚と筋、舌筋(舌下神経)、そして側頭筋・咬筋。記録したニューロンは、触覚に応じるLTM(低閾値機械受容)、触覚から侵害刺激まで広く応じるWDR(広作動域)、侵害刺激専門のNS(侵害受容特異)に分類されます。WDRとNSが「痛み系」のニューロンです。
③1個の痛みニューロンに、次々と発火が起きた
結果は鮮やかでした。顔面皮膚への刺激に応じるWDRニューロンの84%が、歯髄への電気刺激でも発火したのです。喉頭(内臓)からの入力で68%、頸部で61%、舌筋で58%、側頭筋・咬筋でも25%——1個の痛みニューロンが、まるで乗換駅のように多方面からの信号を受けていました。
さらに際立っていたのは、「痛み系のニューロンほど雑食」という事実です。WDR・NSニューロンのうち、皮膚・粘膜の入力だけに反応した「専用線」はわずか21%。WDRの74%、NSの60%は、3種類以上の異なる入力で発火しました。一方、触覚系のLTMニューロンは59%が皮膚・口腔内の入力だけに応じる、いわば行儀のよい配線でした。そして、これらWDR・NSの一部(15%)は対側の視床へ直接投射しており、この「雑食の信号」がそのまま脳へ上っていくことも確認されています。
④多対一の配線——脳は発信元を区別できない
この配線が意味することは重大です。歯髄からの信号も、喉頭からの信号も、咬筋からの信号も、同じニューロンの発火として脳へ届く。脳に届いた発火からは、もう「どこ発の信号か」を厳密に読み取れません。脳は過去の経験から「この発火はたぶん歯だ」と推定するしかない——そして、その推定はときに外れます。これが、痛みが別の場所へ「飛ぶ」「広がる」ことの神経基盤です。
⑤明日の臨床へ——「歯が痛い」を、そのまま信じない
この研究が教える実践は、シンプルです。歯髄の痛みは、もともと定位の甘い設計になっている。だから「どの歯か」は患者さんの訴えではなく、客観的な診査(打診・温度診・電気診・X線)で決める。訴えと所見が食い違ったら、関連痛のパターン——対顎・隣在歯・咀嚼筋・上顎洞・首——を思い浮かべて、痛みの出どころを別の場所に探す。
とくに、筋や上顎洞からの痛みが「歯痛」を名乗って来院することは日常的にあります。所見のない歯を、訴えの強さに押されて削らない。この歯止めの根拠が、延髄の配線図にあります。
今日のひとこと
痛みの信号は専用線ではなく、乗換駅で合流してから脳へ上る。だから「どこが痛いか」と「どこが悪いか」は、最初から別の問いとして扱う。患者さんの指す場所は出発点であって、答えではない。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


