37研究・3,169人分を集めた後ろ向き研究(Fowler 2015・Journal of Endodontics)
下顎孔伝達麻酔から15〜20分たっても下唇が痺れない——これを「ミスドブロック」と呼びます。オハイオ州立大学が自分たちの37本の研究から3,169人分を掘り返したところ、2%リドカインを1本から2本に増やすだけで、この完全な空振りが有意に減っていました。
①下唇が痺れない。あの15分をどう減らすか
下顎孔伝達麻酔を打って、15分待つ。「下唇、痺れてきましたか」——「いえ、まだです」。
この瞬間、失うものは大きい。追加麻酔をして、また待つ。アポイントは押し、患者の不安は増す。急性症状で駆け込んできた患者なら、なおさらです。
麻酔が完全に外れる状態を「ミスドブロック(missed block)」と呼びます。定義は下顎孔伝達麻酔から15〜20分たっても下唇に確かな痺れが得られないこと。この状態では歯髄麻酔もまず得られません。
では、これを減らす方法はあるのか。オハイオ州立大学が、自分たちの37本の研究データを掘り返しました。
②37研究・3,169人分のデータを、後ろ向きに集める
群の内訳は、無症状群が1本1,872人/2本578人、不可逆性歯髄炎群が1本207人/2本512人です。
2本投与のやり方は2通りありました。5mLシリンジに2本分をまとめて充填して2分かけて注入するか、1本を1分で注入したあと、同じ部位にすぐもう1本を追加するか。無症状群では前者が454人・後者が124人、不可逆性歯髄炎群では前者が81人・後者が431人でした。この2つのあいだにフィッシャーの正確検定で有意差はありませんでした。注射はすべて歯内療法科の2年目レジデントが行っています。
③2本にすると、失敗率が下がった
結果です。
差が大きいのは、実は不可逆性歯髄炎の側でした。1本では7.7%が失敗していたのが、2本では2.3%まで下がっています。
そして興味深いのは、歯髄の診断そのものは、ミスドブロックの発生率に有意な影響を与えていなかったことです(P=.7523)。診断と麻酔量の交互作用も有意ではありませんでした(P=.3973)。
つまり——「歯髄炎だから下唇も痺れにくい」わけではない。痺れにくさは診断ではなく量に左右されていた、という読み方になります。
④ただし、下唇の痺れは歯髄麻酔の保証ではない
ここは、この論文がわざわざ冒頭で釘を刺している点なので、そのまま書きます。
下唇が100%痺れていても、歯髄麻酔は17〜58%の頻度で失敗しうる(原著が引用する先行研究による)。下唇の痺れは、歯髄麻酔の成功を保証しない。
この研究が測ったのは、あくまでミスドブロック=麻酔がまったく届いていない状態です。その手前の話——下唇は痺れたのに歯髄は効かない——は、別の問題として残ります。
そしてここが重要なのですが、原著自身が、量を増やしても歯髄麻酔の成功率は上がらなかったとする先行研究を引いています——Nussteinらの報告では1本53%対2本44%、Fowler & Readerの報告では1本28%対2本39%で、いずれも有意差なし。
だからこの論文の位置づけは正確には、「2本にすると、完全な空振りを減らせる」です。「2本にすれば歯髄麻酔が効く」ではありません。
⑤なぜ量が効くのか
下顎孔伝達麻酔の失敗要因としては、解剖学的なばらつき(下顎孔の位置、副神経支配)や、注入点が神経から離れることが挙げられます。
原著が挙げるのは、薬液が翼突下顎隙の外に置かれてしまうことです。量を増やせば「距離のずれ」を薬液の広がりで補える——というのはここから先の解釈で、原著が書いている説明ではありません。
この研究で、まとめて2分かけて入れても、1本ずつ2回に分けて入れても差がなかったことも、この見方と整合します。効いているのは注入法ではなく、最終的にそこに置かれた薬液の総量である、と。
⑥明日の臨床へ
第一に、下顎臼歯の処置、とくに急性症状の症例では、最初から2本分を予定に入れる。不可逆性歯髄炎の患者で失敗率が7.7%から2.3%へ——差は5.4ポイントで、おおよそ19人に1人が「打ち直し」を免れる計算になります(本文の割合から計算)。
第二に、入れ方は好みでよい。5mLシリンジで2分かけても、1本ずつ2回でも、この研究では差がありませんでした。使い慣れたほうで構いません。
第三に、それでも「下唇が痺れた=効いた」と考えない。歯髄麻酔の確認は別に行う(冷刺激・電気診・切削時の反応)。ここを飛ばすと、痛みの出る処置に入ってしまいます。
第四に、最大投与量の管理は別問題として残る。2%リドカイン+1:100,000エピネフリンの2本は成人には余裕がありますが、小児や有病者では上限計算が必要です。この研究の対象は18歳以上でASA I相当の健常者に限られています。
これは後ろ向き研究です。1本投与か2本投与かは、この研究のためにランダムに割り付けられたわけではなく、もともと37本の別々の研究で決まっていた条件を後から集めたもの。したがって群の背景がそろっている保証はありません。群の大きさも偏っていて、無症状群は1本1,872人・2本578人、不可逆性歯髄炎群は1本207人・2本512人と逆向きに偏っています。対象は18歳以上・ASA I相当の健常者で、術者は全員歯内療法科の2年目レジデント——一般開業医の環境とは条件が違います。それでも、単一施設で手技と定義をそろえたまま3,169人分を積み上げたという点は、この種のデータとしては例外的な厚みです。
今日のひとこと
2本にすれば効く、ではない。2本にすると「まったく届かない」が減る、である。下唇の痺れは歯髄麻酔の保証ではなく、痺れていても17〜58%は歯髄麻酔が失敗しうる。しかも原著が引く先行研究では、量を2本に増やしても歯髄麻酔の成功率は上がらなかった。量で空振りを減らし、効いたかどうかは別に確かめる——この2段構えが要る。


