エンド|抜去したヒトの下顎小臼歯50本の根管に、水酸化カルシウムを30日入れた群と何も入れない群(各25本)を比べ、根の象牙質の円柱を壊すのに要した圧縮の力を試験機で測った実験室研究(Sahebi・Moazami・Abbott 2010・Dental Traumatology)
根管に水酸化カルシウムを数週間入れておくと、根の象牙質は弱くなるのか。Sahebi らは2010年、抜去したヒトの下顎の単根の小臼歯50本の根管を拡大して無作為に2群(各25本)に分け、片方には水酸化カルシウムのペーストを詰め、もう片方は何も入れずに、両群とも生理食塩水に30日浸けました。その後、根の歯冠側から長さ5mmの象牙質の円柱を切り出し、試験機で押して壊すのに要した圧縮の力を測りました。力の平均は水酸化カルシウム群 210.6、何も入れない群 246.2(原著の単位 kg/cm)で、水酸化カルシウム群が有意に小さく、14.4%の低下でした(p<0.001)。ただし抜去歯の実験室研究で、力のかけ方も臨床で根が割れる時とは違い、著者ら自身が結果は臨床にそのまま当てはまらないとしています。
①水酸化カルシウムの貼薬、根を弱くしていない?
根尖病変のある歯の根管治療。拡大と洗浄のあと、次の来院まで水酸化カルシウムを入れておく。よく行われる手順です。では、その数週間のあいだに、根の象牙質そのものは弱くなっていないのでしょうか。
この問いを、抜いた歯を使って実験室で確かめたのが、Sahebi・Moazami・Abbott が2010年に Dental Traumatology に出した研究です。
・抜去歯の実験室研究。むし歯や修復の無い下顎の単根の小臼歯50本の根管を拡大し、無作為に2群(各25本)に分けた。片方は根管に水酸化カルシウムのペーストを詰め、もう片方は根管に何も入れず開けたままにした。両群とも生理食塩水に30日浸けた
・その後、歯冠と根尖を切り落として、根の歯冠側3分の1から長さ5mmの象牙質の円柱を作り、試験機で上から押して壊すのに要した圧縮の力を測った
・壊すのに要した力の平均は、水酸化カルシウム群 210.6、何も入れない群 246.2(原著の単位 kg/cm)で、水酸化カルシウム群が有意に小さかった(14.4%小さい、p<0.001)
・ただし著者ら自身が、試験の力のかけ方は臨床で歯が割れる時の力とは違い、結果は臨床にそのまま当てはまらないと書いている
②なぜこの研究が必要だったか
水酸化カルシウムは、強いアルカリによる抗菌作用などから、最もよく使われる根管貼薬です。一方で、若い未完成の歯に何か月〜何年も入れるアペキシフィケーションのような長期の使用では、根を弱くし、破折につながる可能性が報告されてきました(引用文献の結果)。
著者らが序論で引いた研究では、ヒトの抜去歯で象牙質の強さが23〜43.9%低下した報告や、牛の歯で水酸化カルシウムにより平均32%低下した報告があります(いずれも引用文献の結果で、この研究の測定ではありません)。
しかし、根尖性歯周炎のある成熟した歯では、貼薬は1〜4週間ほどの短い期間がふつうです。短い期間の貼薬でも、成熟したヒトの歯の象牙質が弱くなるのかは報告が無く、それを圧縮の力で確かめるのがこの研究の目的でした。
③何をどう比べたか
・試料:抜去したヒトの下顎の単根の小臼歯50本(成熟した永久歯。むし歯や修復が無いもの)
・根管の準備:髄腔を開け、作業長を決め、ProTaper(回転式のファイル)で拡大。拡大中の洗浄は生理食塩水だけ(次亜塩素酸ナトリウムは象牙質を弱くするという報告があるため、使わなかった)
・2群:無作為に25本ずつに分けた(分け方の手順は書かれていない)。水酸化カルシウム群は、根管をペーパーポイントで乾かし、水酸化カルシウムの粉末を生理食塩水で練ったペーストをレンツロで詰め、X線写真で根管が満たされたことを確かめ、髄腔の開口をCavisolで封をした。対照群は、根管を「開けたまま空に」した(原著の表現)
・保管:両群とも、生理食塩水に室温で30日浸けた
・試験片:歯冠をセメント‐エナメル境で切り落とし、そこから5mm下で根尖側も切り落として、長さ5mmの象牙質の円柱を作った(根の歯冠側3分の1)。両端は平らに磨いた
・測定:万能試験機で、円柱の歯冠側の端から、根管の中心に向けて垂直に、毎分2mmの速さで押し、壊れるまでの圧縮の力を記録した
・解析:2群の平均をStudentのt検定で比べた(有意水準 p<0.05)
④結果:水酸化カルシウムを30日入れた根は、壊すのに要した力が14.4%小さかった
根の円柱を壊すのに要した圧縮の力の平均は、水酸化カルシウム群が210.6(標準偏差32.3)、何も入れない群が246.2(標準偏差29.0)でした(原著の単位 kg/cm)。水酸化カルシウム群のほうが有意に小さく(p<0.001)、著者らはこの差を「象牙質の強さが14.4%低下した」と表しています(14.4%は原著の報告値。掲載された2群の平均から筆者が計算すると約14.5%で、わずかに異なる。原著に計算のしかたは書かれていない)。
ただし、1本ずつの値の幅は広く、水酸化カルシウム群は123〜270、何も入れない群は187.5〜294で、2群の範囲は大きく重なっています(表)。「水酸化カルシウムを入れた歯はどれも弱い」という結果ではなく、群の平均が下がったという結果です。
⑤著者らの考察と、結果の読み方
著者らは、次のように考察しています。
・先行研究と同じ向き:30日でほぼ15%の低下は、ヒトの象牙質や動物の歯で強さの低下を示した先行研究と一致する(著者ら)
・なぜ弱くなるのか(著者らの推測):象牙質の強さは、ハイドロキシアパタイトとコラーゲン線維の結びつきで決まる。水酸化カルシウムの強いアルカリが、この結びつきを担うタンパク質などを変性・溶解させ、象牙質の有機質の支えを減らすのではないか。この機序はこの研究では測っていない
・もっと長く入れたら:1年以上使った時に強さがどう変わるかは、この研究からは分からない(著者ら)
・まとめ:水酸化カルシウムの使い方を見直すことを考えるべきで、理想は歯質を弱くしない材料を使うことだ(著者ら)
読み方として大事なのは、測ったのは「切り出した根の円柱を、上からゆっくり押して壊す力」だという点です。歯冠もエナメル質も無く、力は根管の中心に垂直にだけかかっています。著者ら自身が、臨床で根が割れるのは不意の衝撃や斜めの力によることが多く、この試験はそれを再現していないため、結果は臨床にそのまま当てはまらないと書いています。患者の歯で根の破折が増えるかどうかは、この研究では調べていません。
また、洗浄は生理食塩水だけでした。臨床では次亜塩素酸ナトリウムで洗うのがふつうで、著者らは、それが象牙質を弱くすることに加わる可能性も挙げています(この研究では試していない)。
⑥明日の臨床へ
この研究から持ち帰れるのは、次のような読み方です(筆者の読み)。
・貼薬の目的と期間を意識して使う:この研究が比べたのは30日入れたか入れないかだけで、期間ごとの違いは調べていない。長期の使用で根が弱くなるという報告は、序論で引用された別の研究の結果
・患者への影響はまだ分からない:臨床の破折が増えるかは調べておらず、著者らも臨床にそのまま当てはまらないとしている。貼薬をやめる根拠ではなく、貼薬の使い方を考える材料にとどめる
(2)試験の条件が臨床と違います。歯冠を切り落とした長さ5mmの根の円柱を、根管の中心に垂直に、ゆっくり押して壊しました。著者らも、臨床で根が割れる時の衝撃や斜めの力とは違うとしています。
(3)比べたのは30日の貼薬の有無だけで、1〜4週間などの期間ごとの違いは見ていません。洗浄は生理食塩水だけで、臨床で使う次亜塩素酸ナトリウムとの組み合わせは試していません。
(4)円柱の太さや根管の壁の厚さを揃えた・補正したという記載は無く、無作為に分けた手順も書かれていません。標準偏差は、表1(32.065・28.341)と本文・抄録(32.3・29.0)で少しずれています。
(5)資金と利益相反の記載は見当たりませんでした。
とはいえ、短い期間の貼薬でも象牙質の性質が変わりうることを、ヒトの成熟した歯で示した点は貴重です。衝撃の試験などの続報が待たれます。
今日のひとこと
抜去歯の実験では、水酸化カルシウムを30日入れた根は、何も入れない根より、根の象牙質の円柱を壊すのに要した力の平均が14.4%小さくなりました。患者の歯で破折が増えるかはまだ分かりません。それでも、貼薬は「入れておけば安心」なだけの薬ではなく、象牙質にも働きかけうる材料として、目的と期間を意識して使う。この論文は、その意識を持つきっかけになります。


