ペリオ|Phase1 初期治療
「妊娠中の歯ぐきの炎症は、早産に関係します」——そう聞いたことはあっても、では口の中の菌がどうやって子宮まで届くのか、説明できるでしょうか。2013年、Madianosらは、ヒト・動物・試験管の研究を横断して「歯周病から妊娠合併症までの道筋」を1本の地図に整理しました。読み進めると、証拠として挙がっている症例がかなり具体的です。
①関連はあるのに、介入の結果がそろわない
歯周病と妊娠合併症の関連は、疫学研究で繰り返し示されてきました。ところが結果は必ずしも一致しません。同じテーマで介入研究を組んでも、効果が出る試験と出ない試験が並びます。
著者らはその理由を、方法論のばらつき・対象集団の違い・口腔の状態とは無関係に妊娠合併症の頻度を左右する産科的リスクに求めています。そして、こう問い直します——そもそも、口の中の菌はどうやって子宮まで届くのか。届く道筋を確かめないまま介入の是非を論じても、答えは出ない。
話の出発点は1891年です。Millerが提唱した「病巣感染説(focal infection theory)」——口の中の病巣が、離れた臓器の病気の原因になるという考え方。科学的裏づけを欠いたまま一度は棄てられましたが、その100年後、1990年代初頭にOffenbacherのグループがハムスターにチャンバーモデルを用いて、歯周病細菌と炎症性メディエーターが血流を介して胎児・胎盤系へ全身的に広がりうることを示しました。ここから研究が動き出します。
②届き方は、二通りある
① 直接経路。歯周病細菌やその産物が胎児・胎盤系に到達し、そこで本来あるべきでない場所での感染(ectopic infection)を起こす、あるいは局所の炎症反応を誘発する。結果として炎症性サイトカインとメディエーターが上昇します。
② 間接経路。歯肉で歯周病原菌に応じて作られた炎症性サイトカインとメディエーターが血流に入り、2方向に働きます。ⅰ)胎児・胎盤系に達してそこでのメディエーター蓄積をさらに高める。ⅱ)肝臓に達して、CRPなどの急性期反応物質の産生を促す。血中CRPの上昇は、補体の活性化・組織障害・炎症性サイトカインの誘導を通じて、胎盤側の炎症反応を増幅しうると説明されています。
細菌が羊水腔に入る経路自体も複数あります。膣・子宮頸部からの上行、胎盤を介した血流経由、羊水穿刺などの侵襲的処置による偶発的な持ち込み、卵管からの逆行性の拡がり。ただし著者らは、口腔から膣を経由する上行性の経路(オーラルセックスによる口腔-性器間の移行)については、それを支持する証拠はまだないと明記しています。生態学的に見て、口腔細菌が膣に定着するのは容易ではないためです。
③ヒトで実際に見つかっているもの
この総説がおもしろいのは、「届いた」という主張を具体的な症例で支えているところです。
ひとつ目。ある満期の死産例で、胎盤・肺・胃から Fusobacterium nucleatum が培養されました。そのクローン型は母親の歯肉縁下プラークのものと同一で、しかも母親の膣や直腸には存在しませんでした(Han 2010)。膣から上がってきたのではない、という消去法がここで効きます。
ふたつ目。早産例の羊水から、口腔にしか棲まない未培養の菌 Bergeyella が同定され、母親の膣からは検出されませんでした(Han 2006)。同じ菌が母親の歯肉縁下プラークにはいた。
みっつ目。早産徴候のある患者の羊水を9菌種で調べたところ、羊水腔に侵入していたのは Porphyromonas gingivalis だけでした(León 2007)。
免疫の側からの証拠もあります。母体血清に口腔細菌に対するIgGが十分にあると、出生体重が高く早産が少ない。逆に母体側の防御的IgGが足りないと、胎児が自らIgM反応を起こすことになり、これが早産と関連する(Madianos 2001)。実際、母体の抗red complex IgGが低く、胎児側の抗orange complex IgMが高い群で、早産率が最も高かったと報告されています。Boggessらの検討では妊婦の約3分の1が、臍帯血IgMで少なくとも1つの口腔細菌に陽性でした。
④動物モデルが示した、影響の射程
動物モデルは、ヒトでは調べられない先まで進みます。
ゴールデンハムスターに P. gingivalis のLPSを静注すると、胎児の形態異常・子宮内成長制限(IUGR)・吸収が増加しました。その頻度と重症度は用量依存で、大腸菌LPSを静注した場合と同程度でした(Collins 1994)。チャンバーモデルでも P. gingivalis はIUGRと吸収の増加を誘導し、その重症度はTNF-αとPGE2の上昇度に依存していました。マウスへの F. nucleatum 静注では早産と死産が起きています(Han 2004)。
そして Campylobacter rectus の一連の実験が、いちばん遠くまで届いています。
IUGRとなった胎仔では血清TNF-αが上昇しIL-10が低下。組織学的には、胎盤のlabyrinth(母体と胎仔のあいだで栄養と老廃物が交換される場所)が縮小していました。ここが小さくなれば栄養が足りず、成長が制限される。さらに構造の障害は母体側の血圧に影響し、妊娠高血圧腎症(pre-eclampsia)の引き金にもなりうると説明されます。
もう一段深いところでは、C. rectus 感染がマウスの igf2 遺伝子プロモーターの過剰メチル化を誘導しました(Bobetsis 2007)。igf2は刷り込み遺伝子(imprinted gene)で、発現はプロモーターのメチル化状態に強く支配されています。こうしたエピジェネティックな変化は体細胞に受け継がれるため、胎仔期の感染がその後の生涯にわたって遺伝子の発現を変えうる——著者らはそこまで書いています。
加えて、生き延びた新生仔の脳から C. rectus が検出され、局所の炎症反応とともに、髄鞘形成の欠陥とアポトーシスの増加がみられました。ヒトでも C. rectus と P. gingivalis の両方に曝露した新生児は、NICU入室が2倍という報告があります(Jared 2009)。
⑤明日の臨床へ
1つ目。深さより「出血」を見る。この総説がいちばん臨床に効く形で引いているのは、Fornerら(2006)の知見です。歯周治療で生じる菌血症の大きさは、歯肉炎指数・プラーク指数・BOP部位数と関連した一方、ポケット深さとは関連しませんでした。著者らはここから「ポケット深さのような臨床指標の増加は、菌血症の増加に必ずしも直線的に対応しない」と述べています。全身への影響という観点では、炎症と出血をどれだけ減らせたかが目安になります。
2つ目。妊娠中は入り口が広がっている。エストロゲンとプロゲステロンの上昇によって歯肉組織の血管透過性が高まり、細菌やその産物が普段より組織を通りやすくなる。妊娠期にF. nucleatum・T. denticola・C. rectus・Eikenella corrodens・Selenomonas sputigena といったグラム陰性菌が全体的に増えることも知られています。だから妊娠中の口腔衛生は、平時と同じ意味ではありません。
3つ目。説明は「整える」方向へ。ここまでの内容は、伝え方を誤ると妊婦さんを不必要に不安にします。因果が確定した話ではないこと、そしてやることは普段どおりのプラークコントロールと炎症の管理であること。この2点を外さないのが誠実な線でしょう。
今日のひとこと
歯周病が妊娠合併症に関わる道筋として、著者らは①細菌そのものが胎児・胎盤系に届く「直接経路」と、②歯肉で作られた炎症性物質が血流に乗り、胎盤と肝臓を動かす「間接経路」の2つを示しました。直接経路の証拠として、死産児の胎盤・肺・胃から培養された Fusobacterium nucleatum が、母親の歯肉縁下プラークのクローンと同一で、膣や直腸には存在しなかったという報告が挙げられています。動物モデルではさらに踏み込んでいて、Campylobacter rectus 感染は胎盤の栄養交換部を縮小させ、igf2遺伝子プロモーターの過剰メチル化というエピジェネティックな変化まで引き起こしました。一方で著者らは、菌血症の大きさが歯肉炎指数やBOPと関連する一方、ポケット深さとは関連しなかった(Forner 2006)ことを挙げ、「臨床的な重症度」と「全身への病原性」は別問題であり、ワンサイズの介入では答えが出ないと結論しています。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


