保存修復|抜去したヒト大臼歯192本から、咬頭部と歯冠中央部のエナメル質を3通りの向きで切り出し、2種類の接着システムの微小せん断接着強さ(水中24時間後)を比べた実験室研究(Shimada・Tagami 2003・Operative Dentistry)。接着した面は、耐水研磨紙280番で磨いたエナメル質
エナメル質は、小柱が束になって並んだ組織です。削る向きによって、小柱を横切った面にも、小柱に沿って縦に切った面にもなります。ShimadaとTagamiは2003年、抜去したヒト大臼歯のエナメル質を、部位(咬頭部・歯冠中央部)と切る向き(水平・軸方向・接線方向)を変えて切り出し、2種類の接着システムで微小せん断接着強さを測りました。リン酸エッチングのあとに1ボトルの接着材を使うシステム(Single Bond)では、小柱を主に横切った面で平均40.1〜51.7MPa、小柱に主に平行な面で平均24.9〜27.3MPa。セルフエッチングプライマーのシステム(Clearfil SE Bond)では、6種類の面すべてで平均35.7〜45.5MPaでした。どちらのシステムでも切る向きの影響は有意で、著者らは、セルフエッチングプライマーのほうが小柱の向きの影響を受けにくかった、と述べています。ただし、研磨したエナメル質の切片を使った実験室研究(in vitro)で、各条件10枚、水中に24時間置いたあとの値です。長期の耐久性や修復物の成績は調べていません。
①窩洞のエナメル質、どの壁も同じように着く?
咬合面の窩縁、Ⅱ級の箱の側壁、ベベルを付けた斜面。同じエナメル質でも、削って出てきた面はそれぞれ違います。エナメル質は小柱(エナメル小柱)が束になって並んだ組織なので、削る向きによって、小柱を横切った面にも、小柱に沿って縦に切った面にもなるからです。
その違いが接着強さにどう響くかを、抜去歯の切片で調べたのが、ShimadaとTagamiが2003年に Operative Dentistry に報告した実験室研究です。エナメル質の部位(咬頭部・歯冠中央部)と切る向き(3通り)を変え、2種類の接着システムで微小せん断接着強さを測りました。
・リン酸エッチングのあとに1ボトルの接着材を使うシステム(Single Bond)では、小柱を主に横切った面で平均40.1〜51.7MPa、小柱に主に平行な面で平均24.9〜27.3MPaだった
・セルフエッチングプライマーのシステム(Clearfil SE Bond)では、6種類の面すべてで平均35.7〜45.5MPaだった
・どちらのシステムでも、切る向きは接着強さに有意に影響した。著者らは、セルフエッチングプライマーのほうが小柱の向きの影響を受けにくかった、と述べている
・同じ面どうしで比べると、小柱に主に平行な3つの面では、セルフエッチングプライマーのほうが有意に高かった。咬頭部を水平に切った面では、リン酸エッチングのほうが有意に高かった(原著の表2)
・抜去したヒト大臼歯の、研磨したエナメル質の切片を使った実験室研究(in vitro)。各条件10枚、水中に24時間置いたあとの値で、長期の耐久性や修復物の成績は調べていない
②なぜこの実験が必要だったか
著者らは序論で、こう整理しています。ヒトのエナメル質は、アパタイトが小柱として高度に規則正しく並んだ構造をもつ。この構造の異方性(向きによって性質が違うこと)のために、接着する場所の違いが、修復材料の接着強さに影響するかもしれない。しかし、小柱の向きのような部位による構造の違いや、歯を切ること(窩洞形成)で生じる違いが、接着に与える影響は、まだ完全には分かっていない、と。
当時、市販の接着システムには大きく2つの型がありました。リン酸でエッチングしてから1ボトルの接着材を塗る型と、セルフエッチングプライマーを使う型です。この研究は、その2つの型で、エナメル質の部位と切る向きの影響がどう違うかを比べています。
なお著者らは考察で、エッチングしたエナメル質では、小柱を縦に切った面より横切った面のほうが引張接着強さが高かったという先行報告(Munechikaら 1984)を引いています。この報告は、今回は直接確認していません。
③何をどう比べたか
材料は、抜去したヒト大臼歯192本です。咬頭部と歯冠中央部のエナメル質を、次の3通りの向きで切り出しました。
・水平:歯軸に垂直に切る
・軸方向:歯軸に平行に切る
・接線方向:エナメル象牙境に平行に切る
2つの部位×3つの向きで、6種類の切片(厚さ約1.0mm)ができます。各32枚、合計192枚です。切片の面は、耐水研磨紙(280番)で、エナメル象牙境と外表面の中間の深さまで研磨しました。
6種類それぞれから20枚を無作為に選び(計120枚)、接着システムごとに10枚ずつに分けました。
・Single Bond(3M):35%リン酸のゲルで15秒エッチングし、15秒水洗。吸水紙で余分な水を取り、湿った面を残す(ウェットボンディング)。接着材を2回塗り、エアーで薄くして、20秒光照射
・Clearfil SE Bond(クラレ):セルフエッチングプライマーを20秒作用させて乾燥。ボンドを塗り、エアーで薄くして10秒光照射
どちらのシステムでも、接着材に光を当てる前に、内径約0.8mm・高さ約0.5mmのチューブをエナメル質の面に置いて、接着する範囲を区切っています。接着材を光照射したあと、チューブの中にコンポジットレジン(Clearfil AP-X)を詰めて40秒光照射。直径約0.8mmの小さなレジンの円柱を接着させました。室温(23℃)に1時間置いてからチューブを外し、37℃の水中に24時間保管。室温に戻したあと、直径0.20mmのワイヤーを円柱の根元に掛け、毎分1.0mmの速さで、壊れるまでせん断の力を加えています(微小せん断接着試験)。
壊れた面は、光学顕微鏡(30倍)と走査型電子顕微鏡(SEM)で調べ、壊れ方と小柱の向きを確かめました。統計は、接着システム・部位・切る向きの3つを因子とした三元配置分散分析と、そのあとの一元配置分散分析、Fisherの PLSD 検定(有意水準5%)です。このほかに、表面と接着界面を SEM と共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)で観察しています。
④結果:小柱に平行な面で、リン酸エッチングは低かった
まず、切った面で小柱がどちらを向いていたかです。SEM で見ると、軸方向に切った咬頭部と歯冠中央部、水平に切った歯冠中央部は、主に縦に切られた小柱(小柱に平行な面)でした。接線方向に切った咬頭部と歯冠中央部、水平に切った咬頭部は、主に横切られた小柱(小柱を横切った面)でした。
Single Bond では、小柱を主に横切った3つの面の平均が40.1〜51.7MPa、小柱に主に平行な3つの面の平均が24.9〜27.3MPaでした。Clearfil SE Bond では、6つの面すべてが35.7〜45.5MPaの範囲に入っています。
三元配置分散分析では、接着システムと切る向きの交互作用(p=0.0005)、部位と切る向きの交互作用(p<0.0001)、3つの因子の交互作用(p<0.0001)が有意でした。接着システムと部位の交互作用について、原著は有意ではなかった(p=0.160)と書いています。ただし、同じ表2に印刷されたF値(5.985)とこのp値は合っておらず、どちらが正しいかは原著からは決められません(補助線の(6))。全体を通した比較(Fisherの PLSD 検定、p<0.05)では、接着システムは Clearfil SE Bond のほうが高く、部位は咬頭部のほうが高く、切る向きは軸方向だけが有意に低い、という結果です。
接着システムごとに見ると、切る向きの影響は Single Bond で有意(一元配置分散分析、p=9.47×10−18)、Clearfil SE Bond でも有意でした(p=0.00076)。Clearfil SE Bond でも軸方向の面は低い傾向があり、著者らは「向きの影響が Single Bond より小さかった」と表現しています。部位(咬頭部と歯冠中央部)の差は、Single Bond では有意、Clearfil SE Bond では有意差は検出されませんでした(p=0.0574)。
同じ面どうしで2つのシステムを比べた判定(原著の表2)は、図1の右端の列のとおりです。小柱に主に平行な3つの面では、どれも Clearfil SE Bond のほうが有意に高い値でした。接線方向の2つの面では、有意差は検出されていません。咬頭部を水平に切った面では、Single Bond(51.7MPa)のほうが Clearfil SE Bond(45.5MPa)より有意に高い、という判定です。
壊れ方にも、面による違いがありました。小柱に主に平行な3つの面では、どちらのシステムでも、界面だけで壊れた試料は1枚もなく、エナメル質の中で壊れたものが大半でした(2つのシステムを合わせた60枚のうち、エナメル質内の破壊55枚、混合5枚。表1から筆者が合計)。小柱を主に横切った3つの面では逆に、エナメル質の中だけで壊れた試料は1枚もなく、界面での破壊が大半でした(60枚のうち界面破壊58枚、混合2枚。同じく筆者の合計)。
顕微鏡の観察では、リン酸でエッチングした面のほうが、セルフエッチングプライマーで処理した面より、はっきりしたエッチングの模様を示しました。小柱に平行な面をリン酸でエッチングすると、アパタイトの結晶だけでなく、表面直下の小柱が深い部分のエナメル質からはがれている像が見られた、と著者らは書いています(原著の図3b)。
⑤結果の読み方
著者らは結論を3つにまとめています。「この in vitro 研究の限界の範囲で」という前置きつきです。
(1)2つの接着システムの接着強さは、エナメル質の異方性の構造に影響された(p<0.05)。
(2)小柱に平行なエナメル質にリン酸エッチングを行うと、表面はエッチングされすぎた(over-etched)ように見え、接着は低くなった。
(3)小柱に平行なエナメル質に対しては、セルフエッチングプライマーのシステムのほうが、1ボトルの接着システムより高い接着強さを示した(p<0.05)。
なぜそうなるのか。ここからは、著者らの考察での推測です。この実験が仕組みを確かめたわけではありません。小柱に平行な面では、エナメル質そのものの弱さが「弱い環」になっているのかもしれない。接着材が光で硬化するときの収縮の力が、エナメル質に亀裂を入れた可能性が高い。Single Bond の接着材はフィラーを含まず、Clearfil SE Bond の接着材はフィラーを含むので、収縮の力が小さいのかもしれない。リン酸による深さ約10µmのエッチングは、小柱に平行な面には強すぎるのかもしれない。著者ら自身も、硬化時の応力がエナメル質に与える影響はさらに研究が必要だ、と書いています。
咬頭部を水平に切った面で Single Bond が51.7MPaと高かった理由についても、著者らは、咬頭の中心近くで小柱が複雑に走り、密度も高いためだろう、と推測しています。
⑥明日の臨床へ
ここからは筆者の読みです。原著の主張ではありません。
この実験が教えてくれるのは、「エナメル質ならどの面も同じように着く」とは限らない、という見方です。同じエナメル質でも、削って出た面で小柱がどちらを向いているかによって、接着強さに有意な違いがあり、壊れ方の内訳も違っていました。少なくともこの実験の条件では、リン酸エッチングの面でその違いが大きく出ています。
著者らは考察で、窩縁のエナメル質にはベベルを付けるべきだ、小柱に平行な壁にリン酸を使うときは特に、と書いています。ベベルを付けると辺縁の適合が良くなるという先行報告を引いたうえでの提案で、この実験がベベルの効果を調べたわけではありません。
一方で、「エナメル質はセルフエッチングだけで十分」と読める実験でもありません。試したのは、研磨紙で磨いたエナメル質の面です。著者ら自身、削っていないエナメル質の表面は小柱のない層で石灰化度が高く、セルフエッチングプライマーの効果が下がるという報告がある、と書いています。測ったのは37℃の水中に24時間保管したあとの値だけで、長期の安定性は今後の評価が必要だ、とも述べています。
手元の症例で、どの壁が小柱に平行になりそうか。そこにどの処理を使うか。それを考えるときの材料の1つ、という位置づけで読みたい実験です。
(1)実験室研究(in vitro)です。抜去したヒト大臼歯から切り出し、研磨紙で磨いた平らなエナメル質に、直径約0.8mmのレジンを接着させています。実際の窩洞の形や、患者さんの口の中での成績を調べた研究ではありません。
(2)各条件は10枚です。測ったのは、37℃の水中に24時間置いたあとの値だけ。温度変化や咬合の力をかけたあとの値、長期の耐久性は調べていません。
(3)接着システムは、それぞれの型から1製品ずつです。同じ型のほかの製品に当てはまるかは、この実験からは分かりません。
(4)「小柱に平行」「小柱を横切る」は、SEM で見て、その面に「主に」どちらの小柱があったか、という分類です。1枚ごとに小柱の角度を測ったものではありません。
(5)咬頭部を水平に切った面の読み方には、原著の中で揺れがあります。表2では、この面で Single Bond と Clearfil SE Bond のあいだに有意差あり(51.7MPa と 45.5MPa)と示されていますが、考察の本文は、小柱を横切った面では2つのシステムの接着強さは「同程度」と書いています。
(6)原著の統計の数値には、合わない所があります。表2では、接着システムと部位の交互作用がF=5.985、p=0.160と印刷され、本文は「有意ではなかった」と書いています。しかし、このF値とp値は合っていません(120枚・12条件の分散分析なら、このF値はもっと小さいp値になります)。どちらが正しいかは原著からは決められないので、この交互作用の有無は確定できません。また、一元配置分散分析のF値は、2つの接着システムで同じ値(2.386)が印刷されています。p値は本文のとおりに引用しましたが、F値はこの記事では使っていません。
(7)小柱に平行な面では、多くの試料がエナメル質の中で壊れました。この場合の値は、接着界面そのものの強さというより、エナメル質が壊れたときの力を反映している可能性があります。著者らも、せん断試験では応力のかかり方が均一でないという報告に触れています。
(8)材料は、3M ESPE とクラレから提供を受けています。研究は東京医科歯科大学の支援によるもので、利益相反についての記載は論文中に見当たりません。
(9)背景と考察で著者らが引いた先行研究(Munechikaら 1984 など)は、今回は直接確認していません。
窩洞を削るとき、いま出ている面で小柱がどちらを向いているかを想像してみる。そのきっかけをくれる研究、という位置づけで読むのがよさそうです。
今日のひとこと
この実験が示したのは、研磨したエナメル質の切片では、削って出た面で小柱がどちらを向いているかによって、接着強さに有意な違いがあり、壊れ方の内訳も違っていたということです。リン酸エッチング+1ボトル接着材(Single Bond)は、小柱を主に横切った面で平均40.1〜51.7MPa、小柱に主に平行な面で平均24.9〜27.3MPa。セルフエッチングプライマー(Clearfil SE Bond)は6種類の面すべてで平均35.7〜45.5MPaでした。著者らは、小柱に平行な壁にリン酸を使うときは特に、窩縁のエナメル質にベベルを付けるべきだと提案しています。ただし、抜去歯の切片・各条件10枚・水中に24時間保管したあとの値だけの実験室研究で、接着システムはそれぞれの型から1製品ずつ。削っていないエナメル質の表面や、長期の耐久性は調べていません。窩洞のどの壁が小柱に平行になりそうかを考える手がかりの1つ、という位置づけで読みたい1本です。


