顎関節のクリック|フィンランドの若者128人を14・15・18・23歳の4回、問診と聴診器での診査で追跡し、クリックの移り変わりとロックの発生を調べた9年間の縦断研究(Könönen ほか 1996・Lancet)。比較群のない観察研究で、顎関節症の患者を対象にした研究ではない
10代の「顎が鳴る」は、将来のクローズドロックの前ぶれなのか。この研究は、フィンランドの若者128人を14・15・18・23歳の4回、問診と診査で追いかけました。クリックのあった人の割合は、自己申告で11%→31%、診査での記録で11%→34%と年齢とともに増えました。ただし同じ人で出たり消えたりしており、4回すべてでクリックがあった人は自己申告で2人(2%)、診査の記録で3人(2%)だけ。そして23歳までにロックに進んだ人は0人でした。著者らは、クリックの治療は保存的であるべきだと述べています。128人・23歳までの観察で、ロックはもともとまれな出来事なので、「リスクがない」ことを示した研究ではありません。
①顎がカクカク鳴る10代、将来ロックする?
「口を開けるとカクッと鳴るんです」。中高生の患者さんや保護者から、こう相談されることがあります。顎関節のクリック音は、放っておくと口が開かなくなるクローズドロックに進む前ぶれかもしれない——そう考えられてきた時期がありました。
原著の背景にも、クリックがロックの素因になると想定されてきたこと、一方でクリックはよくある訴えなのに、痛みを伴うロックはまれであることが書かれています。では、クリックはロックを予測できるのか。フィンランドの若者を14歳から23歳まで追いかけた1996年の報告です。
・フィンランドの若者128人を、14・15・18・23歳の4回、問診と診査で追跡した(9年間の縦断研究)
・クリックのあった人の割合は、自己申告で 11%→31%、診査での記録で 11%→34% と、年齢とともに増えた
・ただし同じ人で出たり消えたりしていた。4回すべてでクリックがあった人は、自己申告で2人(2%)、診査の記録で3人(2%)だけ
・23歳までにロックに進んだ人は0人。著者らは、クリックの治療は保存的であるべきだと述べている
②今回の一手:同じ128人を、9年間で4回みる
横断の疫学研究では高い有病率が報告されていました。この研究は同じ人を4回調べています。
・対象:1984年に最初の診査を受けたフィンランドの若者156人(平均14.1歳、SD 1.5)。そのうち、4回すべての診査を受けた128人(82%。男子60人・女子68人)を報告
・時点:14歳・15歳・18歳・23歳の4回
・自己申告:標準化した質問による問診で、クリックを含む顎関節の自覚症状を聞いた
・診査での記録:頬骨弓に当てた聴診器でクリック音を確認。診査はすべて1人の歯科医師が、問診の答えを知らない状態で行った
・クリック音の種類は分類せず、「あり・なし」だけを記録した
比較群を置いた試験ではなく、治療の効果を比べた研究でもありません。一般の若者の集団で、クリックがどう移り変わるかを見た観察研究です。
③結果1:クリックのある人は、年齢とともに増えた
・自己申告:14歳 11% → 15歳 12% → 18歳 25% → 23歳 31%。本文では、14歳から18歳(P < 0.01)、18歳から23歳(P < 0.05)の増加が有意
・診査での記録:14歳 11% → 15歳 18% → 18歳 32% → 23歳 34%。有意な増加は15歳から18歳の間だけ(P < 0.01)
・自己申告のクリックについて、男女で有意な差はなかったと書かれている
・自己申告と診査の記録は、どの年齢でも有意に相関した(14歳 r = 0.20、15歳 r = 0.32、18歳 r = 0.45、23歳 r = 0.46)
23歳の時点で、およそ3人に1人にクリックがあったことになります。ここだけ見ると「増えていく=進行する」と読みたくなりますが、次の結果が大事です。
④結果2:同じ人で、出たり消えたりしていた
・自己申告:9年間で一度でもクリックを申告した人は 45%。4回すべてで申告した人は2人(2%)
・診査での記録:一度でも記録された人は 53%。4回すべてで記録された人は3人(2%)
・自己申告も診査の記録も4回すべてであった人は、女子1人(1%)だけ
原著の図1・図2には、時点ごとに「新しく出た人」と「消えた人」の人数が載っています。
・自己申告(クリックありは 15人→16人→32人→39人)
14→15歳:新しく出た 10人/消えた 9人
15→18歳:新しく出た 22人/消えた 6人
18→23歳:新しく出た 20人/消えた 13人
・診査での記録(クリックありは 14人→24人→41人→43人)
14→15歳:新しく出た 18人/消えた 8人
15→18歳:新しく出た 26人/消えた 9人
18→23歳:新しく出た 20人/消えた 18人
たとえば18歳でクリックを申告していた32人のうち、13人は23歳では申告していませんでした。全体の割合は増えていても、中身は入れ替わっているわけです。著者らは抄録で、クリックには予測できるパターンがなかったと書いています。
⑤結果3:23歳までに、ロックに進んだ人は0人
この研究のいちばんの問いへの答えです。128人のうち、23歳までにクリックが顎関節のクローズドロックに進んだ人は1人もいませんでした。
・クリックは短期だけでなく長期でも同じ人の中で大きく変動するので、クリックの診断上の価値には疑問がある
・一方、自覚と他覚の相関はまずまず良いと著者らは述べ、これは咀嚼系の機能的な乱れがあることを示唆する、と著者らは書いている
・クリックは進行性だとする見方と、適応的なものだとする見方がある。著者らは、自分たちの結果は後者に沿うと考えている
・抄録の結び:ロックに進んだ人がいなかったので、クリックの治療は保存的であるべき
・本文の結び:思春期のクリックは年齢とともに増えるが、保存的な治療を検討する場合でも慎重に
⑥明日の臨床へ
・10代の患者さんの「顎が鳴る」という訴えに、「鳴る=いずれロックする」と決めつけないための材料になります。この集団では、クリックは出たり消えたりしていました
・説明の言葉として、「同じ年代ではよくあること」「消えることもある」「この研究では、23歳までにロックに進んだ人はいなかった」と、対象と時点を添えて伝える使い方が考えられます
・クリックだけを理由にした、後戻りできない処置は急がない。経過をみる、という選択肢を支える報告です
・この研究が見たのは「音」です。痛みや開口障害がある場合の扱いは、この研究からは決められません
人数と期間:追跡は128人、23歳まで。ロックはもともとまれな出来事なので、「128人で0人」は「リスクがない」という意味にはなりません。24歳以降のことも、この研究ではわかりません。
追跡できなかった人:最初の156人のうち、4回すべてを受けなかった28人(156人と128人の差)は報告に含まれていません。その人たちの経過は書かれていません。
測り方:クリック音は種類を分けず「あり・なし」だけ。聴診器での診査で、画像検査で関節円板の位置を調べたという記載はありません。診査は1人の歯科医師によるものです。ロックをどう判定したかの詳しい基準も、この報告には書かれていません(研究の詳細は別の論文に記載、とあります)。
対象:フィンランドの一般の若者で、顎関節症で受診した患者さんの集団ではありません。
原著の中の食い違い:自己申告の有意な増加について、本文は「14歳から18歳」、図1の説明は「15歳から18歳」と書いています。この記事の箇条書きは本文の記載に従いました。
資金・利益相反:原著に記載は見当たりません。
それでも、「よくあるクリック」と「まれなロック」のあいだを、同じ人を9年追って確かめた貴重な記録です。鳴るという所見だけで将来を決めつけない、という落ち着いた見方を支えてくれる1本です。
今日のひとこと
この研究が示したのは、フィンランドの若者128人を14歳から23歳まで追うと、クリックのある人は増えたが、同じ人で出たり消えたりしており、23歳までにロックに進んだ人はいなかったということです。著者らは、クリックの治療は保存的であるべきだと述べています。「鳴る=いずれロックする」と決めつけず、経過をみるという選択肢を支える報告、というのが筆者の読みです。128人・23歳までの観察で、ロックはまれな出来事なので、リスクがないことを示したわけではありません。痛みや開口障害がある場合の扱いは、この研究からは決められません。


