局所麻酔|表面麻酔・浸潤麻酔・上顎中切歯・注射時痛と麻酔成功率
浸潤麻酔の前に表面麻酔を塗る——ほぼ全員がやっている手順です。では、その1分間は何をしていたのでしょうか。25名に同じ見た目・匂い・粘度のプラセボゲルを混ぜて二重盲検で確かめると、刺入痛は1.5対1.6、注入痛は1.6対1.4——どちらも有意差はありませんでした。ついでに分かったことがもうひとつ。電気歯髄診に無反応となる割合が最も高かったのは5分後ではなく15分後だったのです(ただし30分後には大きく落ちます)。
①表面麻酔を塗る1分間は、何のための1分か
浸潤麻酔の前に表面麻酔を塗る。ほぼ全員がやっている手順です。では、その効果を確かめたことはありますか。
原著が整理する状況はこうです。表面麻酔が注射の痛みを減らすかどうかについて、これまでの研究は結果が割れてきました。針の刺入と薬液注入の痛みを減らすという仮説を支持する研究がある一方、反対の結果を示した研究もある。
食い違いの理由として挙げられてきたのが注射部位です。原著の記述では「口の中のさまざまな部位」——研究ごとに部位がばらばらでした。そして著者らは、ある空白に気づきます。上顎中切歯の唇側という、口の中で最も痛い注射部位のひとつについて、表面麻酔の効果を評価した研究は存在しない。
もうひとつ、この研究には裏テーマがあります。「注射が痛いと麻酔が効きにくい」という臨床の実感です。不安は麻酔失敗の主要な原因のひとつとされており、注射時の痛みは患者の不安を高めうる。ならば注射時の痛みは、麻酔の成功率に影響するのか——これを直接調べた研究は、浸潤麻酔についてはありませんでした。
②同じ人に、2回。ゲルの中身だけを入れ替えて
クロスオーバー二重盲検試験です。25名のボランティア(歯学部学生)が、2週間の間隔をあけた2回の来院で、20%ベンゾカインの表面麻酔とプラセボゲルをランダムな順で受けました。同じ人が両方を経験するので、個人差が結果に混ざりません。
手順は統一されています。表面麻酔(またはプラセボ)を唇側前庭の歯槽粘膜に塗り、1分後に浸潤麻酔。針は唇側粘膜に5〜7mm刺入し、3%プリロカインを1.8mL、1分かけて注入しました。麻酔薬にプリロカインを選んだのは、注射時の痛みが他剤より有意に少ないと報告されているためで、薬液自体が痛みの交絡因子にならないようにしています。
評価は2つ。痛みは、注射直後に「針の刺入時」と「薬液注入時」を別々のVAS用紙で申告(0=痛みなし、1〜3=軽度、4〜6=中等度、7〜9=重度)。麻酔の成功は、注射後5分・15分・30分・60分の電気歯髄診に無反応であることと定義しました。
③結果①:表面麻酔は、痛みを減らさなかった
針の刺入時の平均痛みスコアは、表面麻酔1.5±0.8、プラセボ1.6±0.8。薬液注入時は、表面麻酔1.6±0.8、プラセボ1.4±0.6。どちらも有意差なし(P>.05)でした。注入時にいたっては、数字の上では表面麻酔のほうがわずかに高いくらいです。
著者らの結論は明快です——上顎中切歯への浸潤麻酔において、表面麻酔の使用は、針の刺入時の痛みにも薬液注入時の痛みにも有意な効果を持たなかった。
④結果②:痛かった人でも、成功率は落ちていなかった
もうひとつの問いです。50回の注射のうち、29回(58%)で「痛みなし〜軽度」、21回(42%)で「中等度〜重度」の痛みが報告されました。
麻酔の成功率を比べると——痛みスコア0〜3の群では69%(20回)が成功、4〜9の群では81%(17回)が成功。有意差はありません(P>.05)。数字の向きは、むしろ痛かったほうが高いくらいでした。
「注射時の痛みは麻酔の成功率に影響する」という仮説は棄却された、と原著は書きます。ただし、ここに添えられた一文が良い。「注射時の痛みが麻酔の成功に有意な影響を与えないとしても、術者にとって、可能なかぎり痛みなく麻酔を行うことは、患者から信頼され好かれるうえで非常に重要であることを心に留めておくべきである」。
⑤結果③:ピークは5分ではなく15分だった
この論文で個人的にいちばん実務に効くのが、この時間経過です。
電気歯髄診に無反応だった人の割合は、5分後で44%(表面麻酔)/48%(プラセボ)、15分後で64%/52%、30分後で16%/20%、60分後で4%/0%。最も高かったのは15分後でした(群間の差はどの時点でも有意ではありません)。
そして全体像。50本の注射のうち、いずれかの時点で電気歯髄診に無反応となったのは72%。裏を返せば、4本に1本以上は、どの時点でも無反応にならなかったということです。上顎中切歯の麻酔については、眼窩下神経ブロック・切歯管ブロック・AMSAなど術式の違う研究で成功率が10〜87%という幅で報告されており、原著はこの幅の広さを注射法の違いによるものだろうとしています。そのうえで著者らは、今回の72%を同じ薬液・同じ術式を用いた先行研究と同程度であると評しています。
⑥明日の臨床へ
第一に、表面麻酔の1分間は、少なくとも上顎中切歯の唇側では、痛みを減らしていなかった。ただし原著が丁寧に整理しているとおり、塗布時間・表面麻酔の種類・部位のどれもが結果を変えうる要素です。この研究が測ったのは「20%ベンゾカインを1分・上顎中切歯唇側」という1つの条件で、20分置いても効果がなかったという報告がある一方、30秒で有益だったという報告もある。やめる根拠にするより、自分がなぜその手順を踏んでいるかを確かめる材料と読むのが正確でしょう。
第二に、効き始めを5分で判定していないか。この試験系で最も高かったのは15分後でした。前歯部の浸潤麻酔で「まだ効いていない」と感じたとき、追加の一本より先に、あと数分待つという選択肢があります。ただし読み方には2つの留保が要ります——(1) 時点どうしは統計的に比較されていません(原著が検定したのは各時点での群間差だけです)。5分から15分への純増は50本中6本(23本→29本)に過ぎません。(2) そして30分後には16%/20%まで落ちています。待てば効くという窓は、15分から30分のあいだに閉じていることになります。
第三に、痛がった患者に「これは効きが悪いかもしれない」と身構えなくてよい。少なくともこのデータでは、注射時の痛みと麻酔の成否は結びついていませんでした。とはいえ、痛みなく打つことの価値は別のところにある——原著自身がそう書いています。
25名という小さな試験です。サンプルサイズは「自己申告の痛みが30%減ること」を検出できる設計(検出力90%)で計算されており、それより小さい差を見逃している可能性は残ります。被験者は健常な歯学部学生——不可逆性歯髄炎の急性痛を抱えて来院する患者とは、痛みの感じ方も麻酔の効きも違うでしょう。麻酔の成否は電気歯髄診の無反応で判定しており、実際の切削に耐えられるかどうかを測ったものではありません。そして繰り返しになりますが、測られたのは「20%ベンゾカイン・1分・上顎中切歯唇側・3%プリロカイン」という1つの組み合わせだけです。それでも、二重盲検・クロスオーバー・粘度まで揃えたプラセボという設計は丁寧で、手順を「効くはずだから」で続けていないかを点検するには十分な質を持っています。
今日のひとこと
20%ベンゾカインを1分置いても、上顎中切歯唇側の刺入痛(1.5対1.6)も注入痛(1.6対1.4)も変わらなかった。「痛い注射は効きが悪い」という実感も、このデータでは支持されていない(成功率69%対81%、有意差なし)。そして無反応の割合が最も高かったのは5分後ではなく15分後だった——効いていないと感じたとき、追加の一本より先にあと数分、という選択肢がある。ただし時点どうしは検定されておらず、30分後には16%/20%まで落ちる。


