エンド|電気歯髄診・安全性・動物実験
反応が出ないから、目盛を上げてもう一度。あの一手で歯髄を傷めていないか、気になったことはありませんか。1973年、ミシガン大のグループが、サルの歯に最大電流を5時間連続で当て続け、抜いて顕微鏡で確かめました。結果は「対照歯と区別がつかない」。ついでに、日々の使い方に効く発見も落ちています。
①「電気診、歯に悪くないんですか」
電気歯髄診で反応が出ない。目盛を少し上げて、もう一度当てる——日常のこの一手について、患者さんに「それ、歯に悪くないんですか」と聞かれたら、何と答えているでしょうか。
電気歯髄診は、1867年にMagitotが持ち込んで以来、生活歯と失活歯を臨床で見分けるいちばん役に立つ手立てのひとつとして使われてきました。それでも著者らは冒頭でこう書きます——これだけ広く使われているのに、歯髄の感受性が時期や条件でどう変わるかについて、分かっていることは少ないと。
②「強い刺激を長く続けると傷む」——出典はあるが、検証はなかった
当時から「高い強度での長時間の刺激は歯に不可逆的な損傷を与える」という記述はありました。ただしそれは痛みの生理学の成書(Hardyら 1952)にあった一文で、この論文の著者らが確かめたことではありません。著者らが問題にしたのはそこです——いま臨床で使われている電気歯髄診の器械が、実際に不可逆的な歯髄損傷を起こしうるのかは分かっていない。
目的はひとつ。この器械が歯髄組織の形態を変えうるかどうかを決める。答え合わせは、当てて、抜いて、覗くという最短距離で行われました。
③臨床では起こりえない条件で、当て続けた
対象はアカゲザル(Macaca mulatta)の若い雄1頭。Ketalarで鎮静し、5時間半にわたって保定したうえで、1回のセッションで4歯に同時に器械の探針を当てました(最初のセッションは下顎左右の犬歯と第一小臼歯)。うち3歯はレオスタット(出力つまみ)を最大電流の目盛14に、残る1歯は通電なしの目盛0=対照。そのまま5時間、連続で当て続けます。
刺激した歯はそのまま口の中に残し、24時間後・48時間後・72時間後に1本ずつ抜歯。同じ手順を月1回のペースで3セッション行い、刺激歯9本(24・48・72時間後に各3本)と対照歯3本を得ました。抜歯時に根尖を切除し、10%ホルマリン固定・脱灰の後、6μmの亜連続切片(subserial sections)をH&E染色して鏡検しています。
著者らはさらに、硬組織を挟まなければどうかも確かめました。エナメル質・象牙質という「間に入るもの」が守っているだけかもしれないからです。マウス(Swiss-Webster系の雄)60匹の肩甲間の皮膚を剃毛し、同じ器械の電極を直接当てる。1回につき24匹を最大電流、6匹を通電なしとし、3時間連続。これを2回行って刺激48・対照12の標本を作り、同じく24・48・72時間後に採取して同じ染色で見ました。
結果です。刺激した歯9本のうち8本(24時間後3本・48時間後3本・72時間後2本)の歯髄は、通電していない対照歯と区別がつきませんでした。残る1本(72時間後に抜歯)には血管周囲の赤血球漏出が見られましたが、歯髄細胞の変性も浮腫も伴っておらず、こうした変化は抜歯時の鉗子の圧でも起こると報告されていることから、抜歯による損傷と解釈されています。
マウスの皮膚も同じでした。刺激した48と対照12のあいだに差はなし。上皮下の血管周囲にごく小さな炎症細胞浸潤がときどき見られましたが、これは両群ともに見られ、剃毛の軽い刺激によるものとされています。硬組織が守っていたから無事だった、という説明は取りにくくなりました。
④「器械が途中で止まっていたのでは?」——著者らはそこも潰した
何も起きなかったとき、まず疑うべきは「そもそも通電していたのか」です。5時間のあいだに器械が過熱して動かなくなっていたのなら、この結果には意味がありません。著者らも同じことを考え、BurtonとParkellの電気歯髄診を複数台集めて、出力特性を実測しました(各測定は4回ずつ)。
まず器械の素性から。Burton Vitalometerが出すのは断続的な高周波電流で、その出力の範囲は20〜300マイクロアンペア、つまみの位置によって変わります。そのうえで著者らが「興味深い」として挙げた所見は2つ。ひとつ、試験した30台のうち19台では、最大出力に達するのは目盛11で、12から14のあいだでは出力がほとんど増えなかった。ふたつ、Parkellが同じ目盛なら波形の周波数も振幅も一定だったのに対し、Burtonは同じ目盛のままでも出力が最大21%ぶれた。
そのうえで、5時間にわたる時間と電流の関係も測っています。どちらの器械も、5時間を通じてほぼ一定の電流を出し続けていました。器械は生きていた。それでも組織は変わらなかった。
⑤明日の臨床へ——安全性より、「目盛の数字」のほうが問題
第一に、通常の使い方で電気診が歯髄を傷める心配は小さい、と動物で示されたということ。著者らの言い方はもう少し踏み込んでいて、「この研究で歯と皮膚に与えた電気刺激の量は、ヒトの日常的な電気歯髄診で使う量をはるかに超えるので、これらの器械による歯髄の損傷は起こりにくく、不可能とさえ言えるかもしれないと思われる」。ただしこれはサル1頭とマウスでの話で、ヒトの臨床で確かめたものではありません(→補助線)。それでも、患者さんに聞かれたときに「動物実験ではこう確かめられています」と言える土台にはなります。
第二に、この論文がついでに残した発見のほうが、実は日々の診療に効きます。目盛を上げても、出力はどこかで頭打ちになる。30台中19台で、最大出力に達するのは目盛11でした。「反応が出ないから14まで上げる」は、必ずしも刺激を強めていないかもしれない。反応が出ない理由を刺激不足だけに求めず、探針の接触・防湿・導電ペースト・修復物や補綴物の介在を先に疑うほうが、たどり着くのは早そうです。
第三に、同じ目盛のままでも、出力はぶれる。Burtonは同じ目盛で出力が最大21%変動しました(Parkellは周波数も振幅も一定)。つまみの数字は、そのつど同じ刺激量を約束してくれるわけではない、ということです。ここから先は原著の提言ではなく僕の読みですが——読み値を絶対値として扱わず、同じ患者の健全な対照歯と、同じ器械で比べる。この実験自体が毎回1歯を対照に取っていたのと、同じ構えです。
アカゲザル1頭・刺激歯9本・対照歯3本という小さな動物実験で、ヒトの臨床で安全性を実証したものではありません。器械も1973年当時のもの(Burton Vitalometer・Parkell T-6)で、現在の機種とは出力特性が違います。観察は最長72時間までなので、それ以降の遅発性の変化は見ていません。見たのは組織の形態だけで、歯髄血流や神経の働きは評価されていません。それでも、「強く長く当てると傷む」という言い伝えを、当てて抜いて覗くという最短距離で確かめた仕事です。診査の道具の安全性を、道具の側から確かめた一本。
今日のひとこと
臨床では起こりえない「最大電流を5時間」でも、サルの歯髄の組織像は対照歯と変わらなかった。通常の使い方で歯髄を傷める心配は小さい——ただし動物での話。むしろ「目盛を上げても出力は頭打ちになることがあり、同じ目盛のままでも出力は最大21%ぶれる」のほうが、明日の診療に効く。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


