エンド|歯髄診断・低侵襲歯内療法・分類の提案
自発痛が出たら不可逆性歯髄炎、だから抜髄。この一本道について、Woltersらは「その一語が歯髄に有罪を宣告している」と書きます。提案は、二分法をやめて歯髄炎を初期・軽度・中等度・重度の4段階に開き、段階ごとに「どこまで取るか」を割り当てること。ただしこれは前向き試験ではなく、学術誌の論説(提案)です。
①「不可逆」と書いた瞬間、処置が決まってしまう
冷たいものにしみるだけなら可逆性、自発痛や夜間痛が出たら不可逆性——だから抜髄。僕らは毎日この二分法で線を引いています。ところがWoltersらは、「不可逆(irreversible)」という語そのものを問題にします。この語は歯髄に有罪を宣告するもので、行き着く先は抜髄か抜歯。診断名の顔をして、実質は処置の宣告になっている、というわけです。
そのうえで著者らはこう続けます。炎症のない歯髄組織が残っていて、歯髄全体が壊死してしまっていない限り、その生活組織は管理して残せる。ここがこの論説の出発点です。
②全部取ることの、思ったより大きな代償
根管治療には歯質の喪失がつきまとい、治療した歯を弱くして破折しやすくします(著者らはKishen 2006・Al-Omiri 2010・Reeh 1989を引きます)。
そして成績も、期待されているほどではないと著者らは言います。引かれているのはオランダの横断研究(Petersら2011)で、2次元のエックス線写真で調べたとき、根管充填された歯の約40%に根尖部の透過像があったという数字です。しかも根尖病変が写っていないからといって感染していないとは限らない(Molander 1998・Ricucci 2014)。だから一般臨床で行われる標準的な根管治療の実際の失敗率は、期待をはるかに超えて高い——これが著者らの現状認識です。なお、この40%を含めて②の数字は著者ら自身のデータではなく、論説が引用している他研究のものです。
③今回の一手:「不可逆」をやめ、4段階に開く
著者らが掲げるのが、低侵襲な歯内療法「Endolight」という考え方です。炎症の強い部分だけを取り除き、炎症のない生活組織はその場に残して回復させる。利点として原著が挙げるのは4つ——免疫機能の保持と歯の構造的な健全性、処置手順の簡素化と難しい根管解剖に伴う合併症の回避、処置による痛みが少ないこと(Simon 2013)、患者と社会にとってのコストと負担の軽減です。
そのうえで著者らは、歯髄炎の診断分類を初期・軽度・中等度・重度の4段階に開き、段階ごとに低侵襲な処置を割り当てる体系を提案します。症状に基づく分類としてはHashemら2015(軽度可逆性=温・冷・甘味へのしみが15〜20秒以内で自然に収まる/重度可逆性=痛みが数分以上続き内服鎮痛薬を要する/不可逆性=持続する鈍い拍動痛、鋭い自発痛、打診痛または横になると悪化する痛み)が先行しており、著者らはこれを歯髄診断の前向きな進展と評価したうえで、自分たちの拡張案を出しています。
④提案された4段階と、それぞれの処置
並べてみると、原著の区切り方が見えてきます。初期と軽度の分かれ目は「持続するかどうか」。初期は冷刺激への反応が亢進するけれども持続せず、自発痛も打診への反応もない。軽度は反応が亢進したうえに延長し、最大20秒ほど続いてから収まる。どちらも処置は間接歯髄治療(IPT)です。
軽度と中等度の分かれ目は「数分」と「自発痛」。中等度では冷刺激への強い反応が数分続くことがあり、鎮痛薬である程度抑えられる自発性の鈍痛が加わります。ここから処置は、歯冠部断髄(部分的または完全に)へ切り替わります。
重度は、強い自発痛、温・冷刺激への明確な疼痛反応、鋭い〜鈍い拍動痛、痛みで眠れない(横になると悪化する)、触診と打診にきわめて敏感。これに当てはまる組織像として原著が想定するのは、歯冠部歯髄の広範な炎症が根管内へ及んでいる可能性がある状態です。それでも最初の一手は歯冠部断髄に置かれています。
⑤なぜ「不可逆」でなくなるのか
根拠として著者らが最も重く引くのがRicucciら2014です。従来、成熟歯では臨床の徴候・症状と歯髄の組織像の関係は乏しいとされてきました(Seltzer & Bender 1963・Garfunkel 1973・Dummer 1980)。ところが近年これが問い直され、Ricucciらの組織学的研究は歯髄炎の臨床症状と、対応する病的歯髄の組織像はよく相関すると示しました。そして不可逆性歯髄炎の症例では、炎症や壊死を示す形態学的変化は主として歯冠部歯髄に起きており、根部歯髄は生活していた。だから断髄をすれば根部歯髄を残せる可能性がある、というのが著者らの読み筋です。
生物学の裏づけも並びます。象牙質は歯髄の象牙芽細胞の突起を含む生きた組織で、歯髄と一体の「歯髄−象牙質複合体」として考えるべきものです(Pashley 1996)。う蝕の進行で象牙質が脱灰されると、TGF-β・ADM・IGF-1/-2といった成長因子が放出され、歯髄の修復・再生に関わる過程を後押しします。歯髄はこれまで考えられていたより微生物の攻撃に強い——そうした知見が積み上がってきました。
実際に、不可逆性歯髄炎を示す臨床徴候をもつ永久歯が断髄で治療されて成功した報告があり(Taha 2017・Qudeimat 2017)、生活歯髄療法の成績は従来の根管治療と遜色ないとする報告もあります(Asgary 2015)。ここも論説が引用している他研究で、この論説自体が新たに検証したものではありません。
⑥明日の臨床へ——処置を選ぶのは症状、重度の断髄をどこで止めるかは出血
実装として一番効くのは、冷刺激の反応を「秒」で聞くことだと思います。20秒ほどで収まるのか、数分続くのか。自発痛は鎮痛薬でどの程度抑えられるのか。痛みで眠れているのか。原著の4段階は、ほぼこの4つの問いで切り分けられます。
そして重度と見立てても、最初の一手は歯冠部断髄です。原著が書いている手順はこうです。根管口の歯髄断端に持続する出血がなければ、成熟歯ではMTAで覆って修復する。2%次亜塩素酸ナトリウム2mLで洗ってもひとつ以上の断端から出血が続くなら、原著が superficial pulpotomy と呼ぶ、根管内へ進めた断髄として、エックス線的根尖から3〜4mm手前まで炎症組織を除去する。出血が止まれば、その作業長で生活歯髄までをガッタパーチャとシーラーで充填する。それでも出血が続くなら、抜髄を行って根管内の炎症組織をすべて取り除く。
整理すると、原著では役割が二段になっています。間接歯髄治療でいくか、歯冠部断髄に踏み込むか——この最初の選択は症状で決まる(初期・軽度ならIPT、中等度・重度なら断髄)。そして重度で断髄したあと、そこからどこまで進めるかを決めるのが断端の出血です。原著の結論も、術前の所見と術中の所見の両方を使って歯髄と歯を残す、という書き方をしています。
一方で著者らは、生活歯髄療法では適切な症例選択と処置プロトコルが成否を分けると釘を刺します(Taha 2017)。不可逆性歯髄炎を示唆する症状のある歯は、刺激を取り除くだけでは正常に戻る見込みが乏しい。炎症している部分は取る、そのうえで残りを残して治す——順番はあくまでこちらです。
これは原著論文ではなく、International Endodontic Journalの論説(Editorial)です。4段階の定義も、割り当てられた処置も、著者らの提案であって前向き試験で検証されたものではありません。段階を分ける「20秒」「数分」といった境目についても、この論説の中では裏づけとなるデータは示されていません。土台になっているRicucci 2014の「症状と組織像はよく相関する」という結論そのものが、Seltzer 1963やDummer 1980の古典と食い違っており、診断学の議論はまだ動いている最中です。それでも「不可逆」の一語で歯髄を見限っていないかと問い直す価値は十分にあります。著者ら自身、この提案が新しい議論と研究を刺激することを期待すると結んでいます。
今日のひとこと
「不可逆」は診断名の顔をして、処置の宣告になっている。歯髄炎を4段階に開けば、症状は「抜くか残すか」ではなく「どこまで取るか」を決める情報に変わる。ただしこれは検証済みの分類ではなく、提案。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


