エンド|X線読影・検者内信頼性・古典
根管治療の予後はX線で決めます。人によって読みが割れることは知られていますが、では「6〜8か月後の自分」とは合うのでしょうか。同じ253症例を3名に読み直させた古典研究の答えは、判定の種類別に見て自分自身との一致が73.5〜88%(412判定をまとめると75〜83%)。しかも集計表はほとんど動かないのに、その下では判定が静かに入れ替わっていました。
①「他人と合わない」の、その先の問い
根管治療の予後は、最後はX線で決まります。「透過像が小さくなった=成功」「大きくなった=失敗」。この判定が読む人によって割れることは、よく知られています。
この論文の著者ら自身も、2年前に同じことを確かめていました。無症状の根管治療症例253例を6名が独立に読み、意見が揃ったのは50%未満(Goldmanらの1972年の前報)。ここまでは「他人と合わない」という話です。
では、自分自身とはどうでしょうか。同じ人が、同じフィルムを、記憶が働かないくらい時間を置いて読み直す。さすがにほとんど同じ判定になるはずだ——そう思いませんか。それを正面から確かめたのが、この1974年の続報です。
②同じ253症例を、6〜8か月後にもう一度読ませた
前報で使った253症例をそのまま使います。条件は「歯に症状がなく、瘻孔もないこと」、そして「根管充填直後のフィルムと、6か月以上あとのチェックアップフィルムの両方が揃っていること」。症例を選んだ人には、何のために使うか知らされていません。内訳は失活歯159本・生活歯94本でした。
前回の6名のうち3名が、6〜8か月あけて同じフィルムを読み直します。比べる相手は他人ではなく、6〜8か月前の自分です。
判定は2系統。ひとつは2枚を見比べて「成功/失敗/判定不能」を付ける作業(253件)。もうひとつは失活歯について、1枚のフィルムだけで根尖部の透過像が「ある/ない」を答える作業(159件)。合わせて1人あたり412判定になります。
③結果:自分自身との一致は73.5〜88%
「成功/失敗/判定不能」の判定で、半年前の自分と一致したのは検者Ⅰ 73.5%(186/253)、検者Ⅱ 79%(200/253)、検者Ⅲ 80%(204/253)。「透過像のあり/なし」では検者Ⅰ 77.5%(123/159)、検者Ⅱ 88%(141/159)、検者Ⅲ 84%(134/159)。412判定をまとめた一致率は75%・83%・82%でした。
透過像の有無の判定(各159件)
裏返すと、食い違った判定は検者Ⅰで103件、検者Ⅱで71件、検者Ⅲで74件(いずれも412判定中)。いちばん揺れた検者Ⅰでは、4回に1回、半年前の自分と違う答えを書いていたことになります。
ちなみに、この3名をお互いに比べると、成功/失敗/判定不能で全員が一致したのは253例中139例=55%。自分自身との一致のほうが確かに高いのですが、著者らはこう書いています——検者どうしの一致よりはいくらかましだが、それでも再現性があるといえる水準には近づいていない、と。
④合計は動いていないのに、中身は入れ替わっている
面白いのはここからです。集計表だけを見ると、大きな変化はほとんど見えません。検者Ⅲの合計は成功162→162、失敗48→43、判定不能43→48。ぱっと見はほぼ横ばいです。
ところが1例ずつ突き合わせると、検者Ⅲは「失敗」と読んだ11例を「治癒」に、「成功」と読んだ11例を「失敗」に入れ替えていました。行って来いで相殺され、合計だけが静かに保たれていたのです。
検者Ⅰはもっとはっきり動きました。「成功」と読んだ数が199→183に減り、「失敗」が9→16、「判定不能」が45→54へ。失活歯159本の透過像の判定でも、「あり」が120→92本、「なし」が39→67本。透過像が「消えた」のが32本、逆に「現れた」のが4本です。3名の生データのうち、統計的に有意だったのはこの検者Ⅰの「透過像あり/なし」1件だけでした。
2名どうしの一致も同じ構図です。成功/失敗/判定不能での一致は1回目187例、2回目179例とほぼ横ばい。しかし内訳を追うと、一致→不一致に変わったのが34例、不一致→一致に変わったのが26例。60例が入れ替わって、見かけの数字だけが動かなかったことになります。
⑤なぜズレるのか——フィルムではなく「基準と期待」
著者らはひとつ、推測を残しています。透過像のあり/なしの判定は、前報の「検者どうしの比較」よりも、今回の「自分自身との比較」のほうが高く出ました。その理由として著者らが挙げるのが、検者はそれぞれ「病的な透過像とは何か」について自分だけの独特な解釈を持っていて、その全部を他の検者と共有することはできないという見立てです。読影の基準が言葉にならないまま各自の中にあるなら、他人との間ではなおさら揃わない、というわけです。
では、その「自分だけの基準」がなぜ半年で揺れるのか——原著はそこまでは特定していません。代わりに著者らが挙げるのは、もっと手前にある2つです。
もうひとつ、著者らが「おそらく解けない要素」と呼ぶのが読み手のバイアスです。無意識にある結果を望んでいないか。合議のとき、押しの強い1人が他を引っ張っていないか。著者らが引く実験では、読影者に少額の報酬条件を付けると誤りのうち偽陽性(無いものを「ある」と読む)の割合が有意に変わったと報告されています(Goldsteinら)。歯学部最終学年40名を対象にした別の研究も「歯科X線の読影は、高度に安定した一貫したプロセスではない」と結論しており、胸部X線でも同程度の不一致が報告されている、と著者らは並べます。
読影環境の話も出てきます。著者らが紹介するのは、ビューボックスの周囲をマスクせずに読むと、最も暗い11〜12段階の濃度差がすべて真っ黒に見えて区別できない——マスクすれば区別できる、という古い指摘(Spiegler)。だから著者らは「もっと客観的な読影法が切実に必要だ」と締めています。
⑥明日の臨床へ——1枚・1回・1人で断定しない
著者ら自身が書いているとおり、「特定の数字やパーセンテージにこだわることは重要ではない」。持ち帰るのは、もっと単純な3つです。
第一に、「比べる判定」ほど揺れると知っておく。この研究で相対的に安定していたのは、1枚で答える「透過像の有無」(77.5〜88%)のほうで、2枚を見比べる「成功/失敗/判定不能」(73.5〜80%)ではありませんでした。著者らの説明は「1枚だけを見ればよく、比較の判断が要らないから」。経過判定はもともといちばん揺れやすい作業だと踏まえて、撮影角度と条件を揃え、前回のフィルムを必ず並べて見る。手間ですが、ここを省くと揺れが上乗せされます。
第二に、「判定不能」を潰さない。この研究で目立ったのは、成功→判定不能へ動いた例(35・22・11件)と、判定不能→成功へ動いた例(21・7・11件)でした。グレーゾーンこそが揺れの本体です。無理に白黒を付けて記録するより、「今回は判定不能」と正直に残したほうが、次に読むときの自分を助けます。
第三に、自分の期待を疑う。自分が治療した歯を自分で判定するとき、「治っていてほしい」は静かに読影を動かします。迷った症例は時間を置いてもう一度、できれば別の目で——費用のかからない、いちばん確実な精度対策です。
1974年の研究です。アナログフィルムとシャウカステンの時代のもので、デジタルX線やCBCTの読影をそのまま語るものではありません。検者は3名、症例はひとつの診療室由来で、生データの比較で統計的に有意だったのは検者Ⅰの「透過像あり/なし」の1件だけです。動き方も検者によって違い、検者Ⅲは失敗→治癒11例と成功→失敗11例が行って来いで相殺された一方、検者Ⅰは透過像「あり」→「なし」へ32例と一方向に偏りました。3名がそろって同じ向きに動いたわけではありません。なお原著は要約で「各カテゴリーで72〜88%が自分自身と一致した」とまとめていますが、本文と表Ⅲに載る実数から辿れる最小値は73.5%(186/253)で、この記事では実数のほうを採りました。それでも、同じ人が同じフィルムを読んでも判定は揃わないという骨格は、その後も繰り返し確認されてきたものです。読影の限界を数字で突きつけた、診断学の土台の一本。
今日のひとこと
X線の判定は、他人と合わないだけでなく、6〜8か月後の自分とも、判定の種類別に見て73.5〜88%しか合わない。しかも合計値は静かなまま、中身だけが入れ替わる。だから1枚・1回・1人で断定せず、前回と並べて読み、迷いは「判定不能」のまま残す。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


